【一】自然の力
えんとつ山の山頂から見る光景は、とても力強いものだった。蠢くマグマ。立ち上る煙。見る物を圧倒するに相応しい力がそこにある。
ヒノテは久しぶりに見たその光景に、息を飲んだ。人がどうにか出来る代物ではない。自然の赴くままに、人間はただ従っていくしかないのだろう。そう思わせるだけの力がそこにはあった。
山頂からただ火口を呆けたまま見つめ、足はえんとつ山に吸い付く。
圧倒され続け、動けなかった足をその場から動かしたのは、団体観光客の話し声。火口を独り占め出来ていた時間は長くなかった。
安全な状態である間は、誰でもこの火口を見つめ、自然の力を感じる事が出来る。この光景は、誰かのものであっては駄目だとヒノテは思う。
ホウエン中を渡り歩いて来たが、やはりこの場所は特別だった。
団体客と入れ違いで、場所を譲る。今からゆっくりとデコボコ山道を下り、フエンタウンの宿へ向かえば丁度良い時間だ。
しかし、急いではいけない。
デコボコ山道は易しくない。
自然を甘く見てはいけない。
元々、ホウエンという土地は環境的なものに紐づく伝承や神話が多い。ヒノテの経験上、甘く見てはいけないというのは嫌という程身に染みていた。
グラードンやカイオーガといった御伽噺の様に思われていた存在だって、今もその内の一体はえんとつ山の地下で眠り続けている。
人間が如何に矮小で些細な存在であるか。ホウエンという土地は強くそれを感じさせてくれる。ミナモから見る広大な海原にも、似たようなものをヒノテは感じていた。
「そろそろ下山かな」
独り言ち、今度は山頂からホウエンの景色を一望する。大自然の先にある街々は、この数年間で見て回った。これから行くのは、山頂からだと見えない、ホウエンでも一番の温泉地、フエンタウン。
登りはロープウェイで来たが、下山する時は名所であるデコボコ山道を歩いて下りる事に決めていた。疲れが温泉を更に格別な物にする。飯もおいしくなるというものだ。
フエンタウンは、ポケモンリーグ公認のジムが設置されている。そのおかげか、近隣の村よりも発展した町として進化を遂げていた。
何年も前に着任した若いジムリーダーがフエンタウンの強さの象徴として存在すると同時に、看板娘としてPR活動に励んでいた。その活躍は目覚ましく、彼女が映ったポスターに、ヒノテもまた惹かれた一人であった。
伝統と歴史を重んじながら、フエンタウンの人々は生活を営んで行く。自然と寄り添いながら、いつ大きな自然災害に晒されるか分からない明確な恐怖を隣に置きつつ、発展を遂げていく。
危うさが人に富を与え、そこに根差して歴史を紡ぐ。
いっそ割り切っているんだろうとさえ思えるその町は、今もまだ、そこにある。