始まりの前に
町のはずれにある小高い丘。そこに座っている一人と二匹を風が撫でていく。腰まで届きそうな白銀の髪を持つ少女は膝で丸くなっている
黄金の毛並みをもつイーブイを軽く撫でた。
「そろそろ起きなさい、ゼーレ。」
垂れていた耳がぴょこん、と立ち上がり、琥珀の瞳がその少女を見つめる。
《ハイル、どうして?まだ昼とは言えないよ。》
ハイル、と呼ばれた少女の耳に届くのは、声なき声。ほかの人にはただの鳴き声としか言われないそれは、ハイルの耳にのみ明確な「音」を持って響く。気持ちよく寝ていたところを邪魔されたからだあろうか、ちょっと不機嫌そうな声にハイルは苦笑した。
《そうですよう、ゼーレ、ゼ―レばっかりずるいのです。》
ハイルの横眠っていたらしい一匹のチコリータが恨みがましい目でゼーレをにらむ。夕焼けを切り取ったかのような紅い瞳がきらきらと輝いた。
《私だってハイル様の膝に乗りたいのです。》
ひょんひょんと左右に揺れる葉っぱが膝の上に載っているゼーレをはたく。叩かれたゼーレは琥珀の瞳を煌めかせたが、結局何も言わずに膝から降りた。
《やったのです!ハイル様のお膝なのですぅ。》
膝に乗れたチコリータは嬉しそうに赤い瞳を輝かせる。その一連の流れを見ていたハイルは呆れぎみの苦笑を漏らした。
「こら、フォル。もうすぐ行くから膝に乗っても意味はないよ。」
《えーっ・・・。ハイル様酷いのです。》
その言葉に春空のような蒼の瞳を細めて、ハイルは苦笑した。膝の上で拗ね、寝たふりをしているフォルの葉っぱを撫でた。
「ごめんね。フォル、でも・・・。」
《しょうがないだろう、フォル。ハイルは言ったことは曲げないよ。》
《むー・・・。分かったのです。》
ゼーレが呆れたかのような口調でフォルに言い聞かせる。もしも人だったら頬を膨らませていたであろうフォルは渋々膝から降りた。立ち上がったハイルを見上げていたゼーレの耳に小さな悲鳴が届く。それはフォルとハイルにも聞こえていたらしく。
「ゼーレ、場所特定できる?」
いささか震える声での命令がゼーレに下された。全神経をとがらせるゼーレの耳に二度目の悲鳴が届いた。
―助けっ・・・!―
《こっちだ!!》
届いた悲鳴の位置を特定したゼーレは走り出す。そのあとをハイルとフォルは追いかけた。
〜●〜
悲鳴の位置へとたどり着いたハイルたちが見たのは逃げ惑う人々と、一匹のポケモンだった。蒼い鱗にところどころに走る紅い突起。顔は赤く、腹は黄色。ほらあなポケモン、と呼ばれるクリムガンだ。暴れまわるクリムガンを剣呑な目で見ていたハイルはゼーレに命じる。
「ゼーレ、〔シャドーボール〕。」
ゼーレの目の前に出来上がっていく黒い球はどんどん大きさを増す。ゼーレと同じくらいの大きさになった時、ゼーレはその球を尻尾ではじいた。
すごいスピードで飛んでいく球はクリムガンに当たった。ぎろり、とハイルたちをにらみつけるクリムガンの口元にエネルギーがたまっていく。
「〔龍の波動〕ね。フォル、〔リーフストーム〕で相殺できる?」
じっとクリムガンの口元を見つめていたフォルはゆっくりうなずく。そのフォルの周りに葉っぱたちが集まり渦を巻き始めた。
「今よ!」
《いっけーです!》
ほぼ同じスピードで放たれた〔龍の息吹〕と〔リーフストーム〕はちょうど二匹の真ん中でぶつかり合う。拮抗した二つの技は爆発を起こした。
《どうするの?ハイル。多分、ほとんどの技が相殺されるよ?》
「ええ。さて、どうしようかしら…。」
ゼーレとフォルが戦闘態勢をとる。それを見ながら作戦を練っていたハイルは、雷の音を耳にした。
「ピカチュウ、〔雷〕!!」
轟音を立てて、雷が空から降り注ぐ。それを受けたクリムガンはフラフラになりながらも、〔龍の息吹〕を放った。
「・・・!!ゼーレ、〔恩返し〕で相殺して!」
ゼーレの体からほとばしった白い光が〔龍の息吹〕を相殺する。吹き荒れる爆風の中で、朗朗とした声が響いた。
「ピカチュウ、〔十万ボルト〕で止めだ!」
小柄な体から走る雷撃がクリムガンを貫く。倒れたクリムガンのところに駆け寄ったのはひとりの青年だった。