奇跡を背負う青年
トレーナーズスクールを出てからと言うもの、僕は旅には出ず進学を重ねて研究者のタマゴとなっていた。
10歳を超えると、ポケモンの所持を認め、旅をさせる。
これが通例となっている街が多く、僕の街も例に漏れずこうだった。友達はほとんど旅立ち、僕は街に取り残されていた。
スクール時代からよくバトルに向いていると言われていたが、僕がやりたかったのはトレーナーとしての旅じゃなく、ただ単に“バトルに勝つ”ことだった。
確かに旅をすれば精神的にも身体的にも成長し、数値に現れない経験値が積めるだろう。
だけど、僕は知っていた。育成さえしっかりしていればバトルには勝てることを。
そして、それを証明したかった。
そう。研究者は研究者でも、ポケモンそのものではなく戦術研究ーーつまり、僕はバトルの研究者というわけだ。
育成、考察、実践と検証。このサイクルをずっと研究所の敷地内で済まして勝利の方程式を探し求める。よくよく考えるとブリーダーに近いかもしれない。
そんな僕が旅に出るきっかけになったのは、進化についての研究をしている博士の論文だった。
論文の内容自体は『進化と環境』なんていう陳腐なものだったが、出ている“イーブイの村”が気になってしょうがない。
いても立ってもいられず、僕は荷造りをして船に飛び乗ったという訳だ。
船旅をしたのち、列車を乗り継ぎ、バスに乗り、最後には徒歩で生きも絶え絶えで進んでいる。旅のトレーナーはこの道のりを自転車と徒歩、時にポケモンの力を借りて切り抜けて行くというから驚きだ。電車とバスを使ってこれなのだから、研究所にこもりっきりのモヤシには到底無理なハナシ。
まさに秘境と呼ぶべき場所だった。しかも、今の季節は雪である。
滝が凍る様は珍しく、そして美しい光景だが、ホウエン育ちの僕には全身笑う厳しい寒さだ。
その村では旅に出る新人トレーナーにはイーブイを贈るのが習わしとなっている。
だいたいのトレーナーは扱いやすいとされる“さいしょのさんびき”を各地方の研究所にもらいに行ったり、他人からポケモンを借りて自分で捕まえるなどするが、この村では何が何でもイーブイだそうだ。
確かにイーブイは最初こそ扱いにくいかもしれないが、確認されるだけで8種類もの進化系がある。どれに進化をしても申し分ない強さを発揮する、可能性の獣と言ってもいいだろう。
僕もイーブイには興味がある。育成のし甲斐がありそうだし、何より愛くるしい見た目。正直イーブイのままでは使い物にならないが、その見た目はペットにはもってこいだと思う。
戦術研究家の悪い癖でポケモンには好き嫌いというよりかは、数値や強さで打線を組んでしまうきらいがある。でも、イーブイの見た目は純粋に好きだった。
だって尻尾も首元ももふもふじゃないか。かわいいじゃないか。
心身共に疲れ切り、冷え切った今の僕が一番会いたいのはイーブイだ。欲をいうならブースターがいいが。
しかし、だ。今はとにかく人に会わなくては。村の外れに着いたはいいが、まだ人どころか建物すら見ていない。“こごえるかぜ”よろしく吹き付けて来た風が僕のほおを撫でた瞬間、体温が一気に下がったような気がした。
雪に足を取られながら進んだ矢先、ようやく人気のありそうな小屋を見つけた。明かりがある。煙突からは煙も出ている。こんな時、野生のポケモンに幻を見せられるケースがある、ととある文献にあった気がする。迷信だと思いつつ、そうじゃないことを願いながら恐る恐るドアをノックした。もう日が暮れるし、あわよくば一晩泊めてもらおうかとも考えた。
「誰だ?」
「僕は研究者で、イーブイの村って聞いてやってきたんですけど、人はいないし雪はひどいし、それで……」
もともと喋るのは得意じゃない。緊張気味に早口でまくし立てて次の言葉を紡ごうとした時、扉が開いて長身の男が僕を見下ろした。
「……そうか、入ってくれ」
