しるし
【十八】どうして知ってるの?
 フエンの中心にあるバスターミナルからえんとつ山方面へのバスに乗った二人は、込み合った車内の一席に並んで座っていた。
 平日の午後に、えんとつ山方面へ行く人は少ない。各停留所で人は少しずつ降りて行き、町の中心から外れ景色が寂しくなってくる頃には、もう二人を含めても片手で数える程しか乗っていなかった。
 農村まで来ると、町で見るよりも綺麗なえんとつ山が見える。村の風景と連なり、自然として一体感のあるその光景は、圧倒されるものがあった。
 もう時期到着する。
 午前中から慣れない事をやって燥ぎ疲れたのか、メグリはヒノテに寄り掛かって眠っていた。穏やかな寝顔を崩してはいけないと、じっと動かず景色を眺める。
 ヒノテがかつてこの光景を見た時は、こんなにも美しいとは感じられなかった。
 当時、マグマ団リーダーであるマツブサの夢物語の様な野望は、今美しいと感じているこの光景を壊すもの。かつて居場所のなかったヒノテにとって、ただ大きな野望を本気で語る男は、魅力的に、拠り所として美しく映った。
「馬鹿にも程がある」
 かつての自分を思い出しつまらない事をやっていたと感じるのは、どうしようもない事態になってからだった。
 封印を解かれた超古代ポケモン達は、その存在そのものが人間にとって大災害だった。誰も彼もが世界の終わりを感じたが、英雄はいた。空からの使者は、超古代ポケモン達の激突に終止符を打ち、ホウエンは救われたのだった。
 どんな大きな野望を語ろうとも、全てを水に、もしくは全てを地に埋めてしまっては何も残らない。全てを破壊する事に一体なんの正当性があるというのか。
 あの時、あまりにも非日常過ぎる事態に、ヒノテは今までの自分を全て無に帰すような感覚に陥った。
 あれからもう、随分と時が経つ。
「着いたぞメグリ」
「んあ、ごめん、寝ちゃってた」
 バスを降りて、ここからは徒歩。デコボコ山道へ向かって、二人は歩き出す。十分程も歩くと、「デコボコ山道」の文字と、矢印の形で方向を示す立札が立っている。
「こんなところに来て、何があるの?」
「俺も随分久しぶりなんだが、小耳に挟んだ情報だと、今はポケモン達の住処になっているらしい」
「ポケモン達の住処?」
「そう。行けばわかるよ」
 随分前の話だとしても、ヒノテはその道順を記憶していた。この山道には元々正規のルートなどはない。登山者は皆、方角だけが示された札を頼りに、デコボコ道を好きなルートで登って山頂を目指す。
 いくつかの立札を通り過ぎ、ヒノテは自分の記憶にある指定の立札まで辿り着く。山頂の方向へ示された立札と直角に進んでいくと、その目的地が目の前に現れる。
 不自然に盛り上がったその岩場は、今でも変わっていなかった。
 首に下げ、服の内側にしまっていた”マグマのしるし”は、もう意味を為さない。
「やっぱり反応しないか。だったら、今でもこうやって……」
 よく見ると分かる切れ目を手で押すと、人が数人入れる程の扉になっている。中に入って行くと、秘密裏に掘られた空間が広がっていた。
 扉を閉めれば、中は当然真っ暗。ボールを一つホルダーから手に取り、中からヤミラミを出したヒノテは「頼む」と呟く。「ンアア」と上に向かって口をあんぐり開けたヤミラミは、身体のエネルギーを光体として外に吐き出した。ふよふよと浮かんだ光源は、辺りをまばゆく照らす。
「な、なに、これ」
 ヒノテは一先ずメグリの声を無視して前に進んで行く。記憶を頼りにいくつかの分かれ道を進み、曲がりくねった洞窟を歩いて行けば、さらに大きな空間が目の前に現れる。
「う、わあ……これ、何なの。どういう事?」
 腰のボールホルダーから一つモンスターボールを取り、スイッチを押して手のひら大に。宙へ放れば、中からラグラージが飛び出す。
 護衛として出された事はラグラージも瞬時に理解した。周りにいるコータスやイシツブテ、ゴローンは、突然侵入してきた人間に対して、警戒心を露わにしていた。
「ここはな、元マグマ団アジトなんだ」
「マグマ団って、何年も前に超古代ポケモンを蘇らせて、ホウエンに大災害をもたらしたっていう、あの?」
「よく知ってるな」
