【三十四】
目の前の事実を放っておく事はできず、僕はすぐに警察へ連絡した。
程なくしてジュンサーさんは駆け付け、続いてやってきたポケモンセンターの救急隊員が死体となったキャタピーをボールに戻して搬送する。
モンスターボールの中に入ってしまえば、死体はそこにない。何もなかったかのように、小さなボールに収まった。僕の脳裏には、死体が焼き付いて離れない。
閑静な住宅街が途端に騒がしくなった。回る赤橙が当たりを照らし、普段あまり会う機会のない人達が集まっている。
僕達はそのまま警察署へと同行し、事情を話す運びとなった。
ここまで、僕はほとんど部外者のような感覚でいた。現実離れした事実を前に、淡々と物事を進める事しか出来ない。蹲り泣きじゃくる綾子を宥めつつ、警察の方と綾子の間を取り持った。
僕たちが犯人だと疑われるかと心配したが、どうやらそんな様子でもない。何しろ僕はバトルの出来ないケーシィしか持っていないし、綾子に至ってはポケモンを持っていない。
人間だけの犯行とは思えなかったが、協力させられているポケモンがいるのは、どうやら間違いないらしい。
僕等がひたすら細かく聞かれたのは、最近の動向について。
綾子はバイト先とうちを行き来する以外にも外出しているが、僕には細かい事は分からない。
しかし、期せずして綾子が普段出かける時にどんな事をしてどこへ行っているのか知る事となった。
好きなバンドのライブや、友人との食事や飲み会、買い物に行っていたとの事で、日時や時間、場所等、事細かに警察の方にゆっくりと綾子は説明した。
僕よりよっぽどアクティブだ。
全て説明し切って解放されたのは、もう朝方だった。
「今度こそ、帰ろう」
警察署の自動ドアを出てタクシーを待っている間、綾子を心配しいろいろ声を掛けるが、返って来るのは空返事のみ。
かなり憔悴している。とても話が出来る雰囲気ではない。少しでも早く眠らせてやりたい。
タマムシは一日中タクシーが走っているため、すぐにやってくる。自宅の住所だけ伝えると、無愛想な運転手が車を発進させた。
車内ではやっぱり無言だったが、それはこの浮世離れした状況にお互い疲弊しているためだ。朝方になってようやく落ち着いたタマムシの景色が、少しだけ心を落ち着かせてくれた。
景色を眺めていても、ちらつくのは死体の記憶。生き物が完全に息絶えて、その形や色等、全てを奪われた姿は、酷く惨い。そのポケモンがキャタピーであるという事を全て奪われたかのようで、何もかも否定され、蹂躙されている。存在の否定だと思った。
再度あの姿を目にし、いかに非道な行いかよく分かった。ポケモンにそこまで馴染みのない僕でも、嫌悪くらいは覚える。
ケーシィが同じ目に会ったら、僕はどうなるだろう。
思い切り取り乱せるだろうか。取り乱せなかったら、僕はそこまでケーシィを好きではないという事なのだろうか。
傍にいる生き物が死ぬという事実に、僕は鈍感だった。経験がなかった。
加害の経験しか、持っていないのだ。
それは自分の中でひどく濁った、棘のあるコンプレックスになりつつあるのを感じた。
綾子に対する気持ちと、ケーシィに対する気持ちは確かに違う。だけども、僕はケーシィだって大切に思っている。
自分がどういう人間なのか、よく分からなくなってくる。
生き物と付き合っていくことは、こんなにも難しい。