僕は、ポケモンを燃やした
【四十四】
 テレポートが出来ない原因は良く分かった。もう今更あの人達を咎めようとも思わない。今後一切関わりを持たなければ大丈夫だ。
 彼等の事よりも、今回は原因が分かった事が大きな収穫だと思う。これできっと対策を立てやすくなる。バトル場でのテレポートの出来る同種族探しも結局見つからず仕舞いだし、やれる事はきっと多い。突破口が見えた気がして、いくらか気分は軽かった。
 今までは、色々試せばいつかどうにかなるかもしれない、というあまりにも先が見えない状況だった。気にしすぎても駄目だと、長い目で見てどうにかなればいいなと考え始めていたので、一歩踏み出せた事は大きい。
 当のケーシィはテレポートが出来なくとも特に気にはしてなさそうなのだが、これが成長にどういう影響を与えるのか分からない。そう考えれば、使えるようにしてあげたい。
 時間はかけられる。一つ一つ試して行こう。僕は、ケーシィとこれからも一緒に居られるのだ。 
 テレポートの件を考えてはいたものの、頭の中の大半を占めているのはその事だった。僕にとってはそれが一番大事で、何よりも嬉しい。
 嬉しさのあまり、悟君達と別れた後ケーシィとタマムシデパートへ寄る事にした。安全のためでもあるのだが、購入したボールの中にケーシィが入ってくれると思うと、楽しくて堪らない。
 買い物がこんなに楽しいと思うのは初めてだ。子どもの時、父にゲームを買ってもらうためにタマムシデパートへ来た時の事を思い出した。父はお金を払っているだけなのに、喜ぶ僕を見て喜んだ。その気持ちが理屈ではなく感覚で理解出来た気がした。
「なあケーシィ、どれが良い?」
 タマムシデパートのボールコーナーへ行くのは、ケーシィと初めてここに来た時以来。
 ガラスのショーケースに並んだボールが全部宝石みたいで、玉石混淆ではない全てが素晴らしいものに見える。安いのに性能が良いとか、高い割にはあまりよくないとか、色々あるのだろう。そもそもポケモンをゲットする性能は今回必要ないので、多少高くてもビジュアルで決めようと思う。
 ケーシィを肩から下し、胸に抱きながら一緒に選んでいるが、目移りして中々決められない。格好いいボールもいいが、シンプルなのも捨てがたい。
 ケーシィはどれでもいいのかあまり興味無さそうだったが、何かが目についたのか突然身を乗り出して指を指す。希望のボールがあるならそれが良い。
「え、それでいいの?」
 そこにあるのはなんの捻りもない、一番安物、赤と白のモンスターボール。
 それじゃあ前と一緒じゃないかと思い、何となく僕が良さそうだと思ったボールを指指し、これは? これは? とあれこれ聞いてみても、ケーシィが指刺すのはモンスターボールだけ。
 これが良いなら値段も安いし助かるのだが、なんて金のかからないやつ。
「すいません、モンスターボールを一つ下さい」
 店員さんに声を掛け、一つ購入。どうせならもっとキラキラしたやつとか、黒くてかっこいいやつにすれば良いのに。
「それでは、トレーナーカードの提示をお願いします」
 そういえばそうだった。ただの身分証になっていたカードを財布から取り出し、定員さんに渡す。
 一分程で手続きは終わったのか、袋詰めされたボールと一緒にトレーナーカードが返ってきた。同じ赤と白のモンスターボールなのに、前に持っていたモンスターボールとは違う。僕が初めて自分自身で使うボールだ。ゲームコーナーの交換所で、初めて手に取った時とは感覚が違った。
 僕の個人情報が書き込まれたボールに、ケーシィが入る。これからもケーシィと一緒に居られる事が嬉しい。それと同時に、本当の意味で自分のポケモンを持つ事になったんだと実感出来る。
 今まで通りだけど、妙に緊張する。手続き上の問題だけじゃないかと思っていたが、儀式のようなその手続きが、繋がりを強くしている様な気がした。
 こんな事を気にしているのは人間だけなのだ。ケーシィは前と同じボールの方が安心するからモンスターボールを選んだに違いない。
 モンスターボールはただの道具。人間社会でケーシィが生きて行くために、持っていると便利な物という程度。本当はそれくらいで良いと思う。だが、この儀式の大切さも理解出来た。トレーナーとポケモンという関係性が、今確かに出来ている感覚がある。トレーナーとしての自覚を持つための儀式だと思うと、納得出来た。
  
