ポケモン不思議のダンジョン〜隷従と自由の交響曲(シンフォニア)〜 - 第1章
第9話:“エレメント”
「さて、着いた。ここが『コロコロ洞窟』の入り口だね」

岩壁にぽっかり空いた穴の前で、アルト達一行は立ち止まった。
ルーンがバッグからごそごそと依頼書を取り出す。

「今回の依頼のブツはどこにあるん?」
「…あー、書いてねぇな。こりゃ各フロアを虱潰しに探すの決定か?」
「ちょっとめんどくさいねぇ。ま、でも難易度低いだけまだましかな」

目的を3匹で確認し合ってから、説明を加えるためアルトの方を向く。

「じゃあ早速この中入って行くんだけど、最初はボクが説明しながら進むね。まず覚えていてほしいのは、ボク達がこれから探検していくのは全部“ふしぎのダンジョン”だってこと。どう“ふしぎ”かって言うと…」

一旦言葉を切り、ふむと思案する。

「実際入って見た方が早いかもね。ホラ、こっち」

すたすたと洞窟に入って行き、ヴェンはアルトを手招きする。
それについて、彼の居る場所まで来ると、突然周りの景色が変わった。

「え!?」

びっくりしてきょろきょろと首を巡らす。
今まで木々がまばらに生える野原にいたのが、いつの間にか四方を岩壁が覆う、すっかり洞窟内の景色へと変わっていた。
おまけに振りむいてみると、入口が消えている。

「……まぁ、つまりはそういうこと。“ふしぎのダンジョン”は入ったら、クリアするか全滅するか、道具を使って脱出しない限りは自由に出れないようになってるんだ。奇妙なことにね。それに、入るごとに中の構造が変わるし、階層を移動しても広さが変わったりする」
「そこがダンジョンの醍醐味だからな。まあ、あんまり広くなると“階段”がなかなか見つからねぇでイライラすんだけど」
「――あ。階段ってもしかして、あれのこと?」

アルトの前足の指す先には、果たして下へと続く階段があった。

「そうあれ。階段を探して、深く潜って行くのがダンジョン攻略の基礎だからね。今日は運がいいみたいだし、もう移動しちゃおっか?」
「そやな。いくら何でも、1Fには例のブツ落ちてないやろうからな」

言いながら、4匹は階段へ近づく。
すると、その傍にゆらりと立ち上がる影があった。

「うわぁ!!」

アルトが跳び上がってヴェンの陰に隠れた。
正体は1匹のココドラだった。
小柄――それこそ、アルトよりも小さいながらも、決して友好的とは言えない視線をこちらに向けている。

「…あぁ、ゴメン。大事なこと言うの忘れてたね。ダンジョンの中って、近隣のポケモンの修行の場となってるんだ。それと当然、中に生息してるものもいてね。そういうポケモン達は総じて好戦的だから…余所者なボク達が入ってくると、ね?」
「腕試しとかいう理由で嬉々として襲いかかってくるんだよな、これが」

ルーンの言葉の終わりと同時に、ココドラが跳躍した。
銀色の頭が更に鈍い光を宿して迫って来る。“アイアンヘッド”だ。
最初はヴェンを狙っていたが、彼が避けるとその標的を変える。
ぽかんとしたまま動けないイーブイへと。
その目の前に、スゥが立ちはだかった。

「“ひのこ”!!」

すぼめた口から小さな炎が次々と飛び出し、ココドラの身体を焦がす。
“効果はバツグン”なのだが、“がんじょう”なため、倒れてはいない。
相手に行動のチャンスを与える前に、さらにスゥは動いた。

「“でんこうせっか”!!」

高速で先制をとり、トドメの一撃を食らわせる。
“効果はいまひとつ”ながらも、技自体はばっちりと相手に効いたようで、弾き飛ばされたココドラは、ぐったりと地面に伸びた。

「ふう。一丁あがり、っと」

まるで準備体操でもしたかのようにスゥは平然としている。
一瞬のことと言え、立ち回りを演じたにしてはその息は全く上がっていなかった。
倒れたまま動かないココドラの方に、アルトは恐る恐る視線をやる。
すると、不意にココドラが、がばと起き上がった。

「!?」

どうやら少しの間“気絶”していただけのようだった。
負けたことを悟り、悔しそうな表情を滲ませながら彼はその場から敗走していく。

「…これが“バトル”なの?」
「そやね。戦いって言うても、相手の体力を無くさせるか否かで勝負つけるんがルール。まあぶっちゃけ、大抵は“技の腕試し”が目的だからそんな重いモンとちゃうでな」

片手をひらひらさせながら言ってのけるスゥに、アルトの顔が強ばる。

「できるようにならなくちゃ、だめ…?」
「あー…いやなんだ。心配するなってアルト」
「ボクたちもキミが一朝一夕でバトルできるようになるとは思ってないよ。何たって今日は全部が初めてのことなんだ。ボクらがお手本になるから、アルトができることを、できる範囲でやってくれたらいいよ」
「大丈夫やで。もしまた敵が襲ってきてもあたし達が守ったるからな!」
「うん。…ありがとう」

