『ポケモンのお医者さん』(6)
白衣を脱ぐ。今日の仕事が終わる。炭職人のカモネギ、短パン小僧のキャタピー、
街中のヤドンたち、ガンテツさんのお孫さんのヒメグマ。みんな健康でトレーナーに愛されている。
ふと、デスクの写真立てを見る。写っているのは10才の私とラッタのらっちゃん。
初めて自力でゲットしたポケモン。
*
らっちゃんが亡くなったのは、私が旅を辞めて家に帰ってからだった。
亡くなる二年前から段々と足腰が弱くなり、最期は付きっきりの介護になった。
そして、海の静かなとある夜。らっちゃんはご飯を食べている途中に、眠るように逝った。
*
私は動かなくなったらっちゃんの胸に耳を当てて、鼓動が弱まるのを、
体温が徐々に下がっていくのを、私の涙でらっちゃんが濡れるのを、ずっと感じていた。
享年16才。大往生だった。
現在の私、30才。ポケモンの獣医さん
この仕事を選ぶ人は、自分の手待ちを亡くした経験がきっかけだと語ることが多い。
*
バタン、と背後で音がする。振り返ると元交際相手だったってうわー。
「あなた、ライチュウ捕まえたんですね」
開口一番それか。
「捕まえたんじゃなくて保護してるだけ」
「同棲中?」
美しい緑色の瞳が現れ、私を見据える。
当時、真剣なときによく見た顔だ。
「…」
「そうなんですね」
「…はい」
*
「大丈夫なんですか?」
「もちろん」
沈黙
「というか、なんで知ってるの?」
「分かりました。もしもの時は私が引き受けますから」
もう用は済んだというように、部屋を出て行こうとする。
去り際に
「こっちに来たの。私のためだと思っていました」
と、最悪な一言を残してあの子は消えた。
*
私はポケフィリア(携帯獣性愛者)だ。獣医になると話した時も、あの子は同じ顔になった。
心配しているのは、私が彼女に手を出すかどうかではないだろう。
さすがにもっと信頼されてると思いたい。
私が抱える罪悪感、疎外感、もっとそういうのだ。
ここまで私のことを知っているのはあの子しかいない。