【十】ラグラージの眠れない夜
その夜、ラグラージの寝付きは悪かった。
俯せになってどれだけ目を瞑っても寝付けない。一度気にしだすと、どうにもうまくいかなかった。
ヒノテやグラエナ、ヤミラミは既に眠ってしまった。早く寝なければ、明日のバトルに差し支える。
メグリと一緒に戦うのならば、普段通りにはいかない。いつもより気を張って練習しなければならないので、早く眠るに越した事はないのだが、どうにも眠れない。
ラグラージが気になっているのは、ヒノテの事だった。久々に感じた、「俺なんか」という言葉の節、その語感や表情に、払拭したはずだった負い目や劣等感のような、鬱屈とした感情をラグラージは感じとった。
今更だ。ヒノテはもう十分償ったし、前に進んで良いはずだ。彼は変わった。それはラグラージが一番よく分かっている。
ミズゴロウだった頃、まだ小さかったヒノテと仲良く過ごしていた。成長したヒノテが家を飛び出し、置いて行かれ、育ててくれたのは彼の両親だった。月日が流れ、謝罪と共に帰って来た時、彼は随分大きくなっていた。
ヒノテは、自分の行った事がどういう事かきちんと理解したいと言っている。それが分かるまでは、罪を償い切れていないんだと、一度だけ零した。ラグラージはヒノテの言う全てを理解する事は出来なかったが、それでも彼が自分を厳しく律し、反省しているという事だけは分かった。あんなに自分に厳しい人間だったなんて、ラグラージは知らなかった。
よっぽどの事があったらしいが、詳しい事は分からない。妙なグループに所属し、悪事を働いていたという事だけグラエナから聞いている。
ラグラージは、置いていかれた時に追いかけて行かなかった事を酷く後悔していた。
グラエナは、ヒノテが家を飛び出した後に出会っている。彼が一番おかしくなっていた頃を支えたのはグラエナだ。ラグラージは何も知らない。それが酷く悔しく、嫉妬していた事もあった。
照れ臭く口には出せないが、今ではヒノテを支えてくれた事に、感謝すらしている。今度は自分も、と意気込んでヒノテが迎えに来た時一緒に旅へ出た。
だから、帰って来た後のヒノテをずっと見て来たラグラージにとって、彼が自分を卑下する様子が一番辛かった。自分が一緒にいて辛そうな顔をされるのが嫌なのだ。
もっと楽しそうにして欲しい。幸せそうな顔が見たい。
何がヒノテにあんな顔をさせたのか。ラグラージが思い当たるのは、あのメグリという少女だった。
大人と見まがう程の思慮深さ。ポケモンの扱いのうまさ。自分の立場を理解する頭の良さと、我慢を選んでしまう辛抱強さ。それは、ヒノテが持っていなかったものだった。
嫉妬の対象にはならないが、彼が憧れるものはそこにある。彼女と比べると、どうしても自分自身を卑下してしまうのは、どうしようもない。
ラグラージはそれを全て理解出来ていないが、本能的には理解した。メグリが原因で、ヒノテは自分を卑下するのだと。
そう思うと、あの少女が憎らしく思える。しかし彼女は悪い事をしていない。むしろグラエナ達にもきちんと気を配り、心の優しい人間である事は、ボールの中からでもよく分かった。
彼女を責める事は出来ない。
ならどうすれば良いのか。難しい事を考えるのは苦手だった。どうして人間は分かりやすくスッキリしないのだとラグラージはいつも思う。
頭の良いグラエナならなんて言うだろう、と考えると、ふと思い出す。
”どっしり構えてろ。お前にしか、それは出来ない。”
何を偉そうに。
嫉妬心こそ乗り越えたものの、ラグラージにはまだまだライバル心が燃え続けている。けれども、同時に認めてもいた。
自分がいない間のヒノテを知る者として、共に歩まなくてはならない存在であると思っている。
そんな相手からいつか言われた言葉は、なんとなく今、しっくり来る。
妙な満足感を覚えて、ラグラージはいつの間にか眠りに落ちた。