しるし
【三十四】消去
 この騒ぎがどういう結末を迎えるのか。ヒノテが警察に話したフエン上層部の企みが今後、どれだけ明るみになっていくのか。
 権力によって揉み消されるのかもしれないし、尻尾切りをされるのかもしれない。
 ヒノテ自身はもう話せる事は話し、やれるだけの事はやった。
 真珠を奪われた際に襲われ、ひどい傷を負ったバネブーもいたようだが、サクサの処置が幸いし命は繋ぎ止めた。ブーピッグ達も、バネブーと合わせて真珠も戻って来るという事と、フエンの人間達との長い長い付き合いは彼等にとってもメリットとなる事。そして、どうやらメグリの存在が大きいらしい。ブーピッグ達と話しをつけたのはメグリで、彼女がいるからこそのこの結末だ、という話だった。
 町長の娘、ではなく”メグリ”としてフエンに貢献した彼女は、どんどん変わっていくだろう。今後の活躍が、ヒノテも楽しみだった。
 余罪を吐いて捕まったエンイやヒナタ達がその後どういう刑罰を受けるのか。前科がある上に起こした事件の大きさを考えれば、まず重い罪は免れない。
 彼等がもしいずれ外に出て来た時、何を思うのかは分からない。けれども、あのエンイを見ているともう大丈夫なのだろう。彼の真っ直ぐな言葉を受けたヒナタもまた、変わってくれる事を願う。
 警察から解放された時にはもう夕方だった。随分と長い間根ほり葉ほり聞かれたため、これから町を出る気力もなく、懐事情も気にするとこれ以上贅沢も出来ない。
「仕方ないか」
 安そうなビジネスホテルに泊まろうと、フエンをふらふらと歩き始める。商店街の雑踏を横目に、なるべく人気のない方へ足を運んだ。視界が開けた先をぼんやりと見つめれば、燃え上がる真っ赤な夕陽が、山の稜線に沈もうとしていた。これから薄暗くなっていくに連れ、寂寥感で一杯になっていくだろう。
 マグマ団が行ってきた事の罪深さは、今でも変わらずホウエンの人達に深く刻み込まれ、しるされているとヒノテは思う。それだけこの町に与えた影響は大きく、今回の事件もフエンタウンに住む住民達にとっては、アイデンティティという琴線に触れかねないものだった。バネブーを襲うという事は、それだけ御法度とされているのだ。ヒノテが携帯で調べる限り、当たり前なのだがこの事件に対して非難轟轟の騒ぎであり、とりわけフエン出身を名乗る者からの怒りは異様に強い。彼等は厳しい処分を求めていた。
 自分自身は犯行とは何も関係ないとは言え、知った顔が起こした事件だと考えると、気は滅入る一方。明日は朝早く宿を出て、早々にフエンを出ようとヒノテは思った。
 ぼんやりと歩き続けても、宿は見つからない。今日はゆっくりと身体を休めたい。意識を落として、深い眠りにつきたかった。
 町の中心であるバスターミナルから大分離れ、スナックやバーなど夜の町が立ち並ぶ一角に、ポツんと立っているホテルを見つけたヒノテは、迷わずそこに入って行く。
 ポケモンセンターにも、トレーナー専用のゲストハウスが用意されている。早く行けば直ぐにでもそこで休む事は出来るのかもしれないが、あそこは相部屋である事が多い。今は、どうしても誰とも会いたくなかった。
 無愛想な係員相手にフロントで会計を済ませ、部屋番の書かれた鍵を受け取る。「どうも」と小さく言って直ぐにその場を離れ、エレベーターに乗り込んだ。
 朝から何も食べていなかったが、不思議と腹の虫は鳴かない。何も食べたくない。停止したエレベーターから下り、すぐに指定の部屋へ向かう。古めかしい銀のノブに鍵を差し込んでドアを開ける。部屋の半分以上をベッドに占拠された狭い部屋。わずかな煙草の臭い。山雫と比べたら部屋のグレードは天と地の差であるが、今そんな事は気にならない。
 部屋着に着替え、すぐにベッドへ潜り込んだ。気付けば日は落ち、外は暗い。夜はこれからだが、一刻も早くヒノテは眠りたかった。
 目を瞑り、意識を落ちるのを待つ。疲れもあって、意識の抵抗は皆無。後は深い眠りにつくのみだったのだが、無粋な音が意識を吊り上げる。
 枕元に置いた携帯が、けたたましく鳴り始めた。心底不快な顔を浮かべつつ、寝転がったまま手に取って画面を確認する。
「忘れてた」
 警察署を出たら、消去しようと思っていた連絡先だった。
 仕方なくベッドから出て、鳴りやんだ携帯の電源を切ってリュックの奥底にしまう。これでゆっくりと眠る事が出来る。
「おやすみ」
 ボールに入ったラグラージ達へ一言。ヒノテは再度ベッドに潜り込み、すぐに意識を落とした。

早蕨 ( 2021/03/26(金) 21:35 )