【四十七】
綾子と今後の事を話した翌日、僕の頭はほとんど事件の事で一杯だった。
仕事を熟しつつ、店長や来店するポケモンに注意し、アパートへ帰れば綾子とその日の様子を共有する。
今日は標的となるかもしれないポケモンは、現れていない。明日も同じ作業を行い、現れたら尾行スタートだ。
まだ一日目なのに、こんな事いつまで続けるんだろうと思ってしまう。早く終わりたい。店長もさっさと潔白を証明して、綾子を満足させてもらいたいものだ。
直接聞いてしまえばいいのに、とやりもしない事を考える。本当に犯人だったら、僕等が危険だ。気長にやれる事でもないが、焦って突っ込みすぎるのもリスクだと思う。なるべく落ち着いて、バレないよう注意を払って熟さなければ。
明日は僕がバイトで、綾子は休み。今日と同じように、来店したポケモンをチェックし、綾子から貰っているメモと照らし合わせる。既にメモされているポケモンは頭に叩き込んだから、すぐに分かるはずだ。
実際、いつまで続けるのだろう。どこまでやっても、尾行しているだけでは店長の身の潔白の証明は難しいと思っている。尾行に気付かれて犯行を止めていただけなのだとしたら、僕等の行為は無駄だ。家に入っていくのを見届けてその日の尾行が終わりなのだとしても、その後に犯行が行われればそれも無駄。
唯一、僕等が尾行している間に犯行が行われれば身の潔白の証明にはなるかもしれない。
犯行時刻は、カツラさんに聞いたら教えてもらえるだろうか。
ただそれも、一人で犯行を行っている場合の話。だが、単独犯の可能性はニュースでもよく示唆されていた。ポケモンをひたすら燃やす、という行為にメリットはない。複数人で共有出来るメリットがあるとは到底思えないため、単独犯の可能性が高いとテレビに出ていた専門家が言っていた。
無差別に狙われているというのも、理由の一つらしい。
複数人の犯行というのは、あまり考えなくて良いのかもしれない。
「……眠れない」
こんな事ばかり考えていると、寝つきが悪くなる。隣で横になっている綾子は既に眠っていた。半分以上は綾子が心配で付き合っている面が強いから、続けるのは僕の方がしんどいかもしれない。
出来れば早めに結果が欲しいが、最近新しい事件のニュースは流れていなかった。次の犯行がないに越した事はない。このまま新しい被害ポケモンが出る事なく真犯人が捕まれば万々歳。だとすると僕達は捕まるまで続ける事になる。
それは、勘弁して欲しい。
翌日、綾子がいないため僕は昨日より店長に注意し、来店するポケモンに目を配った。
店に来る全ての人がポケモンを出して飲んでいる訳じゃないので、考えるよりは大変な作業ではない。
「貫太、何をそんなにキョロキョロしてんだ? 何かあるのか?」
「い、いえ、注文をされたいお客様を見落とさないようにしているだけですよ」
店を見渡せるところに立っていると、店長が僕の様子に気付いて話しかけて来た。いつもより不自然に店を見回しているのが分かったのだ。何故そうしているのか気付かれる事はないと思うが、自然な振る舞いも意識していかなければならないとなると大変だ。僕にそんな事出来るだろうか。
「仕事熱心なのはよろしい」
僕の言葉で納得したのか、店長は離れて行った。
お客さんからの声にすぐ反応し、僕は注文を取りに行く。キョロキョロしているのは仕事をきちんとしているからですよ、とアピールになれば良いが。
「あの、ここってポケモンを出しても良いんですよね?」
「はい、大丈夫ですよ」
四人席に座った男女一組は、互いにモンスターボールを取り出し、自分の隣でそれを開いた。男性が開いたボールから出て来たのは、ワニノコ。過去、水タイプのポケモンが暴れて水鉄砲をぶちまけた事があり、その日は大惨事だった。他の客は濡らしてしまうし、床もびちょびちょ。丁度その後処理を僕がやったのだ。幸い濡らされたお客さんは寛大な方で、ポケモンがいる居酒屋だからね、と笑っていた。やらかしたポケモンのトレーナーと一緒に床を拭いたのはよく記憶に残っていた。
