第7話:初めての冒険
「よし!これでほぼ完治やな、おめでとうアルト!!」
包帯をくるくると手際よく取り去りながらスゥは朗らかに言った。
アルトは感慨深そうに身を捩って自分の全身を確認しようとし、結果うまくできずにその場で何度もよたよた回った。
最後に振りかえって背中を見つめたとき、隠しきれない白いモノを視界の隅に捉えて、複雑そうな表情になる。
「…そこだけはなんでか治らんのやなぁ。おかしいなぁ」
茶色い毛並みに上手く隠れるようにはしてあるが、まだそこには包帯がある。
彼の身体に負った傷の中では最も深く、しかしながら十分な時間は経っているはずなのにどうしてか治癒しない。
最初のうちは頭を抱えたが、理由が分からないのでとりあえず薬は塗って放置しているのが現状だ。
痛むわけでもなし、そのうえ自分では見えない位置にあるので本人としてはそれほど気にしてはいない。
「それより、今日から探検の仕事、やりたいってギルド長に言ったんやって?意気込みは認めるけど、大丈夫なん?」
スゥの問いに、アルトは目を輝かせて頷く。
「だって!もう僕も立派なこのギルドの一員でしょ?それにね、ちょっとだけだけど、自信が出て来たんだ。朝は凄いって聞いてるラッシュもいけそうな気がする!」
語尾で前足をぎゅっと握りしめる動作を加えながら力説する。
言葉だけ聞いていたら問題はないのだが、スゥは話半分に聞き流した。
(まーだ自分のこと分かってないんやなぁアルトは。絶対フラグ立ったやろこれ)
やれやれ、とそっとため息をつく。
「とりあえず、物は試しやな。そろそろヴェンらも下におるやろうし、行ってみよか」
「うん!!」
そして30分後。
「…見事にフラグ回収したな、アンタってやつは」
半ば呆れてスゥが見下ろす先には、すっかりまいってしまってのびているアルトの姿があった。
案の定、ポケモン酔いでぶっ倒れたのだ。
「へぇ、上の部屋でそんな会話してたんだね。全く、分かりやすいったらありゃしないねぇアルトは」
スゥから経緯を聞いていたヴェンが可笑しそうに肩を揺らして笑う。
「おーう、食堂で氷貰ってきてやったぞー」
ルーンから氷の入った袋を受け取り、アルトの頭の上に載せる。
ひんやりとした感触が心地よかったのか、安堵したような声が漏れた。
「――お、落ち着いてきたかな?」
「……うん、だいぶましになった。ありがと…」
「そんなに今日ポケモンいたか?確か“ナーダ”の連中が遠征に行ってるとかで、いつもよりかはマシだと思ったがな」
「まあ“いつもよりか”はね。でもアルトにとっては…ねぇ?」
「…すいません甘く見てました」
「それよりアンタ、どうするんよ今日これから。まだ気分悪いんやったら外出かけられへんで?」
それはつまり、ずっと楽しみにしてきた“初めての冒険”がお預けになるということで。
アルトは慌てて飛び起きた。
「だいじょーぶ!!ホラッ、こんなに気分良くなった!心配しなくても良いから行こう!!」
「まーたわざとらしい…嘘なんかつかんでもええって」
「嘘じゃないってば!」
ぴょんぴょん跳ねまわりながら彼女に訴える。
「……うん、元気だねぇアルト」
「おう。あれだけ動けてれば大丈夫だろ」
「問題ないみたいだから、ボクは必要な道具揃えてくるよ。じゃあ頼んだ」
「任せろ」
そしてルーンはさも当たり前のように2匹の間にひょいっと割って入り、アルトに小ぶりなカバンを渡した。
「なあに?」
「それは“トレジャーバッグ”だ。探検隊・救助隊に与えられる物の1つで、中に色々な道具を入れておける。便利だぞ。それと、これも渡しとく」
アルトは丸められた紙切れを受け取って開いた。
中には何やら文字が書かれているのだが。
「…読めない」
「え?」
「なんなの?この足跡みたいなの」