腹の底に響くような落ち着いた声。こんなところにじめんタイプが生息しているなんて、と冗談半分に思いながら「どうも」と挨拶をかわし、お邪魔させてもらった。
薄暗い中に灯る薪、掃除はあまりされてないらしく、そこかしこに埃が落ちていた。
簡素なソファーを勧められて腰を埋めれば予想以上に沈んだ。彼はルーベルと名乗った。旅のトレーナーで“イーブイの村”の出身。里帰りの途中でここは中継地点の山小屋らしい。もちろん最初のポケモンはイーブイだと言う。
「……」
「……」
彼もあまり話は得意ではないらしく、しばらくの間無音が続いた。得意じゃない上に僕はこの無音が苦手だ。ぎこちなく笑い、僕が切り出そうとした時、何か茶色いものがが足にすり寄ってきた。
「……い、イーブイ?」
僕が驚いて小さく声を上げると大きな瞳でその子は見上げてきた。あぁ、なんてかわいいんだ……。惚けているとルーベルが呆れたようにため息をついた。
「キセキ、勝手に出てきちゃだめだろう?」
「……あなたの?」
「ああ」
キセキことルーベルのイーブイは旅の最初からいる相棒で、進化を頑なに拒み、モンスターボールが嫌いみたいだ。これってまるで、
「サトシのピカチュウみたいですね」
僕は小さい頃に流行っていたアニメの主人公と相棒に例えたが、キセキを抱えて無理やりボールに戻そうとしているルーベルはあまりピンと来てないらしく、頭に疑問符を浮かべていた。
「知らないんですか?子供の頃やってたでしょ?」
「……この集落ではテレビが見れなかったからな」
「そう、ですか……」
また無言の時間だ。ルーベルがキセキをボールに戻すのを諦めたため、キセキが部屋の中をトテトテと歩き回る足音だけが響いていた。時々僕はその頭に手を触れ柔らかい感触を楽しんでいた。
しばらくして、じぶんから頭をすりつけてきた時だった。はずみで首元に触れた時に、何か光ったような気がした。それが気になってキセキを抱えて首元の毛を探ってみれば、薄紫の石を首から下げているのがわかった。
「これ、もしかして!」
戦術研究家としての血が騒ぐ。これがただのアクセサリーでなければこのイーブイは“イーブイとして戦うために”育てられた可能性が高い。
進化を拒むキセキの育成に対する苦肉の策と考えれば、合点が行く。
真偽を確かめるためにルーベルに振り向いたが、彼はすでに座った体勢で眠りについていた。
翌朝、僕は屋根に積もった雪が雪崩れる音で目を覚ました。寝起きのぼやけた視界に茶色くてふわふわしたものが映る。
「ふわぁ……あぁ、おはよう」
キセキが寝袋の上で尻尾を振って、まるで「あそんで!」と言っているような目線を向けた。大きな瞳を観ていると、“さいみんじゅつ”を掛けられているようだ。寝ぼけた自分の顔が映り込んで、また微睡みに落ちそうになった時だった。
「こら、キセキ」
ルーベルがキセキを抱え上げて僕の寝袋から降ろした。再びの微睡みに落ちる寸前の僕は一瞬だけその声に覚醒し、目線だけでくすんだ窓を見上げた。
日はまだ昇っていない。
僕は朝に弱い。朝8時より前はまだ人間の起きる時間ではないとも思っている。今が朝の何時だかは知らないが、わずかながらに明るみを帯びた寒空は、僕にとってはまだ深夜の風景である。
「すまない。起こしてしまったな」
ルーベルが静かに謝りながら、何やら出かける準備をしていた。こんな朝早くに、何をするつもりなのだろうか。
構わず眠りにつこうとしたが、気になって仕方が無い。僕は怠い身体に鞭を打ってゆっくりと起き上がった。
自分で吐き出す白い息を観ただけでも寒い。雪に残された足跡を目で辿れば、彼はまだ視認できる位置にいた。
「おーい、ちょっと」
何度呼びかけても声が届いていないのかルーベルは一向に振り向いてくれない。もう声が枯れてしまいそうだ。足も雪に取られて、歩みが鈍く、追いつきそうにない。
「おーい!」
渾身の一声。振り向いた!