「小さい頃、テレビでよくそのニュースをやってたよ。とんでもない事が起こってるって事しかよく分からなかったけど、何が起こっているかは後で親がよく話してくれたから」
 ”町長の娘”として、知っておかなければならないという事だろう。
「今も、この地に超古代ポケモンは眠り続けている。確か、そうだよね?」
「本当によく勉強してるよ。その通り。このえんとつ山の地下には、超古代ポケモンがずっと眠り続けている。特別な珠がない限り奴が解放される事はないが、封印されていても漏れ出る力が、環境に与える影響は大きい」
 ヒノテが歩くと、周りのポケモンがピリついてこちらから視線をはずさない。
 よく見てみれば、当時ヒノテがいたころからうろうろしていたコータス、イシツブテ、ゴローン以外にも、色々なポケモン達が住んでいるようだった。
 マグマッグにドンメル、そしてバネブーも確認出来る。その進化系達も奥に潜んでいるかもしれない。人がいなくなってから大分立つ。丁度良い住処として、活用している様子は見た通りだった。
 メグリは、ヒノテの後ろに立ってこの空間の異様さに圧倒されていた。マグマ団が使用していた空間だったという事以上に、この熱気を持った空間の異様さは中に入った者にしか分からない。超古代ポケモンの溢れる力は、眠っていてもこれほどのものなのかと、そう感じざるを得ない熱気以上の圧がある。
「凄いだろ。マグマ団が全部を掘った訳じゃないらしいんだ。元々超古代ポケモンが眠る場所までの道は出来ていて、後から空間を大きくしただけらしい」
「こんな場所があるなんて。私、よくデコボコ山道で遊んでるのに、全然知らなかった」
「フエンでも、こんな場所があるなんて知ってる奴が何人いることか。超古代ポケモンに関する事は、伝承レベルで留めておく方が良いっていうのが協会側の意向なんだろうな。当時も後処理はポケモン協会側がやったって話らしい。あんな事があったから、どうあっても触れて欲しくないんだろう」
 熱気と、言いようもない圧のある空間に少し身体が慣れて来たのか、メグリはうろうろと周りを歩き出す。鳴き声で威嚇する野生ポケモン達もいるが、目も合わさず、気に掛ける様子も見せない。
 その動き方は、野生ポケモンとの付き合い方をよく知っているトレーナーのそれだった。目を合わせ後ずさったり、声を出して走り出したりするのは危ない。デコボコ山道をポケモンも持たずに単身で飛び回れる事を考えれば、メグリがその辺をうまくやれないはずがなかった。
 興味を示さないポケモン、威嚇してくるポケモン、驚いて逃げて行くポケモン。反応は様々だが、メグリがうろうろしているのを見て近づいてくるポケモンが一体。
「頼む」
 ヒノテの声に頷いたラグラージはメグリの前に出ようと動き出すが、
「待って」
 という言葉と共に、片腕を広げ静止を促したメグリの指示で止まる。
「いいの、大丈夫」
 近づいてきたポケモンは、バネブーだった。ぴょんぴょんと跳ねて、メグリの周りを飛び回る。
「君、ここにいたんだ。他の皆もここ?」
 その質問に首を傾げたバネブーだったが、遊び相手のメグリに会えた事は、とても嬉しい事の様だった。
「いつもの住処に居る時とそうじゃない時があるから、どこかに違う住処を作ってるんだろうなとは思ってたけど、こんなところにあったのね。ヒノテ、あそこ以外にも入口ってあるの?」
「物を運び込む搬入路が残っていたら、そこからも入れるはずだ」
「そっか。じゃあ、今度この子達がそこへ案内してくれるのを待とうかな」
 メグリはそう言うと、バネブーを優しく撫でた。「ごめんね、また今度遊ぼうね」という言葉を聞いて理解したのか、飛び跳ねて去って行く。
 去っていったバネブーに、他のポケモン達が集まって行く。メグリの事を知らないポケモン達にも、これで顔が利くという事だろう。
「ねえ」
「なんだ?」
「どうして、フエンでもほとんどの人が知らないこの空間の事を、ヒノテが知ってるの?」
 当然の疑問だった。
 そして、ヒノテが話そうとしている内容も、それに関する事である。
 壁際に丁度良く腰掛けられそうな岩を見つけ、ヒノテはそこまでゆっくりと歩く。ラグラージとメグリはそれについて行き、腰掛けるのを待った。
「俺はな、元マグマ団員なんだ」

早蕨 ( 2021/03/10(水) 21:05 )