僕は、ポケモンを燃やした
【三十六】
 あの事件の日から、綾子はしばらく落ち込んだ様子が続いていた。外にいる時やバイトをしている時には見せないが、家にいる時はどうも元気がない。一見普段と変わらないが、ぼうっとしたり、思い悩んだように考え込む事が増えた。
 あれから出掛けていないから、外で店長と会っている様子はない。店でも今まで通りの態度に努めようとしているのは僕でも分かった。
 綾子なりに店長を探り、少しでも犯行が止まればという気でいたらしいが、あれを見てしまった今ではもう怖くて仕方がないのだろう。事件に固執している様子を見れば、無理をしてでも店長と会おうとするのかと思っていたから、僕としては心配が少なくて良い。綾子が何かに巻き込まれるのはごめんだ。
 だが、バイト以外家にずっと籠りっぱなしもきっと良くない。そう思い何度か声は掛けているのだが、綾子は頑なに一緒に外へ出ようとしない。膝を抱えて、壁に寄りかかったまま何かを考え込むように動かないのだ。
 困ったなあ、と何か連れ出す良い方法はないかと考えていると、里中さんから携帯へ連絡が入った。
 バトル場へ一緒に行かないかい? とのお誘いである。僕の言葉を社交辞令として受け止め、実現はしないかなと思っていたところだった。
 これだ! と一瞬思ったが、あの事件で落ち込んでいるなら、たくさんのポケモンがいるところに行くのはどうなんだろう。バイト先にもポケモン達はいるし、特に問題はないだろうか。
 元気なポケモン相手には、いつも通りの愛想を見せている事を考えれば、行けるのかもしれない。
 駄目なら断られるだろう。
「なあ、綾子」
 部屋の壁に背を付けてぼうっとする綾子に、僕は話しかけた。
「何?」
「この前里中さんと話した時、バトルを見せてもらうって話をしたじゃない?」
「うん」
「来週、里中さんからそのお誘いが来てるんだけど、一緒にどう?」
 そういえば、興味ないって言っていた気もする。
 駄目かなあ、と半ば決めつけながら話していると、「いいよ。行く」
 二つ返事である。
「あ、行く?」
「何それ。私は行っちゃだめ? 断ると思って誘ったの?」
「いやいや、そうじゃない。興味があるなら行こう」
 こくんと綾子は頷き、その黒髪を揺らした。
 そうと決まれば楽しみになってきた。里中さんがゴーストを持っているのは知っているが、他にはどんなポケモンを持っているのだろう。
 どんなバトルをするのだろう。
 ふと、似たような感覚を思い出した。
 店長や里中さんと、ケーシィの話をしていた時の事だ。ポケモン関係の話に入って行ける喜び。小さい頃からどこかで憧れていたのだと気付いて、その輪に入れた喜びだ。
 今回も同じ。友達とバトルをしたり見たり、なんていうのは僕にとっては最も縁遠い話だった。
 誰とでも良い訳ではない。ケーシィや綾子と一緒にバトル場へ行けるからこその喜びが、僕の中に沸き立ち、昔感じた疎外感が、今やっと晴れて行くような、そんな感覚を覚えた。

早蕨 ( 2020/07/26(日) 21:09 )