【二十七】
やってはいけない事をやっている実感はあった。バレたら怒られるだろう。怖いという感覚より、恥ずかしいという感覚が強い。
タマムシの煌びやかな街の中、罪悪感と戦いながら歩き続けるのは辛かった。辛いのだが、足は止まらない。
ポケモンを燃やしている例の犯人も、こんな気持ちなのだろうかと思った。やってはいけない事だと分かっている。それでも止まれない何かがあるのかもしれない。
勝手知った街を緊張しながら歩いていると、いつもより距離を感じる。昼間綾子と別れた交差点まで辿り着き、迷わずバイト先の方向へ進む。
行ったから何が分かるというのだ。そもそも今日はまっすぐ家に戻ってくるかもしれないのだ。無計画にも程がある。それでもこうやって動いてしまう程、気になって仕方がなかった。
あのモンスターボールが、知らないモンスターボールが僕を突き動かす。
バイト先の店舗が入ったビルが見えてくる。店の看板が目線の先に。一つ手前の路地に隠れて、ビルの入口から綾子が出て来るのを待つ事にした。
時刻は既に十二時を回っている。三十分もしないうちに出て来る。
リュックに入ったケーシィなら、なんて言うだろう。こんな愚かな僕の行為を止めるだろうか。
自分をこれでもかと貶める事でしか、今の自分を保っていられない。じっとしているとひたすらに自虐が続いて、諦めてしまいそうな自分が顔を現す。綾子が出て来るのが先か、諦めるのが先か。
「あっ……」
先は、綾子だった。
店の入り口から出てどこへ行くのかと、気もそぞろに注視する。
「……どこにも、行かないのか?」
どこへ歩いていくでもなく、そのままビルの冷たい外壁に背中を預けて立ち止まっている。携帯を見て、何かを待っている様子だ。この時間で、店の前で誰かを待っている? 迎えでも来るのか?
あたりを見回すも、そんな様子はない。
この時間から、また例の友達とやらとどこかへ飲みに繰り出すと言う事か。
それならそれで良い。すぐに帰るとしよう。
綾子が言っていた通りなんだな、と安心している自分がいる。安心? 何が安心なんだ。友達と飲んでいるだけだという事に安心している? 男だったら嫌? 嫌……嫌だ。そんな姿は見たくない。
明確にそれを自覚する。
綾子が他の男と歩いているところなんて見たくない。しかし、そんな事を言う立場にない。
誰だ。一体誰が来るんだ。
さっきよりも注意深く見つめていると、ビルから出て来た意外な人物が綾子に近寄った。
「店長?」
綾子の隣に立ったのは、恐らく店長だった。あの背の高さ、ガタイ、間違いない。頭の上に手なんか置いて、普段見ない親し気な様子がそこにはあった。
怒られる怖さバレる恥ずかしさ、自分への嫌悪感など軒並み吹き飛んで、その光景に大きく揺さぶられる。何がなんだか分からない。変な予想が立ってしまう。
店長と、綾子が?
案の定、そのまま二人は並んで歩き出す。方向は、僕が盗み見ている通りの方向。こちらへ来る。まずいと思って咄嗟に数メートル先にあった自販機の陰に隠れた。
いや、何故隠れる必要がある? ただ帰りが一緒になっただけではないのか? 家まで送っているだけかもしれない。でも、綾子は明らかに店長を待っていた。二人はどういう関係なんだ? 僕よりも店長の方が綾子と付き合いが長い。僕の知らない関係性があったっておかしくないのはその通りだ。だけど、何なんだこの状況。
隠れている自分の情けなさと、二人が路地に入って来たらどうしようという間抜けさで頭が一杯で、僕はその場に蹲った。
二人がどこへ行ったのかは分からない。ただ、見つからずに遠くへ行っている事を願うだけ。
僕はその夜、アパートへ戻らなかった。