ルーベルはハッと驚いたような表情を浮かべてこっちに駆け寄ってきた。よくこんな量の雪でまともに走れるものだと感心しているうちに、こちらにたどり着いた。
「何やってるんだ」
「それはこっちのセリフですよ。あなたこそ、こんな時間に何しに何処へ?」
踏み込み過ぎただろうか。ルーベルの顔が一瞬だけ曇った。
やってしまった。
コミュニケーションが苦手な僕が積極性を持つと、決まって距離感が掴めずにこんなことが起きる。
そして、引き起こしたのは自分なのに収束できずにあたふたする。今もまさにどうしていいかわからず「えっと、あの、その」を繰り返していたところ、ルーベルが口を開いた。
「……日の出を、見に」
その後は特に会話もなく、しばらくはただ雪を踏む音だけが聞こえていた。そう言えば、こんなに寒いのにキセキはボールに入らずにルーベルの肩にいる。
ますますあのアニメの主人公のようだと思った時だった。
「キセキはあんたのこと、気にいってるみたいだな」
「え、えぇ。僕もイーブイは好きですから」
ぼそりと紡がれた言葉に若干驚きつつも、受け答えた。すると、ルーベルはニヒルな笑みを浮かべてちらりとこちらを振り向いた。
「そうじゃないんだ。そういうことじゃなくて」
ふっ、と息を吐いて間を置くとその続きはまるで遠慮しているかのように、抑えられた声で呟かれた。
「あんた、強いんだろ?研究者なのに何でそうなのかは知らないが」
これは、もしや!
僕は今、待ってましたと言わんばかりの笑顔を浮かべていると思う。息を荒げて、周囲の雪を溶かさんとばかりに身体が熱気に満ち溢れている気がする。
「僕の研究テーマは戦術、つまりバトルの研究なんです。自信は、ありますよ」
僕は切り出した。
「なら、後で付き合ってくれ。試したいことがある」
何か作戦があるのだろうか。自然と顔がニヤつく。どんな戦術なのか楽しみにしながら、想像を巡らせた。
「着いた」
ルーベルが立ち止まると眼前にはコンクリートでできた橋のようなものが伸びている。凍りついて滑りやすくなっている地面に気をつけながら、頼りなく錆び付いた手すりを伝って恐る恐る歩みを進める。
その前をなんでもないように、さくさくと歩くルーベルに僕は少し肝を冷やした。
城壁の上とも見えたが、よくよく見ればそのコンクリート壁はダムで、内側には貯水池があった。
貯水池奥にそびえる山々が真っ白に染まっている。黒々として見える貯水池とのコントラストがとても綺麗だ。
「日が、昇る……」
ルーベルの言葉が合図のように、日が昇り出して山から顔を出した。
その光が連れて来たように、空が青みが帯び、湖も青み掛かってきた。
まさに“水は深い青に染まっている”状態だ。
太陽の光が、白い山肌を赤く染めた始めた時。
「わぁ……」
その神秘的な光景に僕は思わず感嘆の声を上げた。青々と揺らめく水面が光に透かされて、建物や樹木が浮かび上がったのだ。神秘的と同時に、その光景にはどこか悲哀的な雰囲気も見て取れた。
横に立つルーベルもその肩にいるキセキも、美しい光景を見たと言うよりかは、悲しい光景を見たような顔をしていた。
「もう、無いんだ」
「え?」
「ここが、ここに沈んでいるのがかつてイーブイの村と呼ばれていた場所……俺の、故郷」
錆びれた手すりに寄りかかり、天を仰いだルーベルは、まるでタバコの煙でも吐き出すみたいに白い息を空に放った。
その時、僕は初めて知った。“イーブイの村”は地図上からすでに消えていたことを。論文を読んだだけで場所を突き止めてやってきてしまったわけだから、考えればこういうこともありうる話だった。
「正直、驚いている。地図からも無くなってる辺境の地に。しかも研究者なんて」