もう片方の女性が開いたボールから出てきたのは――。
「オタチ……」
僕の口から洩れた呟きは、お客さんには聞こえていなかった。それで注文なんですが、と矢継ぎ早に口にするメニューのメモを、少しだけ遅れて取った。
にっこり笑顔を貼り付け、少々お待ち下さいと伝え、その場を離れる。メモをちぎって厨房にオーダーを入れ、再びホールへ。
あのオタチがいる席と、店長の両方が見える位置へ陣取った。カウンター席の中の店長からは、店がだいたい見渡せる。オタチの姿も確認出来ているはず。
これからだ。この後から本当に尾行をしなきゃいけない。
打合せ通り、店が少し落ち着いてきた頃こっそり綾子に連絡を入れた。店長が店を出る頃には、とっくに近くで待機しているだろう。
まずは僕自身がおかしな素振りを見せないようにしなければいけない。
辺りを見回しているだけで、店長に不審がられて話しかけられてしまうのだ。僕がそわそわしている様子なんて、すぐ伝わってしまう気がする。僕からすれば店長に変化は見られないし、綾子程疑いが強くないのだが、現場を押さえてしまった時の事を考えると気が気でない。
恐らく何も隠せていないまま時間は刻々と過ぎていき、気付けば閉店まで三十分。ラストオーダーを終え、僕は会計を行うためにレジへ入った。
今日も色んなお客さんが気分良さそうに帰って行く。ポケモンを連れ、盛り上がったまま二件目、三件目に行く人だっているだろう。僕はおいしかったよ、と言われるより、楽しかったよ、って言ってくれる方が嬉しかった。
「ポケモンと一緒に食事が出来て、お酒も飲めるってやっぱりいいですね。賑やかだし、面白かったです」
オタチとワニノコを持っていた男女がレジの前に立ち、ほろ酔い顔でそう言った。オタチは女性に抱かれ、ワニノコは男性の肩に乗っている。ポケモン達もご機嫌なのが見て分かる。面白がってくれて、嬉しい限り。
二人はたまにタマムシへ買い物へ来るようで、今日はポケモンと一緒に賑やかに飲んだり食べたりしたいと思い、うちを選んでくれたらしい。
また来ますね、と二人は去って行く。
あんなに楽しんで貰えているのに、後日自分のポケモンと同種のポケモンが燃やされて殺害されていたら、どう思うだろうか。
そもそもこの事件、うちにとっては営業妨害でしかない。防犯対策をテレビでもネットでも促しているから、ポケモンの分の食事やドリンクの注文が減れば、売り上げは落ちるのだ。店長がそんな事をするとはとても思えないのだが、ポケモンを燃やすという行為にメリットデメリットで考えてはいけない。
僕も尾行を決めた以上は、ある程度店長が犯人だと決めてかかって動かないと駄目だ。中途半端は良くない。
会計も全て終わり、閉店作業をしている間も僕は店長に注意を配る。オタチに向けられていたかもしれない、綾子の言っていた視線は結局感じられなかった。
僕にはただ、店長が自分の店で楽しんでいるポケモンやトレーナー達の姿を微笑ましく見守っているだけに思える。
これだって僕の色眼鏡だと言われたら、そうなのかもしれない。本当に綾子の言うような視線を向けているのだとして、僕がただそれに気付けていない可能性だって十分にあり得る。
気を引き締めなければ。中途半端は良くないと思ったばかりなのに、どうしても店長を見るとそんな馬鹿なと思ってしまう自分がいる。
やるからには出来る限りやらなければいけない。分かってはいるのだが……。
「貫太! 明日団体の予約が入ってるから、準備だけしといてくれ!」
「分かりました!」
明日は金曜日。今日よりも更に忙しいだろう。尾行の事ばかり考えて仕事に支障をきたすのも良くない。こっちはこっちで、頑張らなければ。