【五十六】【了】
足の骨折が治り松葉杖がとれ、生活するのに問題なくなるまで数ヵ月の時間を要した。最後の精密検査が終わり、病院でもういいよと言われた時、僕はやっと今回の全てが終わった気がした。
ワイドショーでやっていた事件の犯人逮捕のニュースも、もう落ち着いて次の話題に飛びついている。僕のところにも取材が来るものかと思ったが、カツラさんや警察がきっちり止めてくれたらしく、大変感謝していた。
全てが元通りに、僕の生活は落ち着き始めている。予定していた通りサファリゾーンにでも繰り出してみたい。ケーシィと初めて一緒に行った居酒屋にも顔を出し、またあのおばあさんとお話ししたい。あそこに通っていれば、カツラさんともいずれきちんとお話出来る機会があるだろう。ケーシィが本当にテレポートを使えるようになったのか、それも確認したかった。
「ケーシィは、何がしたい?」
その日は、僕の怪我が完治してから初めて綾子と二人で入ったバイトだった。
一足先に上がり、一階のエントランスで綾子を待っている間、次の休みには何をしようかと考えていると、いくらでも時間を潰せる。
僕の言葉に鳴き声で返答し、肩車されたケーシィが僕の上でゆらゆらしていた。ご機嫌だ。またゆっくり考えるとしよう。
「お待たせ」
綾子がエレベーターから降りてきて、僕等は帰路についた。
もう尾行をする事もない。ケーシィを堂々と肩車して、夜のタマムシを歩ける。随分と開放的な気分だ。
相変わらず、僕等の間には会話が少ない。他愛のない会話をちらほらとして、煌びやかなタマムシを歩き続ける。
僕と綾子は何も変わっていないように思えるが、そんなはずはない。僕はあの場所で聞いた話を忘れていないし、綾子だって話した事は覚えているはず。
もう死ぬもんだと思って話したのに、生きて帰れてしまったものだから、なんとなく互いに触れ辛くて、曖昧なままでここまで来た。
変わるものは変わり、色々落ち着いた中で、僕等だけが曖昧なままだった。
「綾子。この前の話なんだけどさ」
怪我も完治し、全てが落ち着いた今こそ話をする時かと僕は思う。
「私は、もう言いたい事は言い切った。あれ以上話す事はないよ」
「今後はどうする? 僕みたいな奴と暮らしていくのは、綾子にとって辛いんじゃないかな」
「どうするか、私が決めていいの?」
「もちろん。僕は、贅沢を言える身分じゃない」
顔を上げ、綾子は考えるようにタマムシの空を見上げた。
「あなたの罰は、私と暮らして行く事。私の罰は、あなたと一緒に暮らして行く事」
「……なるほど。それは酷い罰だ」
ちらと見た綾子の横顔は、無表情で何を考えているか分からないものではなかった。どこか憑き物が落ちたように、スッキリとした顔をしている。
「今度、一緒にタマムシ公園へ行って。全てを悔いて、謝って。今後は私が貫太をしっかり監視していくから、もう二度としないと一緒に誓って」
「分かった。行かせて貰えるなら、僕もそうしたい」
ポケモンを燃やした事実は、一生消える事のない罪だ。僕はそれを絶対に忘れないし、綾子が隣にいる以上、一生悔いて生きて行く。
それが僕の罰だというのなら、もちろん受け入れようと思う。
僕は、ポケモンを燃やした。
それがどういう事なのか、理解させてくれた綾子とケーシィが隣にいるならば、少しだけ、まっとうな人間になれるのかもしれない。
頑張って。
そう声を掛けたかの様に鳴いたケーシィが、僕の頭をポンポンと叩いた。
【了】