僕はこの村ーー正しくはダムに沈んだ場所を目指した経緯を話した。戦術研究家としてはイーブイに興味があること、そしてあの論文が興味を掻き立てたことを。
その直後、僕は驚愕の事実を知ることになる。
「俺の親父だ。その論文は」
「え……?」
僕がもっと詳しく聞こうとしているのを察したのか。ルーベルは手すりに持たれたまま今度は下を向き、やれやれと言わんばかりにため息をついた。
「もともとここにはイーブイなんて生息していなかった。いや、人さえいなかったんだ」
「じゃあ、この村は」
「俺の家は研究者家系でな。ひいじいさんが研究の目的でここに村を作って、じいさんがイーブイを持ち込んだ。そして、親父がその研究を継いだわけだ」
ルーベルの視線がとある一点に釘付けになる。うっすらと揺らめく水面の底に、朽ち果てた木造の建物を見つけた。この高さから見ても立派な作りだ。
「……みんな離れて行ったよ。イーブイを連れた新人トレーナーは次々と旅に出た」
「旅の準備をする代わりに、研究の手伝いというわけですね」
ポケモンの研究者ならば、実験や論文をその他いろいろやることが多い。どうしても調査に出る時間が無くなるわけだから、新人トレーナーに協力をしてもらうということはごく当たり前だった。
ただ、フィールドワークを主としている博士もいるらしいが。
研究者の息子ならそれはわかっているだろうと思ったが、ルーベルはそのやり方はトレーナーを利用しているようで、好かないらしかった。
僕は、これに続く言葉に納得せざるを得なかった。
「研究は収束を迎えた。この村はもともと人口も少なくて、さらにトレーナーは旅に出る。もう必要のない場所だった。そこにダムの建設計画が持ち上がった」
僕は思わず言葉を呑み、続きを待つ。
「だから15年前、家出みたいにして旅に出た。俺は逃げたんだ。全く身勝手な話だ。無い場所にモノを作って持ち込んで、いらなくなったから壊す。そして俺はこのザマだ」
朝日が昇り切ると湖は元の青み掛かった姿を取り戻し、浮かび上がった村の姿は徐々に消えて行った。
「つまらない話をした」
その後、山小屋に戻るとお待ちかねのバトルを果たすために、準備をした。ルールは3対3のシングルバトル。僕は手持ちの中からハッサムとゲンガー、ガブリアスを選んだ。
種族地的にも低めのイーブイでどうやって戦うのか。僕は期待で胸を踊らせた。僕がボールを放って最初に繰り出したのは、ハッサムだ。
こいつにはメガストーンを持たせてある。一方でルーベルが最初に繰り出したのはガハクと名付けられた、ドーブルだ。
面食らった。だが油断はできない。ドーブルは一番技のバリエーションに富んでいるポケモンで、イーブイ以上に可能性の獣とも言えそうだ。
「ハッサム!メガシンカ」
僕はメガシンカさせて一気に叩く作戦をとった。もちものぶくろの中のハッサムナイトと僕のキーストーンが光ると、ハッサムの姿が変化した。とんがった足に大きくなったハサミが特徴的な、独特のフォルムだ。
「バレットパンチ!」
先制技であれば防御力のないガハクも余計な手出しをせずに倒れてくれるだろう。しかし、ルーベルはなぜか不敵な笑みを浮かべた。
なんとバレットパンチがガハクに炸裂するや否や、それに耐えてしまったのだ。
「なっ!?」
まさか、ガハクのもちものぶくろの中身はきあいのタスキ……!
きあいのタスキはどんなに大ダメージを受ける攻撃でも、必ずわずかに耐えるようにする効果がある。
バレットパンチを受け止めたために至近距離にいるガハク。受け止めたのはルーベルが出した指示ではなく自らの行動らしかった。
「ガハク、キノコほうし」
しまった!
