【二十九】画面の向こう
町外れの古びたビジネスホテルの一室。置いてあるテレビの向こうで流れているニュースを、エンイは立ったまま茫然と見つめていた。
予定していた計画は、二日先。フエンの上層部と組み、えんとつ山で問題を起こす。山の管理をジムに委託している上層部は、責任を擦り付けて貶めようとしている。
成功報酬とは別に、真珠はこちらで好きにして良い。そういう話だった。
「こりゃあ……一体どういう事だ」
昨晩久しぶりにヒノテと会い、かつていがみ合った奴が未来を語っているのを見て感化されたばかり。こんな事はもうやめて、まっとうに生きよう。そう決心したばかりだった。
どの道計画を実行し仮に成功しても、フエンの上層部はエンイ達をそのままにはしておかないだろう。上層部の醜行を知っている者達が、そのまま解放されるとは思えない。
元々リスクの高すぎる仕事なのだ。話を持ってきた弟分はうまい話だと喜んでいたし、そのまま外へ高飛びすればどうにでもなると話していたが、そんなにうまくいくともエンイには思えない。
自分達の町を、権力維持のために危険に晒すような連中だ。そう易々と逃げ切る事は出来ないだろう。
それならば、計画を行う前に逃げてしまった方が良い。
エンイのそんな考えとは裏腹に、既に計画は実行されている。
報道されている内容は、バネブー達が真珠を奪われて倒れているという事。山のポケモン達が怒り、フエンタウンに向かって大行進しているという事。そして、犯人は元マグマ団員らしき集団だが、その中の一人はまだフエンに残っているという事実は、報道にはない。
「……そういう事かよ」
エンイは理解した。
自分は捨てられたのだ。長く付き合ってきた仲だったが、見限られた。
呆けたまましばらくテレビを見つめているエンイは、やけに自分が落ち着いているのを感じていた。そうか、でも、そういうもんか、と納得感すらある。損得だけで付き合ってきた連中からすると、もうやめようなどと言って損しか生まない奴を切る事は当たり前のように思えた。
”弟分”との付き合いはもう随分長い。マグマ団解散後、捕まって刑期を終えた二人は集まり、気付けば似たような事を繰り返していた。目的もなく、ただ悪事を働いて金を稼ぐ日々。自分の人生は一体なんだろう。そう思ったのは、一体いつからか。
自分のポケモン達や弟分を囲って、確かに食うには困らない生活をしている。
だから何なんだ。
やっている事は、どう考えても正しい行いではない。そんな事はエンイもよく分かっていた。特に、ホウエンを襲った未曾有の大災害を見てしまってからは、いかに自分達が行ってきた事が大それていたのかよく分かっているつもりだった。
もうやめよう。何度もそんな言葉が頭を過っても、どうしても今の生活からは抜け出せなかった。
言い訳のように、弟分を置いて自分だけ抜け駆けする訳にはいかない。そう自分に言い聞かせた。
テレビの向こうでは、警察が張った防衛線を報道記者が実況を交え伝えている。今起こっている事件であるのは間違いない。更に言えば、自分は追われる身であるのだと、記者の言葉からだんだんと実感が湧いて来る。
報道にはなくとも、元マグマ団員の仕業という話は警察に流れているはずだ。そうでなければ自分を裏切って町に残す意味がない。スケープゴートにしてこそだ。
身元が割れて、現在宿泊しているホテルに滞在している事がバレるのは、時間の問題だろう。だったらどうする。一体何が出来るのか。
逃げるか。もう素直に捕まるか。一体どうすれば良いのかエンイは自分で決めかねていたが、半分呆けたまま見ていたテレビの向こうに映り込んだ人間を見て、「あっ」と声を漏らす。
「あいつ、昨日の……」
その顔には朧気だが見覚えがあった。
ヒノテと一緒に蕎麦屋にいた娘。一体何故あんなところに。ギャロップに跨り、防衛線を張る警察に向かって歩いている。
「そうだ、ヒノテ。あいつはどうしたんだ」
テレビカメラが抜いた娘の顔を見てエンイが連想したのは、昨日の夜一緒に飲んでいたヒノテの顔だった。
元マグマ団員グループというところまで割れているならば、ヒノテもまた追われる身であるはず。今はどうしているのか。
「巻き込んでないといいんだが」
昨日一緒にいた事を考えると、画面の向こうの娘の行く先には何かあるのかもしれない。直感的な予測は、エンイの身体を動かした。
行くなら今だ。
身体が動き出せば、思考も働き始める。
馬鹿をやり続けてきたケリは、ここで着けるべきだ。
「計画を知っている俺が……止めるしかない」
そうとなれば向かう先は一つ。
えんとつ山のポケモン達が迫っているという国道を乗り越えた先。デコボコ山道の元マグマ団基地。
あそこに行けば、まだ間に合うかもしれない。途中で捕まる可能性は捨てきれないが、ここで動かない訳にはいかなかった。