【二十八】ひっかかる
まったく問題にならない。
ポケモンはトレーナーと共に鍛え続ける事で、こうも強くなれるものなのか。ヒノテは目の前の状況を見て、強くそれを感じていた。
旅を続けながら、ポケモンバトルという競技者としても活動を続けてきた努力の結果は、実を結んでいると言って良いだろう。
マグマ団は、リーダーマツブサとそれを支える幹部達のカリスマや統率力によって、組織だった動きが出来ていたからこその強さだったのだ。解散してただのチンピラでしかない目の前の奴等に、最早力などない。
特にヤミラミは数で上回る相手を攪乱し、多いに活躍してくれた。隙をついた攻撃は経験値の高い二匹に任せ、ヤミラミを好きに暴れ回らせるヒノテの作戦は、見事にハマる形となった。
「よくやったぞお前等」
荷物の積み込みをしていゴローンにライボルト、ゴーリキーの三体と、エンイの弟分のゴルバットも仕留めた。次のポケモンを出す様子もなく、ラグラージ、グラエナ、ヤミラミの三匹もまだまだ戦える。
こんな奴等にやられたんだと思うと、ヒノテはバネブー達があまりにも不憫で、憎悪すら覚えた。
こんな悪事に加担する事を、正当化出来る論理などあってはならない。昨日話した事は嘘だったのか。
まだここにいないエンイの顔を思い出し、やはり仲良くなどなれない奴なんだと再確認する。
「お前らは前座みたいなもんだな。奴を出せ。いるんだろ」
奴、エンイは、自分の身内にだけは甘い。特に自分のポケモン達に対する愛情だけは本物で、きちんと育て上げているのをヒノテは知っている。今ここでヒノテと勝負になるとするならば、エンイだけ。
「こ、こんな馬鹿な……」
威嚇する三匹と共に近づいて来るヒノテに、弟分と他の三人は成すすべなくその場にヘタりと座り込む。
「そもそも、何であんたがここにいるんだ」
「何でって、お前らが俺に濡れ衣を着せようとしたんだろう? 俺はポケモン達の大群さえ突破出来れば、お前らがここにいるものだと思って来ただけだ」
「俺達の中では、あんたがフエンにいたのは計算外だ。予定にはない」
「どういう事だ?」
一体何がどうなっているのか。濡れ衣を着せようとしたのではないなら、あの不自然なタレコミは何なのか。
「こっちが聞きたいんですって」
ヒノテは弟分の質問を無視し、考え込んだ。
何故ここにエンイがいないのか。先日蕎麦屋で会った時には、間違いなく二人は一緒にいた。団員時代から二人はいつも一緒にいたのだ。当然一緒に行動しているものだとヒノテは思っていた。昨日の話ぶりでも、エンイが計画に関わっているような話だったはずだ。ならば、どうしてここにいない。
「お前、まさか」
「ええ、そうですよ。全てを被って貰うのは兄貴だ」
昨夜、バーで会話したエンイの顔を思い出す。
「あいつは、それを承知しているのか?」
「そんな訳ないでしょう。兄貴にだけは計画をずらして伝えてありますから、今も呑気にフエンにいるでしょうね。警察が躍起になってフエンにいる元マグマ団員を追いかけ回しているでしょうよ」
やはり仲良くなれない奴なんだと思っていたエンイ相手に、何故こんなにも怒りが湧いてくるのだろうか。ヒノテは、自分の内から沸々と沸き起こってくる怒りに戸惑っていた。
エンイが弟分に裏切られた。端的に言えばそれだけ。犯罪者の内ゲバでしかない。それなのに、どうしてもヒノテは他人事として考える事が出来なかった。
嫌いで、憎くて、別に話したくもない相手だけれど、エンイが弟分を可愛がっていたのを知っていた。決して貶めるような事はしていなかったはずだ。自分の身内にだけ優しいのは、マグマ団内でも有名な話だった。
お前は敵、お前は味方、と区別していく事自体を嫌っていたし、そんなマグマ団内でのグループみたいなものに絶対に参加したくなかったヒノテは興味がなかっただけ。
そんなヒノテから見ても、二人は仲良くやっていたはずだ。
「お前は一体何なんだ。何がしたいんだ」
「だから言ってるでしょ? 金儲けですよ」
「金儲けのために、ずっと一緒にいたエンイを裏切るのか? それがお前のやり方か?」
立膝に体勢を組み替え、弟分はふん、と鼻を鳴らしてヒノテを睨みつける。
「……何様ですか? マグマ団に一緒に所属していた、というだけでしょう? そもそもあなた、俺の名前知ってます?」
記憶を探るも、思い出す事は出来ない。
ヒノテの表情を見て、”弟分”は息を吐き捨てるように笑う。
「ほらね。俺の名前も憶えていない奴に、説教される筋合いなんてありませんよ。ここにいる奴等だって、利害が一致しているから一緒に行動しているだけ。兄貴は俺がビジネスをやる上でいい感じに動いてくれるんで付き合ってるだけですよ」
