ポケモン不思議のダンジョン〜隷従と自由の交響曲(シンフォニア)〜 - 第1章
第6話:チーム“アイリス”
「へっ?」

あまりにもあっさりとした返答に、アルトは面食らった。

(あれ?でもああ答えたってことはつまり――?)

「まさかマナさん達も…?」
「違う違う。僕らは純粋にポケモンだよ。なるほどね。キミが元ニンゲンなら記憶が無いのも納得がいくかな」

チカの言葉にマナもうんうんと頷いている。
それを見てアルトは虚脱感に襲われた。
恐らくこのことを言ったら仰天されるだろうと思って、口に出す時に少し勇気を振り絞ったというのに。あの自分の努力はどこへ。

「ああ、うん説明するよ。確かに世間一般的に見たら“元ニンゲンのポケモン”は珍しい。けどね、ここはいささかイレギュラーな場所でね。そういった境遇のポケモン達が多く集まってるんだ」
「つまり…ここは“元ニンゲン”が別に珍しくない…ってこと?」
「そうだね。今ギルドにいる“仲間”は、キミを含めたら11匹かな」
「へえ…!」

自分と同じような境遇のポケモンがいる。それを聞いてアルトの顔が少し輝いた。

「彼らに会ってみたい?」
「う、うん……!」
「じゃあねウチのギルドに入らない?」
「……へ?」
「どう?心配しなくても、皆いいポケモンばかりよ?」
「…いっつも思うんだけど、マナちゃんってやることなすことがその場の思いつきだよね」
「あれ、なんか問題あったっけ?」
「特にないけど?」
「……えっと」

アルトの遠慮がちな声がマナとチカの応酬を遮った。

「ギルドって…そもそもなんなんですか?」









「ギルドっていうのは“探検隊”や“救助隊”である者、もしくはそれを志す者が集まる拠点みたいなものだね。ここには各地に住むポケモン達から寄せられた様々な依頼が掲示されていて、隊員達はその中から自分の力量に合った仕事を見つけ出してはそれをこなすことで日々の糧を得ているんだ」
「依頼の種類はいっぱいあってね、それこそ“落し物を探して下さい”っていうちっぽけなものから“悪党を討伐せよ!”っていう厄介なのまで色々よ」

黒板を背に、ギルド長2匹が先生役として講義形式で説明をしていた。
勿論生徒はアルト。他の3匹は、邪魔にならない壁際で事の展開を面白そうに眺めていた。

「世界に名だたるギルドはいくつかあるけど、まず有名なのはと言われたら、ここから西方にいったところにあるプクリン親方のギルドよね。何を隠そう、ワタシはそこの出身なのだけど」

言って、マナは黒板に書かれていた大陸の地図に、チョークで印をつける。
『かいがんのどうくつ』と書かれたところのすぐ左隣だ。

「それで2番目に、と言われたら、自慢するわけじゃないけど僕らの“アストラル”かな。メンバーも50匹弱と規模も大きいし。“探検隊”になりたかったら、普通はこういったギルドに所属するんだけど、昔の僕みたいにフリーでやってるポケモン達もいるね」

チカが印をつける。『ねっすいのどうくつ』の脇だ。

「でもギルドに所属することの利点は何と言ってもその情報の量だね。構成員が多いほど噂話も入って来るし、組織形態だから他の各ギルドや連盟本部との安定したソースもあるし、名前が売れればそこにポケモンや物が集まってきて発展し、街ができる。そうすれば得ダネを持った“情報屋”がやってくる確率も高くなる」
「それじゃ“アストラル”だっけ…どれくらい規模が大きいの?」
「そうねぇ、ワタシ達のギルドの場合は数が多いから構成がちょっと特殊なのよね」

言いながらマナは地図の横にさらさらと書き込みをしていく。
頂点に自分たちの名前を書いて、そこから6本線を引いた。

「まずはギルド長であるワタシ達がいます、と。“探検隊”でも“救助隊”でも同じなんだけど、普通は4匹で1チームとなるのよね。ちなみに最低単位は2匹のペア。それでワタシ達のチームの名前が“エテルノ”。それであとは6つの隊に分かれていて…」

先ほど引いた線の2番目から順に数字を打っていく。
曰く、
第1隊“グロリア”。
第2隊“フィスィ”。
第3隊“テンペスト”。
第4隊“テッラ”。
第5隊“ナーダ”。

「各隊にはそれぞれ2匹の隊長達が居てね。カッコの中は彼らのチーム名であり、異名であり、隊の名前でもあるの。ギルドの大半がここに属していて、毎日依頼をこなしてくれる実働部隊なのよ」
「ちなみに言うとくと、あたしとヴェン、ルーンは第3隊に属してるんよ」