そう思った時にはもう遅い。シュミレーション上はバトルはターン制だが、実際のバトルは違う。ガハクがキノコほうしを出す直前、一瞬の隙にバレットパンチを放つタイミングがあった。
しかし、僕はそのタイミングを見計れるほど柔軟な思考を持ち合わせていなかった。
ただ、頭がフリーズしてしまっていた。
ハッサムは眠ってしまった。ここからどのような作戦に出るのか。僕は肝を冷やしつつも、何か面白いことをしかけてくるのでは、と期待をしていた。
「かげぶんしん!」
ハッサムに指示を出しても起きる気配は一向になく、分身を重ねることでガハクの回避率は上限まで上がった。
「なんて恐ろしい……」
僕は思わずため息を漏らした。いくら先制しようと当たりにくい。
「でも!完全に当たらないわけじゃない!」
その叫びに答えるようにしてハッサムは開眼した。すぐさまバレットパンチの指示を出した。
「当たらない!?」
「キノコほうし!」
「回避!」
無茶な話だ。分身かそこかしこに散らばっているのに回避の指示を出したところでどこからくるのかはわからない。
わからないからこそ、回避できずに当たりやすくなる。
キノコほうしは命中率100%の技でそうそう外すことはないが、必中ではなく、かわす事もできる。
回避率を上げることが次の技の命中の精度を上げることになるとは。これはシュミレーションではわからない誤算だった。
チャンスも虚しくハッサムは再び眠ってしまう。
「よし、バトンタッチ」
「なんだって!?」
ルーベルがガハクをボールに戻すと、隣に控えていたキセキがそのボールに触れ、能力変化を受け継いだ。
キセキの分身が現れはじめ、やはり本物がどこにいるのかわからなくなる。そのタイミングでハッサムが目を覚ました。
こういう時は……。
「つるぎのまい!」
きっとキセキのもちものは、“しんかのきせき”だろう。進化前のポケモンの耐久性を上げる効果がある。そうでなければ、イーブイをバトルで使う意義がない。
ならば、ここは攻撃力をあげておけば倒せるだろう。
「キセキ、みがわり」
分身の上にみがわり。一体何が狙いなのだろうか。冷や汗が頬を伝い、焦燥感を感じる。まだダメージを受けてはいないが、このまま放っておけばマズいことになるにがいない。
「バレットパンチ!」
「のろい!」
バレットパンチは空を切り、キセキは素早さを落とす代わりに攻撃力と防御力を上げる。
「はたきおとす!」
攻撃力を上げた状態でこの技が当たれば大ダメージを与えられるだろう。しんかのきせきも失えばこっちのものだ。
「当たらなければ、無いと同然!のろいだ!」
「はたきおとす!」
僕は完全に翻弄されて、冷静さを失っていた。道具をはたき落とすことばかりを考えており、みがわりの存在を完全に忘れていた。
はたきおとすは結局当たらず肝心の本体に当たらない。
「くそっ!」
ハッサムも肩で息をしている。
消耗が激しいことを物語っていた。
数値に現れるHPにはまだ動きがない。あれは単にポケモンの活動限界を示す数値であり、単なる消耗は数値に表れない。
そして消耗で攻撃のキレもだんだん落ちていることがわかった。
これも完全に予想外だ。
これが生のバトル。研究所での机上の空論だけではないリアルそのもの。
やはり旅のトレーナーには叶わないものがある。数値的な育成だけでは不十分だった。
僕のやり方では必ずしも勝てない。その現実を突きつけられているような気がした。
繰り返すも当たらない技。そうこうしてる間に、キセキはのろいで攻撃と防御が上がってゆく。
しかし、その時奇跡は訪れた。
「当たった!」
だが、その奇跡は虚しく崩れ去った。手応えがあったがその影はキセキ本体ではなくみがわり人形だった。しかも、耐久性が向上したせいで一撃では消えない。
なるほど、よく練られた作戦ではある。しかし、みがわりは盾のようにそのポケモンにつきまとう性質がある。ならば……!
