悪夢の逃走
「ハァ、ハァ、ハアッ……!!」
月明かりの無い朔の真夜中。
鬱蒼とした森の中を走りぬける小柄な者がいた。
その両足には鎖の切れたかせがはまっており、じゃらじゃらと、およそこの静寂な場には不釣り合いな音を立てていた。
わずかに漏れる星明かりを唯一の手掛かりとしながら“彼”は必死の形相でどこかへと向かう。
『――――!!!』
ふと、後方からくぐもった怒声が背中を追いかけてきた。
それを捉え、“彼”の瞳は凍りつく。
恐怖に慄きながら後ろを顧みると、木立の中から不意に鋭い針のようなモノが無数に飛んできた。
「あぐっ……!!」
咄嗟のことに“彼”は避け切れず、もろに食らって地面に倒れ込む。
立ち上がろうとしたところを更に三日月型の光弾が襲う。
声にならない悲鳴を上げるが、背後から迫りくる気配を感じ取って“彼”は動かぬ身体に鞭打って再び走りだした。
今の攻撃以外にも、その身体には既に無数の深い傷跡があり、流血に伴って生命そのものが抜け落ちていくような感覚に陥る。
しばらく経った後、“彼”は突然立ち止まった。
「行き…止ま…り……?」
呆然とする“彼”の瞳に映るのは、今まであった細い獣道の先に終点として繋がる、朽ち果てた廃墟らしきもの。
もうここ以外に逃げる先は見当たらない。
――もうおしまいなのか…?
絶望感に襲われて、身体が崩れ落ちるのを感じながら、“彼”は唐突に“神”と呼ばれる存在のことを思い出した。
――もしこの世界にも、まだ神というものがいるんだったら…
「僕を…たす……けて……」
意識が段々と遠くなっていく。
“彼”の鋭敏な耳は、最期まで自分を追い続けていた存在が迫って来る足音をずっと捉えていた。