『ヒワダタウンのポケモンのお医者さんB』(8)
今日はヤドンたちの健診日であった。
つまり町中の獣医ら(の約4割ほど)が
ヤドンのために汗水垂らして労働に勤しむべき日である。
これは月に1回、町々を順番に襲う。
そして、夏真っ只中の今の時期に僕等の町に当番が来た。
こうして僕を含む若手獣医達はこぞってヤドン狩りに繰り出されたのだ。
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何もヤドンたちを捕まえるのは難しいことではない。これは当然だ。
問題は炎天下の中、それなりにでかくて重いヤドンたちを転がしつつ
やれ毛並みがどうの、やれ食欲がどうのと項目表にチェックをつけて回り
それが何匹も何匹も延々と続き、最後の一匹を手中に入れるまで終わらないということだった。
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作業がそこそこ落ち着いてきた夕暮れ。
僕は簡易テント近くの喫煙所まで休憩にやってきた。
錆びた小さい灰皿の回りに、獣医3人が群がっている。
少々気後れしたがその中に交ざることに決めた。
「どうも。お久し振りです」
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「あ、どうもー」
「うーっす」
口々に軽く会釈をしたりされたりする。ここにいる全員それなりに顔見知りなのだ。
疲労感に任せて、煙草をもくもくと吸い始める。
しばらく全員がそうしていたけど、やがて誰かが何気なく口を開いた。
「そういやタンバの近くの町がヤドンを名物にしてるらしいですよ」
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「へー……」
「あ、知ってますそれ。ヤドンうどんだっけ。そんなのを作ってるらしくて」
「そうそう、動画にヤドンのきぐるみ出して“ヤドンの街です”アピールしたりして」
「ふぅうん」
「なんか、ムカつきますね」
「ムカつくよなあ」
「このクソ田舎のがよっぽどヤドンしか見るもんないっつーの」
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「というか、俺等がどれだけヤドンの面倒みてると思ってるんですか」
「税金の2割ヤドンにかかっててもおかしないっすよ」
「いやほんまに」
「私なんて草タイプ専門でやってきたかったのに
もう患者の半分くらいヤドンですからね」
「そうだそうだ、僕だって」
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「私もそうですよ。鋼でいきたかったのに」
「へぇえ、鋼ぇ!」
そこで素っ頓狂な声を出してしまったため、その場にいる全員が僕を見た。
「あっ、いや」
ジムリーダーのミカンちゃんの顔が思い浮かんだ。言葉を選ぶ。
「俺、初めて捕まえたのがコイルだったんですよ。ネジって名前で」
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本当のことだ。いい繕えて、少しホッとする。
それを聞いた鋼専門さんの目が丸くなった。
「私もですよ。にーさんって名前です」
鋼専門さんが可愛らしくはにかむ。
そして、細い指の間に挟んだ新しい煙草を、くるくると楽しそうに弄び始めた。