第2章
第13話:遠征
さく、さくと、そのポケモンは草を踏みしめ、道を歩いていた。
“彼”の持つ鋭い目が、行く手にある目的地に向けられる。
それは、つい先ほどアルトが入って行った“コジョンド武術道場”の正面側の入り口だった。

「ここにアイツがいるのか…」

ぽつりと呟くと、開け放してある門をくぐり、横開きのドアに手をかける。
ガラガラという音が響くと、それまで発されていた気合のこもった掛け声がふつりと止んだ。
稽古に励んでいたポケモン達は、汗を拭い、来訪者に挨拶すべく顔を戸口の方へ向けた。
そして驚きで思わず吐息を漏らす。

「あ……お久しぶりです!!!」

彼らの笑顔と、尊敬のまなざしを受けた彼――ジュプトルは、静かにこう問いかけた。

「ナオ老師(せんせい)は、おられるか?」
























「――老師(せんせい)老師(せんせい)、入ります」

道場の奥、ナオの部屋の前まで門下生に案内されたジュプトルは、良く通る声で、そう断りを入れて襖を開いた。
礼儀作法に則って、一礼した彼は、顔を上げ、そしてその動きが一瞬止まる。

「………何を、やっていらっしゃるんですか」

和室の部屋の向こう、植物や岩石が人工的に配された広い庭園の中で、イーブイ――アルトと、ジュプトルの師匠であるナオが、追いかけっこのような遊びに興じているのである。

「おや、これは珍しい。シュウ君ではありませんか。随分とご無沙汰していましたね」

ジュプトル――シュウの存在にいち早く気づいたナオが柔和に微笑みかける。
しかしこの間も彼はアルトに追いかけられ続けている。
いい年して、とシュウはため息をついた。

「俺は、何をやっているのかをお聞きしたんですが…」
「見たまんまですよ。追いかけっこです。ニンゲンの世界にいた頃は、“鬼ごっこ”っていう名称だったんですがね。私もアルト君と同郷ですので、彼が懐かしがるかと思いまして。――そうだ、この遊びは2匹でやるよりも、もっと大人数でやる方が面白いんですよ。どうです?あなたも一緒にやりませんか?」
「いえ、結構です、遠慮します…」
「おや、それは残念」

その時、鹿威しがからんと涼しげな音を立てた。
それがタイムリミットだったらしく、2匹はようやく足を止める。
ぜーはーと、荒い息をしたアルトは、舌を出して呼吸を整え、そこでようやくシュウの存在に気がつく。

「大丈夫ですよ、アルト君。彼はうちの道場の卒業生です。“アストラル”の一員でもありますよ」
「ああ――自己紹介をする暇がなかったのでな。申し訳ない。俺の名はシュウ。“アストラル”第4隊“テッラ”の隊長をしている。よろしくな。早速だが、アルト。俺はお前のことを迎えに来たんだ。リーダー達のいいつけでな」




















「悪かったな。“特訓”の最中だったっていうのに中断させて」
「いえ……」

早いペースで歩くシュウに、ほとんど小走りでついていきながら、アルトは控えめに返事をした。
あれから、すぐにギルドの方へ戻ってほしい、とシュウから言われ、何か特別なことがあったのでしょう、とナオもそれに同意して、ろくにいとまの挨拶もできないまま2匹は道場を後にした。

「短い間だったが、どうだ?老師(せんせい)は何というか…変わったお方だろう?楽しかったか?」
「え……楽しい?」

思いがけない言葉に、アルトはきょとんとしてシュウを見上げた。
そんな彼に、シュウは少し懐かしそうに、静かに笑った。

「自分は戦いの教えを乞いに行ったのに、と思っただろう?だが、あれがあのお方の指導方法なのだ。しんどい鍛錬の中に遊びを取り入れて、楽しみながら基礎を身につけさせる。――俺も昔、通っていた時にそのように教えられた。まったくもって理に適っているよ。特にお前のような、まだ右も左も分からない初心者にはな」

良く分からない。アルトが難しい顔をしていると、ぽんとその頭に優しくシュウの手が載った。

「まあ、そのうち分かるだろう。さあ、着いたぞ。」

コンコン、とドアノッカーを叩いてしばらく待つ。
すると何の前触れもなしに、ドアが勢いよく開いてマナの顔がひょこっと出てきた。

「おかえりなさーい!どうだったどうだったー!?」
「マナちゃーん、そういうのは後にしてねー。とりあえず2匹に入ってもらいたいんだー」

無邪気にアルトへと駆け寄るマナを、彼女の背後から飛んで来たチカの声がやんわりと制止する。

「やっ!おかえり。シュウ君、ご苦労様。ありがとう」

誰かと話し込んでいたらしいチカが、振り返って2匹を手招きする。
そして、彼の話し相手もまた視線をアルト達の方へやり、ほうと興味深げに呟いた。
そのポケモンは、座っていたソファから立ち上がり、こちらへと歩を進めてくる。
左目を隠す純白の体毛と、漆黒の鎌に似たツノ。唯一見える右目には、まるで貴族のように片眼鏡をかけている。
それはアブソルとよばれるポケモンだった。
しかし、一般的な個体と異なり、彼の瞳は赤ではなく金色の輝きを帯びている。

「オヤ、こちら、新顔さんで?――いえいえ、別に名乗って貰わなくて結構でさァ。お噂は兼々聞いておりやしたのでねェ。あたしはセナ、と申しやす。なに、しがねェ一介の情報屋でござんすよ」

奇妙な訛りの混じった口調でセナはそう言いながら、膝を折って大仰にお辞儀をする。
それはさながら滑稽な“道化師”のようだった。
そしてそのまま彼は顔をアルトの方へぐいと近づけ、身体の隅々まで舐めるような視線で観察を始める。

「はい、そこまで。アルト君固まっちゃってるでしょ。彼は君の“情報源”でも何でもないんだからね。ソファに戻ってくれないかな?」
「コリャ、失礼つかまつりやした」

口では謝りながらも、全く失礼とは思っていない様子で、セナは戻っていく。

「――とまぁ、これがウチの専属の情報屋のセナ。見てくれの通りいささか胡散臭いやつと思うだろうけど、腕は確かだ」
「チカの旦那も、相変わらず、歯に衣着せぬお方で」

セナの抗議をさらりと黙殺して、チカはアルトに一枚の紙を手渡した。
それは地図だった。彼らが今いるギルドから、街道に沿って破線が延びており、西に少し行ったある地点で、矢印となって終わっている。

「今日、急に皆に集まって貰ったのは、他でもない。アルト君、きみには“プクリンギルド”に遠征に行って欲しいんだ。第4隊“テッラ”の隊長達と共にね。――そしてそこで、とある調査をお願いしたいんだ」


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■筆者メッセージ
大変お久しぶりでございます。約一年ぶり…でしょうか。
かなりブランクがあるので、クオリティが劇的に低下していることをお詫びしたいと思います。すみません。

そして本日、任天堂株式会社、岩田聡社長がお亡くなりになったそうですね。
謹んで、ご冥福をお祈りしたいと思います。
しると ( 2015/07/13(月) 22:25 )