「……俺は説教したいんじゃない。エンイの奴がどう思っているか、お前はそれを考えているのかって事だ」
「それこそ、あなたに答える義理はありません」
「いいから答えろよ」
三匹の威嚇する姿に、”弟分”は怯んだ。
「分かりましたよ、答えれば良いんでしょ? 兄貴は、最近俺にまっとうに働こうなんて事をよく抜かすんで、そろそろ潮時だなと思っただけですよ。あの人はお人良しですから、決して俺達を売ったりしないですしね。どう思ってるかなんて知った事ありません。馬鹿ですよ、本当」
ひどく突き放した言い方だったが、ヒノテは納得した。昔からこういう奴だったのだ。エンイだって無理に付き合う必要はない。これで手が切れるなら、それで良いのではないか。
「分かった。確かに俺がどうこう言える身分じゃないからな。お互い様だ。クズ同士、ドライにいかないとな」
ここにエンイはいない。
だとすればヒノテにはひっかかる事があった。
フエンタウンをここまで巻き込むような大事を、こんな奴等だけで計画出来るものだろうか。そんな度胸があるとはとても思えない。確かにバネブーの頭に乗っている真珠は大きくて立派だ。普通の真珠よりは高値で売りさばく事が出来るだろう。だが、それを計算に入れてもリスクとリターンが見合っていない。
「エンイじゃないなら、誰だ? お前らのバックにいるのは」
「クライアントをバラす訳ないでしょう、と言いたいところですが、知ったところであなたの言う事なんか誰も信用しませんし、ここまで来たら巻き添えになってもらいますかね」
マグマ団時代の幹部の名や、まさかリーダーの名前が出て来るんじゃないかとヒノテは一瞬ヒヤりとした。そうだとしたら、手に負える事件じゃない。
「誰を想像してるんです? まさか昔の上司ですか? そんな訳ないじゃないですか。違いますよ。バックにいるのは、フエンの上層部です。バネブーから真珠を奪って、えんとつ山のポケモン達の怒りを焚きつけ町へ向かわせる。俺達に来ている指示は基本的にそれだけ。真珠とバネブーはフエンの人間とポケモン達の繋がりを証明するものだから、あいつらを襲ってそれを奪えばポケモン達は怒るだろうと、そういう話ですよ。過去、技術が進歩してバネブー達と人間の繋がりが薄れた時、過激派に同じような事件を起こした奴が居たそうで、それを真似ているという事です。あいつら、真珠をちらつかせるとホイホイ出て来るんですよ。そこを襲えば良いだけだから、本当楽でしたよ。フエン上層部の方の個人名は挙げられませんが、始めから俺と兄貴がどうこうなんて簡単に霞む、デカい内ゲバなんですよ。俺達は、この事件を起こした後に報酬をもらう予定です。真珠はあくまでもインセンティブ。最悪手放しても良い」
「その話、嘘じゃないだろうな」
「さあ、どうでしょうね」
メグリが知ったらどう思うだろうか。フエン上層部という事は、メグリの父親だって絡んでいる可能性がある。指示元ではなくとも、関係しているというだけで大スキャンダルだ。トップとして、責任は取らざるを得ないだろう。
「外野が首を突っ込めるような話じゃないですよ。思っているよりずっとドロドロしている話だ。フエンタウンじゃきっと何もかも握りつぶされる」
「知ってるよ。外野が首を突っ込める話じゃないっていうのはよく分かる。ただ、何にしたってお前らを警察に突き出す事が、やっぱり解決への近道なんだな」
道はそれしかない。バネブー達の救助のためにも、こいつらには全て吐かせないといけない。握りつぶされるかどうかは置いておくとしても、調べればいずれフエンの上層部が絡んでいた事実まで掘れるだろう。
「俺達を捕まえたところで、どうこうなる問題ではないと思いますがね。それに、そう簡単には、行きませんよ」
弟分と、後ろの三人は三匹の威嚇に怯えながら、恐る恐る立ち上がる。
今更抵抗を見せる気なのか? とヒノテとラグラージ達三匹も構えた。
仕留めた三匹――ゴローン、ライボルト、ゴーリキー――が、気絶から目を覚ました。弟分のゴルバットも同様に目を覚まし、弱弱しく飛び上がる。
とても、戦えるような状態じゃない。
「お前ら、自分のポケモンをなんだと思ってるんだ」
「これ以上やったら、死ぬかもしれないですね。それで、どうします?」
これは競技ではなく、ただの戦争。
勝てないと見るや、どう逃げるかを考えている。随分と長い間勝った負けたのやり取りをやっていたヒノテは、本当の意味での戦争を忘れていた。
ポケモンバトルで勝ったら、それで終わりではない。
だがヒノテはもう、一つの目的の元集まり、それを達成するために犠牲を厭わないという考えを持った、犯罪者集団の一員ではない。
「今のあなた達に、こいつらを殺せますか?」
改めてヒノテは、自分が過去に何をやってきたのか、自覚していた。