【三十二】
「まず貫太。お前なあ、いくら気になるからってあんなところで張るな」
唐突に突き付けられた自分の恥ずかしい行いに赤面。とてもじゃないけど顔を上げられなかった。
「それから綾子。お前もお前だ。俺にいつまでも恋愛相談なんかすんな。だからこんなややこしい事になるんだよ」
隣には、どんどん肩をすぼめて小さくなる綾子がそこに。黒髪が邪魔して横顔はよく見えなかった。
「いいか。好き同士なら告白しろ。そして付き合え。やる事やるならやっちまえ。以上!」
ふん、と鼻を鳴らして、店長は最近の若い奴はまどろっこしい事この上ない、と文句を垂らしている。
「あ、あの、一体どういう事ですか?」
「綾子はなあ、お前との事をどうすれば良いのか相談に来ていたんだ」
「は、はあ……えっと、それって」
予想もしなかった事態にまだ困惑しているが、綾子は僕とのこのふわふわとした中途半端な関係をやめて、きちんと決めるつもりだったという事か。だとするとこの前の光景は何だったのだろう。
「綾子を張ってどうする気だったんだ? つける気だったのか?」
「い、いえ……その、まあ、そんなところです。あの、この前僕が自販機の脇に居たの気付いていたんですね」
穴があったら入りたい。また段々と恥ずかしさが込み上げて来て、鼻息荒い店長の顔を見られなかった。
「お前があんな事するから、綾子からの相談も増えたんだぞ。どうすればいい? ってそんなの自分で考えろ。まったく本当に、姪じゃなかったら追い返しているところだ」
「姪? 今、姪って言いました?」
恥ずかしさも忘れて、僕は耳に入った単語に反応する。
「そうだ。言ってなかったからな。こいつは姪だ」
店長が僕に対してそう宣言する姿に、なんだそっかあ、と今まで心配してきた事が全てふっとんだ感覚で、随分と身体が軽くなった気がした。我ながら現金なやつだと思う。
二人の仲良さそうな光景がすべて腑に落ちた。関係性を表にしたくなくて、普段は敬語なのだろう。
「だが分かんねえ、貫太を今日いきなり連れてきたのはどうしてだ?」
店長の言葉に、綾子は俯きつつ声を絞り出した。
「だって、今日はやたらと押して来るから。どうしていいかわかんなくて、連れて来ちゃった」
店長がつく再びの溜息と、なんてかわいい、と思ってつく僕の溜息はまったく別物。思い切って良かった。
「いじらしいじゃないかまったく。貫太。お前ちゃんとしろよ。泣かせたらクビだ」
「ええ! そりゃないですよ!」
「嫌なら泣かせるな。いいな」
店長はそれだけ言うと、今日は帰るからな、と言って去って行った。ガタイの良い、広い背中が闇の中に消えていく。
見えなくなるまでその背中を視線で追った後は、残された僕等の間に、気まずい空気が流れる。
ああ、何を言えばいいんだ。
綾子の方を見る事も出来ずに、僕はただ、風で騒めく雑木林を眺め、次の言葉を悩み続けた。