僕は、ポケモンを燃やした
【四十】
 里中さんの言った通り、一個下のフロアに下りても構造は変わらなかった。バトル場を中心に、通路や店が取り囲んでいる。
 大小色々なポケモンを連れ歩いているトレーナーがおり、僕は少し怖かった。
 爽やかで話しやすい、理性的に見えていた里中さんだって、バトルの後はあんなに興奮していた。ポケモン達だって同じだろう。こんな風に、トレーナーがポケモンを出しっぱなしで歩いていたら、すぐに何か問題が起きそうなものだ。
「綾子、何探してるの?」
 キョロキョロしながら歩き続ける綾子の探しものは、僕には見当つかなかった。
「何って、エスパーポケモンを探しているに決まってるでしょ」
 言われてハっとした。そうか、ケーシィのために、テレポートを使えそうなポケモンを探してくれているのだ。
「カツラさんも言っていたでしょ。色々試していたら、いつの間にか出来るようになったって」
 だったら少しでも出来る事をやろうという事か。綾子がこんなにケーシィを想ってくれていて、僕は自分の事のように嬉しかった。
 むしろこんなこと、本当は僕から提案出来なくちゃだめだ。
「だからキョロキョロ見回していたのか」
「そう。貫太もちゃんと探して。出来たらケーシィかユンゲラーか、フーディンが良いと思う。同じ種族だと、何か通ずるものがあるかもしれないし」
 よしきた、と首を振り、身体を回し、バトル場を歩き続けていると、不規則な揺れが気になったのかケーシィが目を覚ました。
 ふわあ、と欠伸をする顔が愛くるしい。「おはよう」と声をかけると、小さく鳴いて返事をし、よじ登って肩車の体勢。
 どうやら少しずつこの場所にも慣れてきたようだ。特に危害を加えられる事もないと判断出来たのだろう。タマムシデパートの屋上とは、また違った種類のポケモンを見る事が出来るので、色々なポケモンを目にし、少しでもケーシィの刺激になれば良い。
「綾子。ちょっと考えたんだけど」
「なに?」
「もし色々やって駄目だったら、もう一匹ポケモンがいてもいいなあって思うんだけど、どうかな」
 綾子は、バトル場の通路で足を止める。
「どういう事?」
 僕も足を止め、二人で壁に寄り掛かった。視線の先では、ポケモンバトルが行われている。
「ケーシィに、もっと心を許せる友達を作ってあげたいんだ。デパートの屋上で、ガーディと仲良くなったって話したでしょ? あんな風に遊べる相手が、他にもいたらいいなって。もちろん、ケーシィとその新しいポケモン次第なんだけど」
「またゲームコーナー?」
「いや、今度はちゃんと捕まえに行こうと思ってて」
 綾子はちらとケーシィを見やった。
「バトル出来るの?」
「今のケーシィには、難しいと思う。僕もそういう気はないし。でも、綾子が一緒なら出来るかもしれないかなって。ポケモンをレンタルしてさ、一緒にやってくれると嬉しいんだけど」
 そこまで連れ出せれば、綾子もポケモンとの距離をもっと縮められる。どうせ一緒に住んでいるんだから、一緒に育てる事になるのだ。
 最近、僕がバイトで綾子が休みの時は、ケーシィをおいて行く時だってある。ケーシィも凄く懐いているし、関係は良好だ。何があるのかは知らないが、ポケモンが好きなら好きと言って良いはずなんだ。
 僕だって、まだケーシィを正面から可愛がることに正直違和感がある。それでも、理由はどうあれ引き取ってきた責任と、向き合って育てていく責任はあるはずだ。
 燃やした事実とは、別の問題。
「育てられるの? ケーシィだけでも一杯一杯に見えるけど」
「頑張るよ。それに、綾子もいるしね」
「甘えないで」
 言うと思った。
「じゃあ、だめ?」
「育てるのは貫太だからね」
「わかった」
 それでもいい。一緒に捕まえて、一緒に住んでいれば、それはもう綾子のポケモンでもある。
 また今度、出掛ける予定を立てるとしよう。ポケモンを捕まえに、サファリゾーンまで一緒に行くっていうのもありだ。ケーシィと初めての遠出。綾子も一緒なら、それは楽しみだ。
 色々想像しつつ、視界の先でやっているバトルを眺めた。毎日もの凄い人数がここにやってきて、ポケモンを戦わせている。僕には接点のない世界だから、遊園地に来た時の気分とあまり変わらない。バトルというアトラクションを楽しむ感覚だった。
 こんなに色んなポケモンが見られると、色々知りたくなって来る。勉強をするには遅すぎる気がするが、ケーシィと一緒にいる以上たくさんの知識があっても困らないだろう。
 学生時代もっとちゃんと勉強しておけばよかったなあ、なんて。
「虫が良いって言われちゃうかな」
「え?」
 つい口をついてしまった。綾子の疑問に、僕はなんでもない、とだけ返した。
 最近、夢に出る。
 この前、キャタピーの焼死体を見た後からだ。
 黒こげの死体が、僕に話しかけてくるのだ。どんな顔してケーシィと付き合ってるんだ? 何で私は燃やしておいて、ケーシィは可愛がるんだ? 
