しるし
【六】少女再び
 澄んだ青空が綺麗な、よく晴れた日だった。
 山雫での豪華な朝食を済ませ、早速町の散策へ繰り出した。横にグラエナを歩かせ、ヤミラミはヒノテに抱かれて大人しくしている。街中で三匹も出すと迷惑になりそうなので、今日は二匹のみ。
 不服そうなグラエナは横を歩く主人を見上げて、ガウ、と一鳴き。ヒノテは「わかってるよ」とだけ返答して、鼻を鳴らしたグラエナは再び前を向いて歩き始める。
 ヤミラミへの溺愛っぷりが凄まじい。くれぐれも落とさないように、と言われているような気になって、ヒノテは苦笑い。
 うっかり落としそうになるだけでも、後でどれだけワンワンガウガウ叱られることか。
「あんまり甘やかし過ぎるのもよくないぞ」
 何を言われてもどこ吹く風。妹分を可愛がって何が悪いと言いたげだ。ヒノテにとっては面倒見が良く頼りになるのでありがたい話なのだが、バトルにも参加させたいと考えているのを言い出せずにいた。ヤミラミも他の二体がバトルで活躍する姿を見てやる気満々なため、早く練習させたいところだったが、グラエナがまたガウガウと口煩く阻止してくる事は目に見えている。
「後でフエンのバトル場にも寄ってみるか」
 どこの町にも、野良バトルが出来るような場所がある。キンセツやカイナ程大きな町となればある程度管理されている場所もあるが、小さい町だと本当にただ場所があるだけ。「譲り合って使用しましょう」という立札がある程度だ。バトル場利用の権利を得るために、かちあった二組がバトルをするなんて事はよくある光景だった。バトルが出来ているんだから取り合わなくてもそれでいいじゃないか、とヒノテは毎度の事思う。
「あれ、ヒノテ?」
 後ろから声を掛けられる。この町でその名前を知っているのは、一人だけ。
「メグリじゃないか。おはよう」
「おはよう。昨日ぶりだね」
 横について、メグリはヒノテの横を歩き始める。
 山雫から出て、まだそれほどの時間も経っていない。どんな店が多いのだろう。どんな町の雰囲気だったかなと、これからフエンタウンを満喫しようとしていたところだった。
「こんなところで会うなんて、そんなに近くに住んでいるのか?」
「うーん、そうだね。そこそこ近いよ」
 ヒノテは少しだけ間を置き、「そっか」とだけ返す。二人は並んで歩き始めた。
「それよりさ、ヒノテはこれからどこへ行くの?」
「特に目的地はないんだ。フエンの町を、散策したいと思っているだけ」
「なるほど! それなら、私がまた案内しようか?」
 嬉しい申し出である事は間違いない。
「そう言ってくれるのは嬉しいんだけどさ。本当に良いの? メグリの予定は?」
「いいのいいの。特に予定もないから」
「うーん、どうしようかなあ」
 旅する少女ではない。町に住んでいる少女である以上、親御さんと一緒に暮らして、学校へ通って、という生活をしている事は容易に想像出来る。
 であれば、ふらっとフエンに寄っただけの男と一緒にうろうろしていて大丈夫なのだろうか。連絡の一つでも入れた方が良いのではないだろうか。そんな事をヒノテは考えていたが、当のメグリはもう案内する気満々の様子で、どこいく? どんなところが良い? と、返答を待たずに身振り手振り激しく説明が始まっている。 
「……まあ、一緒に歩いているだけだもんな。大丈夫か。それじゃあ、よろしく頼むよ。まずは、商店街に行きたいな。後は、町の雰囲気が分かる人の集まるところか、適当にオススメのところへ連れて行ってくれると助かる。後、バトルが出来るところって知ってる?」
「よし、任せて! 色々案内するよ。バトル場も、後で教えるね」
「よろしく頼むよ」
「こちらこそ。皆改めてよろしくね。グラエナとヤミラミも、良いかな」
 ヒノテを挟んで左側を歩くグラエナと、ヒノテに抱かれたヤミラミに向かって挨拶したメグリに対し、グラエナはガウと一鳴き、ヤミラミは、顔だけ向けてコクんと頷く。笑顔を浮かべ、「それじゃあまずはこっち!」と、早速一歩前に出て案内を始めたメグリの後を、ヒノテ一行は追いかけた。

早蕨 ( 2021/02/27(土) 21:01 )