少しまだ不安が胸に残りながらも、アルトは3匹にお礼を言う。
自らが傷つくことを恐れるあまり、他者が傷つくことにもかなりの抵抗感を持ってしまう。
ましてやそれが自分の手によって為されるなど、あまり考えたい事柄ではない。
自分がスゥ達みたいにバトルできるようになる日が来るのはまだまだ先だな、とアルトは感じた。











「うーん、ザコだけど数が多いねぇ?」
「こりゃ“モンスターハウス”に捕まったんじゃねぇの?」
それから約1時間半後。“アイリス”の4匹はB8Fまで到達していた。
実は、スゥ達3匹の実力から言うと、この『コロコロ洞窟』自体の敵のレベルなどはさほど問題ではないのだが、今回の依頼内容と、アルトという新人を連れているせいで、各フロアを廻って行くのに多少手間取っていた。
小柄なイーブイを守るように3匹が周りを囲み、効率良く敵を相手取って倒していく。
ルーンが最後に襲ってきたミノマダムを“たたきつける”で返り討ちにすると、今まで敵で賑わっていたフロアがやっと静かになった。

「おーし、片付いたな。さ、行こうぜ」
「もうそろそろここらに落ちてても不思議やないんやけど、ないな」
「この階は粗方調べたから、B9Fにあるんじゃないかな?」

ちなみに、このダンジョンはB10Fまである。
最下層はワープホールしかないため、実質B9Fが今回の依頼のブツの見つかる範囲と言えた。

「…ん?」

スゥ達に倣ってきょろきょろと辺りを見回していたアルトの視界の隅に、スッと紫色のモノが掠めた。
首を回して視線で後を追った彼は“それ”を捉えて目を瞬く。

――スカンプーがいた。
ただそれだけでは野生のポケモンと何ら変わりないのだが、彼は風呂敷の要領で袋状に結んだ布を首元に巻きつけている、という奇妙な出で立ちをしていた。
アルト達には気づかない様子で、鼻歌などを歌いながら中身の詰まった重そうな袋をズルズルと引きずって行く。
途中、地面のでこぼこに当たって袋が跳ね、中身の一部が零れ落ちた。
ころころと転がったのは“しろいグミ”。

「あ…!!」

思わず零れた声に、他の3匹が反応して振り返る。
足元にまで転がってきたグミを拾い上げたスゥは、しばし躊躇した後、慌ててスカンプーの背を追った。

「なあ!ちょっとそこの…スカンプーさん!」
「んあ?」

足を止めたスカンプーの発した声は高く、少年特有の幼さを残したものだった。
年下と分かり、スゥは口調を切り替えて話しかける。

「これ落ちたんとちゃうん?」

差し出したグミを、スカンプーはありがとう、と素直に受け取って袋の口を開いた。
中に詰まっている大量のグミを見て、スゥはかすかに眉根を寄せる。

「なあ、ちょっと聞きたいねんけど、このグミって元からアンタのやったん?」
「ううん、違うよ。ここで拾ったの」

スゥの誰何に、スカンプーは無邪気に答えた。

「ここって、具体的にはどこ?」
「んーとね、B6F」
「…ちなみに、これ以外で“しろいグミ”拾った?」
「ううん、これだけだよ」

その答えに、スゥは確信する。これが今回の依頼品だ、と。

「…えっとな、ごめんやけどこのグミ、実は他のポケモンの持ち物でな、あたしらはこれ探しに来てん。やからくれへんかな?」
「やだ。」

間髪入れずの即答。
耳を疑ったスゥが驚いて目の前のスカンプーを見ると、彼は変わらずにこやかな笑みを浮かべていた。

「…それは、どういうことなん?」

声を堅くするスゥを完全に無視をし、彼は他の3匹がいる方へと視線をずらした。
その首が、少し自信無さそうに傾く。


「――もしかして、キミ、“サツキ”?」


サツキ。
この場にいる誰のものでもない名がスカンプーの口から発された瞬間、アルトの体中からざっと音を立てて血の気が引いた。

「あぁだよね、合ってるよね!良かったぁ自信なかったんだ。こうやって会うのも久しぶりだよね。ねぇ、ボクのこと覚えてる?」

嬉々として喋りかけるスカンプーの様子に、意味が分からないといった風だったヴェンが、青い顔をして震え続けるアルトの異変に気づいた。

「……まさか、アルト、キミの…!?」
「お前、一体何モンなん!?昔のアルトの知り合いかなんかか!?」

目の前のポケモンを敵とみなしたスゥは、素早くとんぼを切って間合いを取り、がおうと吼えた。

「あれ?…もしかして覚えてないの?仕方ないなぁ」
「だめ!!やめて言わないで!!!」

この先に続く展開を予感し、アルトの本能は無意識に悲鳴を上げていた。


このポケモンの存在が、怖くて堪らない。
そして、これ以上“思い出してしまう”のが、とても恐ろしい。

咄嗟に耳を塞ぐアルト。
しかし、そんな足掻きも焼け石に水とばかりに容赦なく“その文言”は彼の耳にはっきりと届いた。




「――ボクの名前はデウ=ヴィス。“エレメント”の一員だよ」



■筆者メッセージ
お久しぶりです。新年度の始まりですね。
私事ですが、僕の方もこれで学生生活があと残り1年を切りました。
そして、本当は小説の更新をやっている場合などではないのですが以下略。笑
これからも不定期が続きますがご容赦ください。
しると ( 2014/04/01(火) 00:56 )