【二十五】
「待ってよ」
店を出て、怒るでも落ち込むでもなく、いつもと同じ調子で歩く綾子に追いつき、隣についた。
拒否されるような事もなく事もなげな様子だが、さっき立ち上がった瞬間だけは、露骨に嫌な顔を浮かべていたのは事実だ。
「何か癇に障った?」
「別に、特に話すような事でもないの。気にしないで」
そう言われると、もう何も言えなくなる。
僕等はそういう関係なのだ。
「里中さんはきっと次会った時謝ってくるだろうから」
「分かってる。うまくやる」
何があったの? と聞きたい。この前、公園で話した事だって本当は気になっているのだ。僕は、綾子が何をしていて何を考えているのか、気になって仕方がない。
それを許さない雰囲気と、微妙な関係性が僕を躊躇させる。
「今日はどうする?」
「このままバイトに行く」
「そっか」
会話は短い。いつもの事だ。青空の下、賑やかなタマムシを綾子と歩いているが、僕等だけはまるで別空間のように静か。
二人で黙って歩くのもいいものだが、何か、何か聞いておきたい。このままでは、僕は綾子との距離を縮められない。いつまで経っても、近いようで遠い関係性を続けているだけだ。僕は嫌だ。それじゃあ嫌だ。どうなるか分からないけども、踏み込んで行ったっていいじゃないか。一年も一緒に暮らしているんだ。互いの事はそんなに知らなくても、共に暮らしたという事実はきっと大きいはずだ。少なくとも、僕にとってはとても大きい。だから、少しくらい前に進んだって……。
「それじゃあ」
結局、綾子といつもの交差点で別れた。雑踏へ消えていくその後ろ姿を眺めていると、ポケットの中のモンスターボールが揺れ出す。そういえば、せっかく晴れた日に外へ出ているのに一度も外へ出してやっていない。
悪い悪い、と呟きつつボールから出してやる。すぐに肩車の体勢で、いつもの定位置に来るかと思えば、ふわふわ浮かんだまま、ケーシィは甲高い声で小さく鳴きながら綾子の方を指出した。
「行けって? 声を掛けろって? なんだ、優しいなお前」
呼び止めに行こうと、綾子の方へ飛んで行こうとしたケーシィの腕を取り、そのままゆっくり抱き寄せる。
「いいんだ。いいんだよこのままで」
もがもがと抵抗を見せるケーシィだったが、僕が譲らないと分かったのか、やがて諦めて胸の中で大人しくなった。
「ありがとうな、ケーシィ。お前のおかげで気が紛れるよ」
頭を撫でてながら、綾子が消えて行ったタマムシの雑踏を僕はしばらく眺めていた。