【三十一】
どこに行くのかは聞かなかった。一緒に連れていって貰えるだけで嬉しい。それを許可するという事は、僕が思っているような、予想したような事ではないのかもしれない。
一人嬉しくなって、綾子の横を揚々と歩き続ける。
「何、そんなにやにやして、気持ち悪い」
「ごめん」
綾子との会話はそれだけだった。
おぞましい事件が起きていても、タマムシは変わらない。相変わらず賑やかで、煌びやか。色々な人達が行き交い、僕等はその雑踏に紛れる。
どこかの店に行くのか、例の友達に会いに行くのか、何しに行くのだろう。
いつものメインストリートを歩き続けても、綾子は一向に足を止めなかった。こんな時間に行くところなんてどこかのバーや飲み屋くらいのものだと思っていたが、どうやらそうではないらしい。
煌びやかな景色を背中に背負い始めた頃には、目の前の光景は暗く静寂が息づく。住宅街に入り、街灯が小さく道を照らす。丸く照らされた地面を頼りに進み続ける。
僕達は一言も喋らない。グラデーションのあるタマムシを無言で歩き続けていると、生きているのか死んでいるのか分からない、不思議な感覚に陥る。雑踏に紛れたはずなのに、僕達だけが街から浮いた存在あるかのように、二人で歩き続ける。
綾子と一緒ならそれでも良い。
そんな事をぼんやり考えていると、目の前には暗闇の中でも妖しく騒めく木々が現れる。
よく知っている場所。タマムシ公園。
こんなところまで歩いてきてしまった。確かにこの時間はバスも走っていないのだが、何故わざわざこんなところまで。
公園脇の歩道を歩いていき、このまま通り過ぎるのかと思えば、綾子は入口の柵を横切ってそのまま公園の中へ入って行く。
こんなところに用事があるとは思えない。それこそ、ポケモンを燃やす……とか。
そんなまさかね。
と、冗談にしてもあまりに不謹慎な事を思う。綾子が向かった先は、僕が初めてケーシィと公園に来た時に座った広場だった。螺旋状の滑り台を眺めつつ歩いた先の、鉄棒横のベンチの方向へ向かっていく。よく見なくても、公園の街灯に照らされたそこに誰かが座っているのが見える。男だ。
「お待たせ」
ベンチの前まで来て、僕はその姿に先日の光景を思い浮かべた。
座っているのは店長だった。
僕もお待たせしました、というのはおかしい。明らかな自分の邪魔者感を感じ、途端に居づらくなった。
「なんだ、今日は一緒なのか」
店長も僕が綾子と一緒に来た事に驚いている様子。今日は、という事は、やっぱり何度もこうして二人で会っているのだろう。
「今日は二人。駄目だった?」
「お前がいいならそれで良い」
僕が見た事ない綾子の話し方だった。店ではいつも敬語だ。知らない事が怖い。それがこんなにも不安にさせる。
「貫太」
ベンチに座った店長に呼びかけられ、僕はビクついてしまう。情けない限りだ。ここで強く行けないでどうするんだ、自分を鼓舞するが。どうしてもそんな偉そうな事出来ない。
「お前、綾子が何のために今日ここに来たのか知ってるのか?」
「……分かりません」
「綾子は綾子で何も話してないんだな」
問いかけられた綾子は何も反応せず、店長は溜息をついて額に手を当てた。
僕が思っていた様子とは違って、混乱してしまう。
「面倒臭い奴らだな本当にお前らは。何でそんなにじれったいんだ」
しゃんとしろしゃんと、と言うと、店長は僕と綾子をベンチへ座らせ、その前に腕を組んで仁王立ち。
「いい加減にしろよ。いつまでだらだら青臭い事やってんだ。自分に酔ってるのもその辺にしとけ」
呆れた顔で僕たちを叱る姿がそこに。
何がなんだか。綾子はただ、恥ずかしそうに隣で小さくなっていた。