「居場所は特定出来た!つるぎのまい!」
しんかのきせきを持っているとは言え、これなら煩わしいみがわりも消える。
「あなをほる!」
「なっ!?」
この後に及んでまだ姿をくらまそうとしているルーベルの戦法に、僕は若干の苛つきを感じていた。
キセキは雪の中を潜っている。地中より浅く、柔らかい場所を潜っているせいか、居場所はバレバレだった。
「そうか……!」
僕は戦いの中でとあることを思いついた。
「ハッサム、あれを追ってバレットパンチを繰り返すんだ!」
ハッサムがコクリと頷くと盛り上がって行く雪に次々とバレットパンチを叩き込む。のろいのせいで鈍足になっているため、追うのは簡単だ。終いには行く先を予想してドリュウズたたきのようにして叩いた。
「当たった!」
「当たってない!」
一瞬キセキの動きが止まったかのように見えた。
「キセキ、今だ!」
だが、ハッサムの背後から茶色い影が飛び上がった。まさか、今叩いたのは……。
「み、みがわりだってえ!?」
「とっておき!」
まさか、こんな爆薬を仕込んでいたとは。いくらはがねタイプのメガハッサムでも、高威力の技を叩き込まれては一溜まりもない。
タイプ一致に、特性が“てきおうりょく”では、力押しで負ける可能性も高い。加えてのろいによって極限まで上げられた攻撃力が上乗せされる。
ハッサムはそれに反応するも、体が追いつかずまともに攻撃を受けてしまう。たちまち戦闘不能となり、倒れてしまった。
防御力も極限まで上げられたため、盾のようにつきまとうみがわりはまだ消えていない。
すべて布石だったわけだ。
こんな作戦は籠りっきりの戦術研究家には思いつかない。思いついても、採用はしないだろう。
回避率を上げる作戦を侮っていた。僕の失態だ。
ハッサムをボールに戻し、ガブリアスを繰り出したが結果は同じく、とっておきの一撃で倒されてしまった。
最後はゲンガー。こいつの特性は“ふゆう”。あなをほるも当たらなければ、ゴーストタイプのためラストウェポンのとっておきも無効である。
さあ、どうする?
「キセキ、戻れ」
ひっこめた……?あれだけの布石を張っておいていとも簡単に決断してしまうとは。戦闘の疲れを癒す目的か、キセキは渋々ながらボールに戻る。
「最後の仕事だ」
ルーベルは再びガハクを繰り出した。スピードはこちらのほうが速い。道具もなければ、HPも残りわずかだ。先ほどのような絶対防壁もない。
「きあいだま!」
僕はその慢心に虚を突かれて、負けることとなった。
「強すぎる……」
バトルの後、少し遅めの昼食を取ることとなった。そう言えばまだ朝食をとってなかったな。簡易的な携帯食料でまずくも美味しくもない。
「いいや、あんたのポケモンは強いよ。さすがバトル博士を名乗ることはある」
手も足も出なかったのにそんなことを言われても、あんな奇抜な戦い方をされて負けたのではプライドが傷つく。僕がため息をついていると、ルーベルは苦笑いを浮かべた。
「小細工なしで戦っていたらどうなっていたか」
HPわずかのガハクが最後に繰り出したのは“みちづれ”だった。バトン要員なのはわかっていたので攻撃能力はないと見たが、まさかこんな形で倒されてしまったとは情けない。
「この戦法は正攻法の相手にしか通用しない。相性が良かっただけだ」
「……妙に喋りますね」
一晩一緒に過ごしたがここまでしゃべる彼を僕は見たことがない。僕と同じでコミュニケーションが苦手なのかとも思っていたが、今は想像がつかないほど饒舌だ。
「バトルの話は、な」
「でも……なぜ、あんな回りくどいことを?進化させたらあんなことしなくていいじゃないですか」
「キセキが拒むのもそうだが、これは十字架かもしれないな。だから試行錯誤の作戦だ」
聞いていれば僕の場合は力、ルーベルの場合は技と言った区分けができるくらいの戦術の違いがあった。力押しのスタイルではやられてしまうのは当たり前のことだった。
その後はポケモンについて熱く語ったところで、お互いに進むべき道へと戻ることとなった。
様々な話を聞いて、僕は旅に出て様々な戦術を肌で感じてその上で研究を重ねようと思った。僕は机上で考え過ぎたんだ。検証も限られ過ぎていた。勝利の方程式は探す。その運用力。それが僕には足りない力だと痛感した。
やっとこさ着いたバス停で僕とルーベルは別れの挨拶を交わしていた。
「僕も旅をしようと思います」
「そうか。また会えるかもな」
「ええ、次は負けません」
多分、その頃には僕は成長しているだろう。トレーナーとしても、戦術研究家としても。