【十七】
「ケーシィ、テレポートって出来るか?」
我ながら、なんてぎこちない。
トレーナー達が声高らかにポケモンの技を叫ぶ、トレーナードラマのワンシーンを思い出した。あんなに格好良くポケモンに指示を出す自分の姿が、少しも想像出来なかった。
バトルをさせたい訳ではない。ケーシィが本当にテレポートが使えないのかどうか確認したかった。
もしもの時のテレポート先を気にして、僕等は例のタマムシ公園まで足を延ばしていた。前回立ち寄った遊具のある広場ではなく、サッカーコート一面程ある大きな広場。少し周りに目を向けるだけでも、キャッチボールをする親子連れや、ポケモンと追いかけっこする青年がいる。皆がそれぞれ自由に使える、便利な場所だ。
「そんな不思議そうな顔するなよ。どうだ、やっぱり難しいか?」
ケーシィはふわふわ浮かんだまま、僕の言葉にコテンと首を傾げるだけ。
テレポートは、ケーシィが最初に覚える技である。というのはいつだったか調べたはずだ。
相変わらず知識が浅いので、追加の情報を本やネットで調べたが、テレポート自体はポケモン自身への負担が大きく、そう何回も何回も連発出来るものではないらしい。距離も、そのポケモンの熟練度によって変わってくるそうだ。移動用のそれ専門業者がいるんだとか、地方によって条例がどうだとか、テレポートの移動範囲は協会の管轄内に限られるとか、いろいろ書かれていた。
決まり事が多いのは、利便性が高く、使いたい放題だときっといろんな問題が起こるからだろう。
とすると、やはり使えた方が便利なのは間違いない。それに、使える事が野生で育つケーシィの自然な姿なのだとしたら、その方が良いだろう。
ちなみにエスパーポケモンにおけるテレポートの修得は、「易しい」らしい。易しい、と言葉一つで表現されても僕にはいまいちピンとこなかったし、テレポートが出来ないからと言ってうちのケーシィを悪く言う奴がいたら、そいつをどうしてやろうか。
「貫太。ただ出来るか? って聞いてもしょうがないでしょ」
広場の片隅で、ケーシィを前にただ出来るかどうか聞いている僕を見ていた綾子が、両手を腰にやって呆れ顔で横やりを入れてくる。
「TGB」と大きいロゴの入った、オーバーサイズ気味の黒パーカーに、細見のデニム。外に出るのを嫌がっていた休日を満喫する綾子に、無理言って出て来てもらっていた。ちなみにTGBはタマムシのインディーズロックバンドらしく、綾子のお気に入りとの事。もちろん、勧められた事など一度もないが。
「だって、ポケモンの技をどう引き出してやれば良いかなんてわかんないよ。綾子だったらどうするの?」
「ちょっとどいて」
自身満々に僕のポジションを奪った綾子は、ふわふわ浮かぶケーシィの前へ。何をするのかと見ていると、ここ数年でポケギアに成り代わったスマートフォンの画面を得意気にケーシィの前へ出して、それを見せた。
「ケーシィ、どう? これよこれ。出来る?」
「一緒じゃん」
「一緒にしないで。ちゃんとどういうものか見せてあげれば、わかりやすいでしょ?」
目の前に出された動画を、ケーシィはじっと眺めている。
「どう? 出来そう?」
「だから一緒じゃん」
最初こそ見ていたようだったが、すぐにケーシィは興味を失って、ふわりふわりと移動する。がっくし、と肩を落として珍しく綾子は落ち込んでいた。
「僕らのトレーナーとしてのレベルが低すぎるだけで、テレポートが出来ない訳じゃないのかもね」
「貫太と一括りにされるともっと落ち込む」
でも実際、皆どうやって技を教えているのだろう。
ポケモンは人間の言葉をそれとなく理解出来るらしいので、「テレポート」の言葉と実際の行動がリンクすれば理解してもらえるのだろうか。
「ポケモンって難しいね」
「貫太よりよっぽど複雑」
テレポートなんて奇天烈な事を出来るのだから、僕より複雑なのは間違いない。
一括りがそんなに嫌なのか、綾子は腕を組んでうんうん唸っていた。どうにか教える方法を考えているようだ。嫌々ついて来たけど、なんだかんだ付き合ってくれている。黙って見ているだけなのかと思ったが、ポケモンの事となるとちょっとむきになっている綾子は、僕の知らない綾子だった。
「綾子ってさ、どんなポケモンと一緒にいたの?」
ふと口に出してから、後悔した。なんて、デリカシーのない。昔ポケモンを連れていて、今連れていないのだとしたら、何かあったに決まってる。
僕の言葉に固まった綾子は、腕組みを解くと、だらんと腕を下げ、そのセミロングの黒髪を揺らしながら、徐に僕の顔を見やった。
「悪い」
沈黙が跋扈する。ケーシィが不穏な空気を察知したのか、不安そうに僕の足にしがみついた。
「何で?」
「何で、って?」
「何で、そんなこと聞いたの?」
「……ほら、家にもポケモン柄の物多いし、結構詳しいみたいだし。ポケモン好きなんだろうなって思ったから」
再びの沈黙。半分心の底から、半分やけくそだった。
綾子の表情は固く、僕から視線を外さない。
足にしがみつくケーシィが、ぎゅっと力を込めた。
それを見て、はあ、と溜息をついた綾子は、ごめんね、と一言。ケーシィは綾子の雰囲気が柔らかくなったのが分かったのか、ゆっくり浮かんで綾子の腕の中に入っていった。
「今まで二人で出かけた事なんてほとんどないのに、強引に公園へ行こうだなんて言うから、おかしいと思った」
「ごめん」
「この子をだしにして、私を連れ出したんでしょ?」
その通り。
「何なの? 聞きたい事があるなら答られれば答えてあげるから。私がポケモンを持っていたとかいないとか、聞きたいのはそれじゃないでしょ?」
何かの別れ目だと思った。僕がここで綾子に問うたら、聞いてしまったら、元には戻れないかもしれない。
躊躇した。まだ、このままでもいいんじゃないかとも思う。
でも、僕はもう向き合ってしまった。本当は一生目を背ける気でいたポケモンを燃やした事実に。
だから、綾子とも向き合いたい。心の底で思っている事を、ぶつけたい。
「最近家に帰ってこない事が多いけど、何やってるの?」
僕の言葉に綾子は表情を変えない。能面のような無表情が、そこにはあった。