【十五】
それからしばらく、夜にケーシィを連れて外出する事は控えた。バイト先に連れて行く時のみ、必ずモンスターボールにケーシィを入れて移動する事に決めた。
襲われた人達は、ポケモンをそのまま誘拐される他、モンスターボールを入れた鞄や、モンスターボールだけを盗まれているらしいので、ケーシィをボールに入れたところで安心とは言えない。家で留守番させておけばいいのだが、ケーシィを置いて外出しようとすると、寂寥感たっぷりに鳴き、へばりついてくるのでどうしようもない。僕はそんなケーシィを突っぱねて家を出ることが出来ず、連れていく事にしていた。
「私に預けようとしないで、なるべく一緒にいてあげなさい」
綾子からそう口酸っぱく言われている。気付けばゲームコーナーで交換したその時から、僕はケーシィと片時も離れず一緒にいた。
「貫太。お前ポケモンを持ったんだってな。ケーシィなんだろ?」
カツラさんと出会った夜から一週間程経ったある日、営業時間が終わったところでカウンターを片づけていると、厨房から店長がそんな話を振ってきたから、僕は面食らってしまった。
自分がポケモンを所持するようになった事を他人には言っていない。自分で自分の事をトレーナーだと、胸を張って人に言うことなんて出来ない。
「え、何で知ってるんですか?」
思わず聞いてしまったが、そんなの綾子に決まっている。あいつしか知らないんだ。だが、綾子が人のことを喋るなんて考え辛かったので、そこまで頭が回らなかった。
「綾子から聞いたんだよ」
「まあ、そうですよね。あいつしか知らないですから」
「でもまたどうして突然? しかもケーシィって、この辺に生息してないだろ。ポケモンも持ってないくせしてわざわざ遠出したのか?」
「いや、そうじゃないんですが……」
言い辛い。店のおばあさんの時と、一緒だった。
「じゃあどこで手に入れたんだ? ケーシィなんて……」
数秒目線を上げて考えたかと思うと、店長は「あっ!」と声を上げ、当ててやったぞという顔を僕に見せながらにやりとする。
「ゲームコーナーだろ。あそこの景品交換所には確かケーシィもいたな」
「あ、当たりです……」
流石常連。こればかりは仕方がない。
「言えよなあ。綾子にも言うんだったら、俺にも言ってくれよ。いろいろ教えてやんのに。俺も昔はなあ」
始まってしまった。店長がトレーナーとして旅に出て、バッジ集めをしていた頃の話だ。何度聞いたことか分からないので、僕は一先ず聞き流すことにした。
それにしても、綾子が人の話をするなんて本当に意外だ。普段は無口だし、自分の話も人の話もするような奴じゃない。
「え、貫太君ポケモンを持ったの? 何でまた突然。意外だねえ、君は一生ポケモンを持たないみたいな事言ってなかった?」
店長の横から社員――里中さん――が入ってくる。恰幅が良くがたいの良い店長とは違って、ほっそりした人だ。表裏のなさそうな、あっけらかんと話す人で、お客さんからの評判も良い。店長がどっしり構えて支持を出し、里中さんがひょいひょい飛び回る。この店はそうやって回っている。
里中さんが入ってきてくれたおかげで、店長の武勇伝語りがぶつ切りになった。ありがたい。
「里中、お前俺が良い話をしてるっていうのに」
「店長、もうその話百回は聞いてますって。俺が代わりに話せますもん。それでそれで、またどうして突然ケーシィを?」
「いやあの、何か大きな理由があるって訳じゃないんですけど、このお店でポケモンをたくさん見てきて、僕も持ってみたいなと思って」
当たり障りのない事を言えていると思う。
「そっか。それじゃあ貫太君、今度俺のゴーストとバトルしようよ」
「そんな、僕バトルなんて何にも知らないですし、ケーシィもバトルする性格って感じでもないですよ」
「ポケモンの運動になって結構いいもんだよ? 気が向いたら言ってくれよ。教えてあげる」
里中さんはこの店に来る前は優秀なトレーナーだったようで、武勇伝をよく語る店長と違ってそこそこ結果を残していたなんて話を聞いた事がある。俺なんてそんな、といつも謙虚に話すところに、店長との差を感じる。
「貫太、やめとけやめとけ。里中はバトルの事になると料理よりうるさいぞ」
「そんなことないですよ、俺は料理にもうるさいです」
「はは、ではもう少しケーシィとうまく関係を作れたら、お願いしますね」
僕がポケモンを持っている事は、胸を張って言える話ではなかった。でも、僕とケーシィが一緒にいることは、人からしたら大した話ではない。ポケモンと人間が一緒にいる事は、あまりにもありふれ過ぎている。
店長達にケーシィの話を相談するのも、悪くない気がした。
「それにしても貫太君、最初のポケモンにケーシィなんて、思い切ったねえ。テレポートしまくって、結構大変じゃない?」
「……いや、まあ、なんとかやってますよ」
ケーシィは、テレポートが出来ない。いや、出来ないかどうかは本当のところわからないが、テレポートをしているところを見たことがない。びっくりしても何しても、ケーシィは僕のところに飛びついてくるだけだ。あいつが、何故そうなってしまったのかはわからない。それなりの事情があったんだとは思う。ゆっくり関係を作って行き、ケーシィが心の底から安心して暮らせるようになったら、普通のケーシィに出来る事を、あいつにも思い出して欲しい。
ポケモンを燃やした僕が出来る事なんて大したことではないかもしれないが、一緒にいる以上、出来ることは精一杯やりたい。そう思うことは、別に間違いじゃないはずだ。
罪滅ぼしとは別。僕の行った行為は最低最悪だけど、あいつがあいつらしく振舞えるようにする事とは関係ない。
「何か困った事があったら相談しろよ。新米トレーナー」
店長から掛けられた言葉が、こそばゆくて、でも嬉しかった。昔から外から見ていた光景だ。友達同士でバトルをしたり、自分のポケモンを自慢し合ったりする光景が、思い起こされる。自分の行った行為がずっとどこか引っ掛かっていたから、僕はなんとなくポケモンを持つ気にはなれなくて、今までそれを外から見ていた。羨ましくなんてない。なんとも思っていなかった。そうだと思っていたが、僕は心のどこかで、その中に混ざりたかったのかもしれない。
カツラさんに言われた矢のような言葉が身体に刺さって悩んでいるけれど、少しだけ、ほんの少しだけ許されたような気がして、僕は初めてポケモンを手にした友達と同じ気持ちになれた。