【三十五】
家に帰ると綾子はすぐにベッドへ転がり、死んだように動かなくなった。
確かに刺激の強い光景だっただろう。ポケモンの焼死体だ。それは分かるが、綾子があそこまで取り乱す姿が少し不思議だった。
グロテスクな映像や作品も特に気にせず視聴していたし、耐性がない訳ではない。
綾子は、今回の事件にかなり固執しているように思えた。状況的には疑いたくなるのかもしれないが、あの情報だけで店長が犯人かもしれないとあそこまで思えるのは、何か他に理由があるのかもしれない。
初めて綾子とあの事件の話をした時、もの凄い不快感を示していた。
レストラン「架け橋」で綾子が突然立ち上がって店を出ていったのも、里中さんと事件の話をしている時だ。
固執する何かがある。
今回、自分の鞄バッグからモンスターボールが出て来た事から、綾子は更に強く店長を疑うだろう。
あの状態ならば、それも無理はない気がする。
そもそも、何故綾子のバッグの中にあのモンスターボールが入っていたのか。
あのボールを仕込んだ疑わしい人物は、僕も含む店の人間だ。
状況から見ても店長が怪しいとは言えなくもない。
店長は、自分の扱いの酷さから、ポケモンを一匹亡くしているという。その事実は、ああいう事件を起こしかねないという危うさを秘めているという事だろう。
まさか店長が、と思ってしまうが、店長が自分のポケモンに対してそういう態度を取っていたという事実だって、僕にとってはまさか、だ。
人間何をやらかすかなんて分からない。
僕が良い例だ。
店長が本当に犯人ならば、僕だってそれを止めたいし、なんとかしたい。
少しでも助けになればと思い、本当はカツラさんに渡そうと思っていた綾子が持っていた情報は、警察に渡してきた。警察やカツラさんがもし本当に店長を疑って捜査に来ていたのだとしたら、とっくに掴んでいる情報だろう。
時間の問題とは言っていたが、もう、一匹も被害ポケモンが出て欲しくない。
実際、ここ最近は次の被害ポケモンが出ていなかったのだ。犯人が警戒して犯行を止めていたのだとしたら、カツラさんの件を含めて考えれば、ますます店長を疑いたくもなる。
「……僕らがやる事じゃないよなあ」
テーブル前に胡坐を掻き、片肘ついて色々考えてはいたが、何にしろこれは僕等の仕事ではない。
首を突っ込んで警察の迷惑になるのも駄目だ。
綾子の様子だけ気にして、静かに警戒しつつ事件が解決するのを待つのが一番。
「お、なんだケーシィ。遊びたいのか」
帰って来てから寝床に足を伸ばして座っていたケーシィだったが、ぼんやりするのも飽きたのか、もぞもぞと這って足の上によじ登って来た。
最近はこうやって、遠慮せずに甘えてくれる。最初にこの部屋で会った時と比べると、随分進歩した。あのガーディとも仲良くやれているようだったし、変わりつつあるのが目で見て分かるようになった。こうやって平穏な生活を続けていれば、ケーシィはテレポートを使えるようになるだろうか。
「ごめんなケーシィ。色々あって疲れててさ。少しでも眠らなきゃいけないんだ」
鳴き声を一つあげて、ケーシィは足の中で丸くなった。大人しく言う事を聞いてくれるのは嬉しいのだが、そこで寝られても困る。でも、僕をクッションにして気持ちよさそうに寛いでいる姿を見ていると、動く気にならない。
寝入るまで待つとしよう。
疲れてはいるが、今の僕はそれくらい待てる。