第1章
第5話:ギルド長“タイム”と“ヴァルス”
廊下の突き当たりにその扉はあった。
両開きのドアに、砂時計を象った意匠がシンメトリーに彫り込まれている。
先導してきたヴェンが、取っ手のノッカーをコンコンと叩く。

「どうぞー」

ややあって、中からのんびりとした返事があった。

「失礼します」

ヴェンが扉を開け、アルトのために先を譲った。
…しかし彼が躊躇したため、仕方なくルーンが一番に入室し、その後に復活したスゥが続き、結局アルトは最後になった。
彼らの後ろからひょこっと覗いたアルトは丁度執務用のデスクから立ち上がったポケモンを見て思わず目を瞬いた。
ギルド“長”というくらいだから、てっきり進化を重ねた大柄なポケモンがそこにいるかと思っていたのに、予想に反して彼らは小柄だった。
ひよこポケモン、アチャモ。そしてねずみポケモンのピカチュウ。

「紹介するよ、アルト。こちらが今ボクらがいるこのギルド“アストラル”のギルド長、マナさんとチカさん。――リーダー、こちらが件のイーブイですよ」
「あぁ!彼がそうなの?」

アチャモ――マナがてててっ、と小走りに駆け寄って来る。

「初めまして!ワタシは“エテルノ”の臨時リーダーのマナ。一応ギルド長やってることになってます、よろしくねー!」

マナは少し怯えているアルトの様子などまるで知ったこっちゃないというように、彼の前足をむんずと片足でつかんでぶんぶん振る。

「おーいマナちゃん、僕にも挨拶させてよ」

彼女の後ろから、眼鏡をかけたピカチュウ、チカも手を差し出してきた。

「こっちも初めまして。僕は今、マナちゃんのパートナーってことになってるかな。よろしくね、アルト君」

とりあえずの挨拶を済ませた後、2匹はアルト達に椅子を勧めた。

「さて、と。知り合った直後にこんな質問をぶつけるのはこちらとしても心痛いんだけどね、僕達がここの長である以上やらなきゃならないんだ。まず君はどういった経緯で『ひかりのいずみ』に倒れていたんだい?」
「ひかりの…いずみ?」
「覚えてないのかい?」
「聞いたこと…ないです…。どこですか?そこ」
「リーダー」

はい、とスゥが手を挙げた。

「あたしとレイ隊長が発見したとき、アルトは気ィ失ってました。知らんくても無理ないかと思います」
「ふむ。レイ君からの報告書にもそう書いてあったから確認の意味で尋ねたんだけど、本当に知らないみたいだね?じゃあ質問を変えるよ。何であんな大怪我してたんだい?」
「怪我……」

ぽつりと呟いたアルトの背中が小刻みに震えだした。
じっとりと嫌な汗が全身から噴き出て熱を奪っていく。

「分からない……覚えてない…覚えてちゃいけないんだ…」

アルトは頭を抑え、呻くようにそう答えた。
トラウマがフラッシュバックしたかのような異様な光景に、さすがにチカは質問を止める。

「なぁ、思ってたんだけどな、アルト、お前ってもしかして…記憶喪失…じゃないか?」
「出身地や家族構成、誕生日、血液型、年齢…全部言える?」

ヴェンの問いに、アルトは困った顔をして全て首を横に振った。

「あ…でも、1つだけ覚えてることがあるんです」
「それって何?」

今までにこにことして黙っていたマナが突然食い付いた。
その勢いに若干引きながらアルトは視線をさまよわせる。
これ言ってもいいのかな、と迷っている風情だ。

「実は僕……ニンゲンだったみたいなんです」

一瞬、空白が生まれる。
アルトの目には、その場にいる全員がぽかんとした表情をしているように見えた。
しかしそれは間違いだったとすぐに気づかされることになる。


「なあんだ、アナタもなの?」


しると ( 2013/11/14(木) 23:34 )