「…あー、そういや失念してた。お前、元ニンゲンだったな。読める訳ないか“あしがた文字”」
ルーンは紙を返却して貰って読みあげた。
「これは今回の依頼だ。“初めまして。私はポッポという者です。ついこのあいだ友人と『コロコロ洞窟』に行った時に、私の大事な“白いグミ”を落としてしまいました。私は弱くて1匹では探しに行けません。どうか代わりに見つけて貰えないでしょうか。よろしくお願いします”」
アルトは興奮で耳がぴんと立った。
「すごい!!ホントに困ってるポケモンから依頼が来て、それを僕達が解決できるんだ…!ねえ、その『コロコロ洞窟』ってどこ?」
「カバンの中見てみ」
アルトは片足を突っ込み、厚紙を1枚引きずりだした。
「わぁ!地図だぁ!」
「ここが今俺たちがいるギルド。『コロコロ洞窟』はここだ」
ルーンは最初に不可思議なトンカチ状の山の脇に描かれている大きな樹を指した。
そこから指を西側に滑らせる。
「あ、意外と近いんだ」
「まあ、最初だからな。慣れてきたらもっと遠出もできるぜ」
「準備はできたかい?」
いつの間にやらどこかへ行っていたヴェンがひょっこり姿を見せる。
「アンタどこ行ってたん?」
「そっちの話が長くなりそうだったから、ちょっと道具揃えにね」
「相変わらず要領がいいというか、何と言うか…自分だけ離脱するなんて憎たらしい奴やな?」
「うん、前半だけ褒め言葉として受け取っておくよ」
「悪いけどいっこも褒めてないで?」
「いやそれは受け取った側の印象次第だよ?ボクが“褒められた”と感じればそれは褒めたわけであってね」
「ようそこまでひねくれた物言いができるわ。呆れるを通り越して逆に感心するわ」
「ありがとう」
憎まれ口の応酬を聞きながら4匹は1Fのギルド入り口まで降りる。
「よっしゃ。まだ時間も午前中だし、かなり余裕を持って仕事が出来そうやな。じゃあ…今日も頑張っていきますか!!」
『おー!!!!』
巨大な“樹”をくり抜いて作られた“アストラル”のギルド。そこを元気よく4匹は出ていった。
そしてその姿は、はるか彼方――距離にして優に数キロは離れた場所にいるポケモンの視界のなかにしかと収められていた。
無言でそのポケモンはかけていた“みとおしメガネ”を外す。
「やあぁっと“アレ”が外へ出て来やがった。ここでも昔みてーに中に閉じこもって、うじうじしてんのかとかなりイラついたぜ俺ァよお……」
吐き捨てるかのように呟きながら、硬い殻に覆われた木の実を無造作に口に入れ、ボリボリと噛み砕いていく。
そんな彼に、傍らにいたもう1匹のポケモンが応じた。
「そうね、でもまぁこんな辺鄙なトコまで来た甲斐はあったかしらね。わざわざあのギルドに殴り込みに行く手間が省けたわ。――ねぇ、そこのアンタ」
ちらりと一瞥だけくれて、彼女は2匹の後ろで縮こまって震えているケムッソにぞんざいに声をかけた。
「もう一度訊くわ。あそこで間違いないんでしょうね?この大陸一番のギルド“アストラル”っていうのは」
「は、はい……間違いありません…です…」
恐怖に青ざめる彼の身体には、地中から伸びた木の根ががんじがらめに巻きつき、逃亡を防いでいる。
「そう、分かったわ。じゃあもうアンタには用はないわね」
彼女が一度、とん、と足を鳴らすと、一瞬にして根が地中へ引っ込んだ。
突然の自由に、ケムッソは咄嗟に動き出すことができない。
それが彼の運命を決めた。
「じゃあ後はお願いしてもいい?」
至って軽い、日常的な頼みごとの様な口調が聞こえた直後、ケムッソの目の前に紅い帯が立ち昇る。
それが自分の苦手な“炎”だと気づくと同時に、彼は絶叫をあげていた。
辺り一面に、黒い煙と、焦げた臭いが漂う。
すん、と鼻を鳴らして、彼女は嫌悪に顔をしかめた。
「いやだ…ここのポケモンって、心だけじゃなくて身体も臭いのね……」