【十九】
カツラさんは電話には出なかった。留守電は残しておいたので、連絡を返してくれるのを待つしかない。
きっと忙しい方だろうから、一民間人の願いなんて片っ端から聞いていたらいくら時間があっても足りないだろう。ここに行ってくれ、と最初から突き放されるかもしれない。
それならそれで良い気はしていた。
やっぱりどこかで躊躇している僕がいるのだ。あの時の事を思い出してしまうと、どうも警戒してしまう。ケーシィの事を思うと、会わない方が良いのではないかと思えてしまうが、綾子が言っていた通りでもある。
「そわそわしていてもしょうがないでしょ。大人しく待ってな」
お店の開店準備をしていると、どうも落ち着かない様子の僕を見て、綾子はまた呆れ顔だった。
「何か進展あるかもしれないと思うと期待しちゃうから、どうしてもね」
「気持ちはわかるけど、ちゃんと働いてよね。貫太がその感じだと私が忙しくなるんだから」
「わかってるよ」
ポケットの携帯はとっても大人しい。。
この店が入っている雑居ビルのエレベーターがせわしくなく動き続けて、客が雪崩れ込んでくるいつもの様子を想像すると若干げんなりする。開店すれば気にする余裕がないくらい忙しくなるだろうから、どうせなら早くそうなって欲しい。
今か今かと時計を見つめ、いざ開店。時間はピッタリ。店に響く来店音。そら来たと入口へ急ぐ。
「あれ? 君、ここで働いているのか」
スーツ姿のカツラさんその人が、そこに居た。