横からスゥが補足を入れる。

「あれ…じゃああと残り1つは?」

アルトの前足が“第1隊”の横に空いている、いかにも意味ありげな空欄を指した。
その問いを待ってましたとばかりにチカがにやっと笑う。

「ギルド唯一の非戦闘部隊さ。いわゆる裏方」

第0隊“アルクス”。

「毎日のご飯を世話する食堂の経営や施設内の清掃、照明の管理、維持、メンバー間での通信、情報の収集、管理、外部との連絡など、一見やってることは地味だけど、ギルド運営にかかせない仕事をする部隊だよ」
「ふえ〜…なるほど…すごい…!」

思っていた以上に高度かつ合理的な仕組みにアルトは大いに感心していた。

「それでそれで?アルトはどこの隊に入りたい?」

マナが目を輝かせて身を乗り出してきた。
どうやら彼女は基本的に世話焼きで、こういったイレギュラーな事態が大好きなのだろう。

「え、スゥちゃんたちと同じとこでいいんじゃないの?」
「えぇー!?何それつまんなーい!!」
「いや君はつまんないかもしれないけどね、アルト君のことも考えなよ?折角あの子達に懐いてるんだ、無理に他のメンバーと組ませたりしたらかわいそうだろ?」
「…分かりましたー」
「そっちも異議ないかな?丁度1匹空きがあるからいいんじゃないかと思ったんだけどね。――そうだ、もういっそのことこの4匹でチーム組んだらどうかな?」

なるほど、とヴェンが呟き、いいなそれ、とルーンが応じた。
そして2匹は当たり前のようにスゥの方を向き、ぽんとその両肩に手を置く。

「てな訳で、スゥ、リーダーよろしく」
「いやちょい待ち!!」

スゥは鋭いツッコミを入れると共に、2匹の手を振り払った。

「なんであたしなん!?アンタらやればええやんか!!」
「いやぁボクはどっちかというとサポート役だから」
「横に同じく、それにめんどくさいことは俺パスだ」
「最悪やなその理由!!」

ぎゃおぎゃおと喚き合う3匹(主にスゥ)。
それに水を差すようにチカがぱんと手を叩いた。

「それじゃあこうしよう。“アルトとスゥのダブルリーダー”。どうかな?」
「へっ!?」

いきなりの抜擢にアルトは跳び上がった。
3匹もぽかんとしている。

「んー、こっちしては是非ともアルト君にやってもらいたかったんだけど、最初っからは流石に無理だろうからね。慣れるまでスゥちゃんにサポートしてもらって、依頼の難易度に応じて役割変える仕組みなんだけど」

チカの瞳が優しくアルトの方を見る。
アルトは困ってうつむいた。
それでも無茶だ、自分が1匹でやろうとスゥが意を決して口を開きかけた時、先にこんな言葉が飛んだ。

「分かりました。…やらせて下さい!」
「うえっ!?」
「いいねぇその返事!!そうこなくちゃ!!」

唖然とするスゥの肩に、ぽんと再度手が置かれる。

「あきらめろ、決まっちまったことだ。それに、ギルド長もあんな方々だ」

スゥが額に手を当て、つい1週間前まであんなに自分以外を怖がっていたイーブイがいたことはもしかして夢だったんじゃないかとまで思い始めたとき、うきうき顔でチカが1枚の紙を手にしてきた。

「じゃあ早速チームの名前を決めようか。こういうの、逐一連盟に報告しなきゃならないから、他人に見られてもはずかしくない立派な名前にしなよ?」

4匹は顔を見合わせた。

「リーダー決まった勢いついでだ。アルト、お前が決めろ。よほど変なのじゃない限り文句は言わない」
「ボクも。素敵なのお願いするよ」

言われてアルトはしばし黙考した。
突然言われてもすぐにぱっと出てくるものではない。
なんせ今日だけでたくさんの新しいことを学んだ。
自分以外にも『仲間』が複数いることも知れたのだから、これこそ不安しかなかったアルトにとっては『良き便り』以外の何物でもない……ん…?

「…“アイリス”…なんてどうかな?」

ほう、とチカが感嘆のため息を漏らした。

「いいねぇ」
「やるな、アルト」
「決まりやな」

アルトが振り返ると、それを待っていたかのようにマナがピカピカのバッジを差し出した。

「ようこそ、アルト!さあ、これでアナタも今日からギルド“アストラル”の一員よ!」

バッジを受け取ると、4匹はまるで示し合わせたかのように同時に手を天に向かって突き上げた。


「チーム“アイリス”、誕生おめでとう!!!」


こうしてアルト達は、まだ見ぬ大きな冒険の旅へと、小さな一歩を踏み出したのであった。


■筆者メッセージ
アイリス 花言葉は「良き便り」、「吉報」など。

「愛」なんてのもありましたが、今の彼らには全然関係ありませんね。笑
しると ( 2013/11/17(日) 17:13 )