【二十三】
翌日、里中さん、綾子、僕の三人は、時間通りに現地へ集まった。架け橋はタマムシの南側、ポケモンジムやその他公的施設が集まっている地区に構えているレストランだった。ちょっと早いのですが、と店員さんにカツラさんの名前を出してみると、伺っております、と奥の席へ通される。柱が丁度良い具合に席を少し遠ざけてくれており、話しやすい席を取ってくれていた。
「先座ってましょう。説明させて下さい」
僕と綾子が並んで、里中さんは正面に座った。店はタマムシの繁華街にある店とは違って、真面目そうな人が多いように感じる。服装のせいかもしれないし、髪型のせいかもしれない。普段こういう雰囲気の人達と一緒に、カツラさんは仕事しているのだろう。
緊張しているのか、いつもと様子の違う里中さんには、ケーシィの事情を粗方説明したが、彼の周りにそういうケースはなかったようで、どうにも返答に困っている様子だった。
「これからカツラさんにその話をして、助言をもらおうって事だよね?」
「はい。正直、僕みたいなど素人ではどうすれば良いのかわからなくて……」
「選択肢の一つとして聞いて欲しいんだけど、良いかい?」
「はい、是非お願いします」
「君のケーシィのケースとは違うと思うんだけどね、技っていう観点から見れば、どうにかなるかもしれない」
詳しいとは言え、バトル専門の里中さんから本当に助言がもらえるとは思っていなかった。
「ポケモンだって万能じゃないから、技を覚えられる数にも限界がある。多く覚えさせすぎても、バトルの時に咄嗟に出せなかったりするし、精度も悪くなる。逆に精度は上がっても、技が少なすぎると選択肢がなくて良くない。丁度良い技の数は一般的に四つっていうのが通説さ。出る大会によっても技の数がルールで縛られている場合もあって、厳しく審判がチェックしていたりするんだ」
へえ、と僕は素直に聞き入ってしまった。そういえば技が四つなんていうのは、授業でもやっていたかもしれない。
「バトルのためにポケモンと技の練習をしていたりするとね、技を出せなくなってしまう事があるんだよ。単純に忘れている時もあるし、詳しい原因は僕にも良く分からない。とにかく、出来ていた技が出せないって事がある。そういう時に、頼れるところが実はあるんだ」
綾子も興味深そうに聞いている。里中さんが本当にバトルに精通していて、バトルトレーナーとして旅をしている様子が垣間見えた。
「技思い出し屋っていうのがいてね、その人が欲しがっているものと引き換えに、技を教えてもらえるらしいんだ」
「業者って事ですか?」
「そういうことになるのかな? 俺も利用した事はないし、今どこにいるのかもわからないんだけどね。結構珍しい物を要求されるって話だよ。友人をあたってみれば、誰かしらどこにいるのか知っていると思うよ」
何をどうすればポケモンにそんな事を教えられるのか、僕には皆目見当がつかない。この世界は、当たり前だが僕の知らない事ばかりだ。
「ありがとうございます。その業者にあたるのも、良いかもしれないですね。僕がそんな珍しい物を渡せるか、そっちの方が問題になりそうですが」
「突然欲しいものが変わったりするっていう噂もあるし、連絡先もない。金のやりとりもない。そんなの業者かどうか怪しいし、正直眉唾ものだけど、どうにもならない状況だったら思い出してみてよ」
「貴重な情報、ありがとうございます」
里中さんに感謝だ。技を教え込む専門の業者なんていうのがいるのだったら、頼ってみるのはありだ。もちろんケーシィが嫌がらなければ、の話だが。
「今度、里中さんのバトルを見てみたいです。僕バトルってまともに見たことがないんですけど、それでも楽しめますかね」
「楽しませる、かあ。正直、俺なんか勝つことばっかり考えてるから、周りがどう見てるかなんて考えた事もなかったな」
「それでも、見せてもらえませんか?」
「うん。いいよ。今度一緒にバトル場へ行こう。少なくともバトルも悪くないな、って思ってもらえるように頑張るよ」
こんな風に里中さんと話した事などなかった。バトルに対して真面目なこの人が実際にバトルをしているところを見てみたい。話してみないと、わからないものだ。
「綾子ちゃんも良ければどう? 一緒に行かないかい?」
里中さんは、これまでだんまりを決め込んでいた綾子へ、唐突に話しかけた。
「私は行きません」
「バトル嫌いだっけ」
「興味がありません」
「興味を出してもらえるよう、頑張るって話だったんだけどな……」
相変わらずの様子だ。興味がないなら仕方がないが、里中さんが露骨に寂しそうな顔をしている。
「里中さんもこう言ってくれてるし、一緒に行ってみないか?」
横目でじとりと僕を見やって、綾子は迷惑そうに少しだけ顔をしかめた。こういう時、僕が絡んでいく事など今まではなかった。
「行ってみたいんだよ、綾子とポケモンバトルを見に」
「そうそう、デートだと思ってさ。僕もバトル頑張るから」
「……考えておきます」
二対一。こういう時、綾子は雰囲気を読んで頑なに行かないとは言わない人だ。後で二人になった時、バッチリ断られるのだろう。
一緒に見に行ってみたいのは本音だったから、出来ればちょっとは粘ってみたい。里中さんもその気になってくれている。謙遜しているが、自信はあるのだろう。
「彼氏として、説得頼むよ貫太君」
「え、ええ、はい」
あれ、里中さんに一緒に住んでる事伝えてたっけ。店長にも報告していないくらいだから、多分里中さんには喋っていないはずだ。
ということは綾子が話した? とても考えにくい。でもこの前の件もある。どういうことだろう。変だな、と思いつつ、綾子をちらと横目で伺う。
「彼氏ではありません。ただの、友人ですので」
綾子の凛とした声が綺麗に通った。
その通りではある。今までこういう事がなかったから実感出来なかったが、はっきり言われてしまって、傷ついている自分に気づく。
それと同時に恥ずかしくなった。すぐに否定しない僕に、彼氏面すんなよ、と言われた気がした。
「え? あ、そう、なの? いやあ、はは」
里中さんもやっちまったとばかりに取り繕おうとしているが、しどろもどろだ。無表情でこの雰囲気を静観する綾子の気持ちが、随分と遠くにある気がした。
お互いに踏み込まず一緒に過ごす。それを再確認させられている。
「やあ、お待たせしてしまったかな?」
ハットをかぶったカツラさんが、良いタイミングで現れる。僕は内心ホッとしたし、里中さんは立ち上がってカツラさんのため椅子を引いた。
「何か重たい雰囲気だけど、どうかしたのかい?」
救世主かと思いきや、話を戻そうとしてくるカツラさんのニヤり顔で、やっぱりこの人ただのおっさんだ。そう、思わずにはいられなかった。