【七】
買いたかった物は揃った。
タマムシのメインストリートを歩きながら、ポケモンフーズをケーシィに渡してやる。肩車をして、頭の上で機嫌良さそうに鳴きながら揺れているから、気に入ったのだろう。甘い味で正解だった。
バイトまではまだ時間があるので、散歩がてら予定通りタマムシ公園へ向かうことにした。スポーツの出来るグラウンド、多種多様な遊具、ジョギングやウォーキングコースもある、大きな公園だ。タマムシの発展と平和を象徴したモニュメントが入口に設置されており、よく待ち合わせの場所にも使われていた。
僕は専ら友達と遊ぶ目的で通っていたが、もう何年も行っていない。
「変わってないなあ」
バスに乗って十分程。タマムシの都会風景に一見そぐわない木々が見え始める。懐かしい光景だ。公園前のバス停で降りてすぐ前の入口から入ってみれば、まったく昔と変わっていない。入口の柵の塗装が若干剥げているのを見れば、時が過ぎているんだな、ということは分かる。
遊具で遊んでいる子ども達を横目に、公園を横切る。螺旋状の大きな滑り台は、滑りが悪いのに昔から大人気だ。
ゲームコーナーにいた時はこんな風に外をうろうろすることもなかったのか、ケーシィは興味深そうに僕の頭から離れ、キョロキョロしながら浮かんでいる。
「来てみたはいいけど、本当に散歩しかする事ないよなあ。バトルなんか、全然分からないし」
ベンチに腰掛け、騒ぎながら駆け回る子ども達を眺める。昔は僕もあんな風に遊んでいた。
そして、この公園だ。僕が昔ポケモンを燃やしたのは、この公園の林の中だった。
「十年以上前、なんだよな」
夕方だった。夕を知らせるチャイムが鳴り、遊んでいる仲間達が散っていった後、僕は一人公園に残っていた。その日、始めから燃やす目的で公園に行ったのではない。皆で遊んでいる時見つけたライターが原因だった。木の葉を拾っては燃やし、踏みつけて消してみたり、火を付けた枝を持って友人を追いかけたり、追いかけ回されたり、今思えばとんでもなく危ない事をしていた。何が危なくて何が怖いのか、それを行ったらどうなるのか。そういう事に想像力が働かない所は、露骨に子どもだった。
皆ライターで遊ぶ事などすぐに飽きて他の遊びをしていたのだが、僕は密かにライターを拾ってポケットへ入れていた。皆で火遊びをしている時、ふと見かけたポケモンを見て、多分、燃やしたらどうなるんだろうな、と思ってしまったのだ。
薄暗くなり、当たりの輪郭がぼやけていく中、一人林の中に入った僕は、見つけたキャタピーを押さえつけて燃やした。
言葉にするとあまりに短く、グロテスクでひどいその日の記憶が、断片的にまざまざと蘇ってくる。今の僕からすればあまりにありえないので、他人がやったかと思う程だが、記憶に、間違いはない。
学校でポケモンに関する授業だって行っていた。ポケモンと人はお互いに助け合う生き物だ、なんて授業もやっていたはずだ。恐らく一般的に身につくであろう道徳が、僕には欠けていた。それはうちの家庭がまったくポケモンと接点を持たないから、という理由もあるかと思う。ポケモンが生き物である事なんてどうしようもなく当たり前の事なのだが、僕は先日までそれを肌で感じられなかった。
人間以外は基本的に物、という感覚が、根幹の部分であまりに強かった。
「なんにしても、燃やしたのは僕なんだよな、絶対」
久しぶりにタマムシ公園へ来たせいか、昔の事がいつもより多く蘇ってくる。
ケーシィは、ベンチ横にあった鉄棒に尻尾を巻き付け、器用にぐるんぐるん回って遊んでいた。
「あのケーシィ、お兄ちゃんのポケモンなの?」
鉄棒で回っているケーシィを見て、子どもが数人寄ってきた。俺も出来るぞ、と言いながら少年達の中の一人がケーシィの隣で逆上がりを始める。
流石にポケモンの運動能力と言うべきか、人間が逆上がりするより、よっぽど綺麗にぐるんぐるん回っている。
子ども達が集まって来ているのに気付いて、ケーシィは慌てて鉄棒から尻尾を離したかと思えば、そのまますっ飛んで僕の胸に飛び込んでくる。
「ごめんな。こいつ臆病なんだよ」
「でもケーシィなら、びっくりしたらテレポートするはずだけどね」
「え?」
へんなの、と言いながら子ども達は散って行く。
言われてみれば、確かにそうだ。トレーナーを警戒してテレポートをしてしまうから、意外と捕獲が難しいなんて書かれていたのを思い出した。超能力を使う時間が長ければ長い程眠る時間が長いとも書かれていた。
今朝、こいつは僕より早く目覚めていたし、どんなに警戒していてもテレポートをする様子はない。何故だ。まだ使えないだけなのか?
胸の中で子ども達に怯えたケーシィが、ただ臆病なだけではないことに、嫌な想像しか出来なかった。