【十五 】エンイ
フエンは蕎麦もおいしいらしい。良いところの娘なだけあって良い物を食わせてもらっているメグリが、おすすめの蕎麦屋を紹介した。
どんな高級蕎麦屋なのかと内心びくびくしていたヒノテだったが、紹介されたのはバトル場からそう遠くないところにあった、町の人達で賑わう庶民的な蕎麦屋だった。
ポケモン達が入店出来なかったので、ラグラージ達には外でご飯を買い与え、ご機嫌な様子を見届けてからボールに戻した。
次は自分達が腹ごしらえをする番だ。お腹を押さえてお腹が空いたと呪文のように呟くメグリを連れて、蕎麦屋の暖簾を二人でくぐった。昼時と重なり、店は賑わっている。
幸い空席が見つかり、二人は腰を落ち着けた。
「蕎麦がおすすめなんだっけ?」
「そう! えんとつ山源流の水で打った蕎麦だよ」
「メグリは色んな事を知ってるな」
「フエンには詳しいからね」
「流石、学校をサボって走り回っているだけあるな」
「あー! そういう事言う!」
ははは、と笑いつつメグリをあしらい、ヒノテはおすすめ通りざるそばを注文。お腹の空いているメグリは、おすすめの蕎麦ではなくガッツリお腹に溜まりそうなカツ丼を頼んだ。
パタンとメニューを閉じ、ふうと一息。
「……嫌な感じだな」
店に入ってからというもの、そして今食事を待っているこの瞬間も、ヒノテは視線を感じていた。外者のヒノテを見ているのではなく、その視線の先はメグリだ。
当の本人はもう慣れっ子で気にしていない様子だったが、視線の先ではないヒノテでさえ気になるのだ。何見てんだ、と直接言ってやりたいくらいだが、それはメグリが望むところではないはずなので、ぐっと堪える。
「大人げないやつらだ」
「しょうがないよ」
「大人すぎるなメグリは」
可哀想に、とは言わなかった。この歳でしょうがないよと言えてしまう環境に、そして町長の娘として全てを妥協出来てしまうその境遇に、ヒノテはただ同情する。
一緒にバトルをした仲である。もうヒノテにとってメグリはただの他人ではなかった。どうにかしてやりたい気持ちで一杯だ。
もどかしい気持ちでうんうん考えていると、ヒノテの横に、一人の男が立った。
「ヒノテさんじゃないですか。こんなところで何やってんですか? 私服だから、気付きませんでしたよ」
ヒノテもまた、横に立つ痩身で小柄な男の顔立ちを思い出すまでに時間がかかった。何せ最後に会ったのはもう、随分前の事となる。
「……お前か。どうしたんだ、こんなところで」
「まあ、ほら、あれですよ、観光ってやつです」
「観光なんてするような奴だったか? 金以外の事に興味があったなんて知らなかった」
「久しぶりに会ったっていうのに、随分な言い草ですねえ。兄貴に言っちゃいますよ?」
「エンイの奴もいるのか?」
厄介な奴はどこにいるんだと、ヒノテはきょろきょろ辺りを見回すと、三つ後方の席に騒がしい男が一人。
店員に向かって、難癖を付けているようだ。
「相変わらずだな本当に。どうせ大盛なのに少ねえとか、そんな下らない事なんだろ。お前戻ってなんとかして来いよ」
「俺が言ったってどうしようもないっすよ。ヒノテさんが行けば良いんじゃないですか? あなたなら、興味の先が変わるかもしれないですよ?」
絶対に御免被りたい話だった。
例のグループに居た時、エンイとその弟分は派閥を作って幅を利かせていた。幹部陣からの覚えもよく、気に入られていた事をヒノテはよく覚えている。
お前もこっちにつけ、というエンイの言葉にまったく興味を示さないヒノテに食って掛かり、よくいざこざを起こしていた。
「関わり合いにはなりたくないね。店員さんには気の毒だけど、今回はパスだ」
「でもいいんですか? お連れがあっち行っちゃいましたけど」
ぎょっとしたヒノテは、首を元に戻してメグリがいない事に気付く。もう一度振り返ってみれば、エンイの隣に仁王立ちしている姿があった。
「……まったく」
これでは行くしかない。
「久しぶりに兄貴とヒノテさんの揉め事が見られるのは、楽しみですねえ」
ひひ、と笑う甲高い声とそのニヤリ顔に、昔を思い出したヒノテは、舌打ちをして立ち上がった。