 僕にまともな回答なんてなく、ただ黙って俯いていた。朝起きると汗をかいていて、妙に寝覚めの悪い日々が続いている。
 どうすれば許してもらえるんだろう。どこに答えがあるんだろう。ヒントもなく、黒く靄のかかった答えが僕の目の前には浮かんでいた。
「あ、まずい」
 隣で綾子がぽつりと呟く。
 目の前では、バトルが佳境に入っている。ガーディと対面するサイホーンが、弱ったガーディに迫っていた。
 あれ? 
「あの人……」
 ぼんやり見ていただけで気づかなかったが、背中を向けてバトル上に立っている姿になんとなく見覚えがあった。
 プリーツスカートに茶髪のボブカット。それにあのガーディとくると、沙穂さん、かもしれない。
 こんなところでバトルとかするんだなあ。あのガーディ、元気余りすぎて暴れさせないと大変だろうしな、と考えていると、頭の上のケーシィが暴れ出した。
 突然離れようとするので、落ちるかと思い身体を掴んで抱き寄せた。
「どうしたケーシィ。危ないじゃないか」
 キィ! と聞いた事のない珍しい声を上げたかと思えば、渾身の力で暴れ、僕の元から逃れようとする。
 離しても良いものか悩んでいるうちに、感じたことのない力で、手から離れて行ってしまった。無理矢理抑え付けるなんて無理だった。
 どこへ行くのかと思えば、ケーシィはそのまま前にすっ飛んで行き、おそらくポケモンの攻撃にも耐えうるであるろう強化ガラスに頭から突っ込んだ。
「ケーシィ!」
 慌てて追いかけ捕まえようとするも、僕の事なんて最早見えていない。バトル場に入れないと分かれば、痛みも気にせずふわりと浮かび上がり、キョロキョロ辺りを見回した。
 テレポートが出来ればきっと瞬時に中へ入れるのだが、咄嗟の状態でも使う様子はない。
 手の届かない所まで浮かび上がってしまい、もう見守る事しか出来ない。ケーシィこっち! こっちだよ! と手を伸ばしても、ただキョロキョロするだけ。
 扉を見つけたのだろう。ケーシィはすぐに飛んでいき、器用に取っ手を下してドアを押し開いた。
 思わず僕もついて行く。何かあっては大変だ。
 バトル場の中は、外から見るよりも広い気がした。
 入ってすぐ目に入ったのは、サイホーンがガーディを角で突き上げ、放り投げた瞬間だった。ポカんと口を開け、放物線を描いて飛んでいくガーディを目が追った。
 ドサりと地面に叩きつけられ、動かなくなるまで、視線を外せなかった。
「ガーディ!」
 ボックスにいる女性が叫んだ。やはり沙穂さんだった。バトル終了。どう見てもそうだ。
 だが、サイホーンは前足でバトル上の地面を削り、もう一度突進の構え。それ以上やったらまずい! 僕でさえ、そう思った。
「早く! モンスターボールに!」
 思わず叫んでしまう。ハっとした沙穂さんは、慌ててボールを掴んだ。今戻せば間に合う。ガーディの方に視線を移すと、倒れた友達の前に、庇うように両手を広げたケーシィの姿が。
 いつの間に!
「ば、ばっかやろう!」
 叫ぶと同時に身体が動いた。
 あんな鍛えてもいない小さい身体でサイホーンに突進されたら、それこそ死んでしまう。目の前に再び敵が現れた事に興奮したのか、サイホーンが雄叫びを上げた。
 無我夢中で駆ける。地面を蹴った姿が映った。追いつき間に入って、ガーディを庇うケーシィを抱きしめ、僕は蹲る。
 目を閉じ、ぐっと歯を食いしばった。それだけで耐えられるわけない。無事じゃ済まない。
 でも、ケーシィやガーディを守れるならそれで良い。誰かのために、瞬間的に身体が動く人間だとは思わなかった。僕は少しだけまともな人間になれたのかもしれない。それなら、それで、もう……。
 しばらく待っても何も起こらない。
 助かったのだろうか。おそるおそる身体を起こせば、バトル場にはケーシィと僕しかいなかった。
 沙穂さんも、相手のトレーナーも間に合ったのだ。互いに自分のポケモンをボールへ戻し、飛び出したケーシィと、それを庇おうとした僕だけが残されている。
「あ、あれ、貫太君?」
 沙穂さんが僕に気付く。
「すいません! 大丈夫ですか!」
 きちんと僕達を心配してくれる、相手のお兄さんトレーナー。
「貫太!」
 入口のドアで、綾子が声を上げていた。
 観客からの視線も集めてしまっている。
 ケーシィは、無事胸の中。良かった。
 お邪魔してすいません。身を小さくして、僕はその場をそそくさと後にした。

早蕨 ( 2020/07/31(金) 22:43 )