 アパートに帰ると、綾子が玄関まで出て来て迎えてくれた。僕の頭の上にケーシィがいるのを見て、少しだけ笑って「良かったね」と呟くと、部屋へ戻って行く。「うん」とだけ僕は返し、後を追いかけた。
 ただ帰って来ただけなのに、初めてケーシィを招いたみたいだ。
 丸机の上に袋から出したモンスターボールを置き、僕はその前に胡坐を掻いて座る。ケーシィは頭から下りると、僕の足の上に乗って寛ぎ始めた。初めてでもなんでもない、引き取って来た時から、ケーシィの家はここなのだ。
「それで、どうだったの?」
「ああ、うん。色々あったよ」
 経緯を全て説明する間、ベッドに腰掛けた綾子は黙って僕の話を聞き、時折頷いて相槌を打ってくれる。
 全てを聞き終え「なるほどねえ」と僕とケーシィを交互に見てから、綾子は言った。
「貫太は、ケーシィみたいだね」
 どういう事? と聞くと、ガーディのために無謀にも突っ込んで行ったケーシィのように、悟君の父親のところに何の準備もせず乗り込んで行こうとするところが似ている、と綾子は言う。
 その通りだ。悟君の父親に、じゃあ返して貰おうと言われていたら、僕はどう言い返す気だったんだ? あなた達はケーシィに酷い事をするので渡せませんと言ったって、手続き上ケーシィのおやは僕ではなかった。「酷い事」の証拠もなければ、言い返す論理だって碌に持っていない。
「でも、ケーシィと貫太のそういうところは、嫌いじゃないよ」
 綾子は僕の足の上で寛ぐケーシィを抱き上げ、自分の足の上に乗せた。抵抗はない。どこにいても、居心地良さそうにケーシィは力を抜いている。
「ありがと」
 僕が言うと、ケーシィも小さく鳴いた。
「それで、モンスターボールを買って来たんだ」
「そう。新しいやつ。僕、初めてだよ。自分でボールを買ったの」
 丸机の上には、新品のモンスターボールが乗っている。
 よくあるお涙頂戴のドラマでは、小さい頃にポケモンと生き別れになった女性が、大人になってから別れたポケモンと再び出会い、ずっと空だったモンスターボールに入って行く、なんていう展開はお決まりだ。こんな狭い部屋の中でケーシィをボールに入れるのでは格好つかないかなとも思う。
「貫太がモンスターボールを買ってくるなんて、信じられない」
「僕もだよ。まさかこんな日が来るなんてね」
「嬉しそうな顔しちゃって」
「そういう顔してる?」
「誰が見てもね」
 公園でも行ってみようか。どこか広いところで投げたボールにケーシィが入って行く。いい絵じゃないか。
「ケーシィ、どうしたい?」
 僕の言葉に適当な返事をしただけで、碌な反応せずだらだらしているだけ。新しいボールだという事は分かっているのだろうか。新品のボールに入るという意味を、理解は難しくとも感じ取ってくれていると嬉しいのだが。
「あっ」
綾子が声を上げる。ケーシィが机の上のモンスターボールに手を伸ばし、それを手に取った。あちこち触って、スイッチに触れたのかボールは手のひら大に大きくなる。
 それを上に放り、キャッチされることなく頭にコツンと当たると、ケーシィはモンスターボールの中へ。揺れる事なく、モンスターボールのランプは数回点滅してから、消えた。
「……入っちゃった」
 小さく呟いた綾子の手の中には、モンスターボールが収まっている。
「分かってるのかな。こんなんで、良いと思う?」
 綾子はさあ? と軽く小首を傾げる。
「もしかしたら、遊ぶつもりで触っただけだったりして」
「まさかあ」
 ボールを開いて外に出すと、距離を取って宙に浮かび両手を上げる。確かに遊んで欲しそうだ。
 いつものキャッチボールをご所望らしい。入っていたボールを軽く放れば、ケーシィはそれをキャッチする。
 楽しそうに、それを僕へ投げ返した。
「本当に、ただ遊ぶつもりだったのかな」
「いいんじゃない? 貫太もケーシィも何も変わらないんだし」
 そうだ。ボールを気にしているのは、僕だけ。ケーシィが僕と一緒にいる事を良しとしてくれたら、それだけで良いのだ。
 ケーシィは自然体でそこにいる。僕も気負い過ぎてはいけないのかもしれない。ケーシィと一緒にいるトレーナー。それだけ分かっていれば、きっと大丈夫なのだ。

早蕨 ( 2020/08/05(水) 21:18 )