【十二】
「すると君は、小さい頃自分が行ってしまった過ちの大きさに、その歳になって今更気付き、それについてどう向き合えばいいか分からないでいる、ということかい?」
初老の男性は、随分簡潔に僕の話をまとめてくれた。その白い口髭をいじりながら、言い辛そうにすることもなく僕にストレートな言葉を投げてくる。
「そ、そういうことですね」
具体的に何をやったのか話すことは出来なかった。僕なりにぼかしつつ話したため分かり辛くなってしまったかと思ったが、この人は綺麗に要約して僕に叩きつけた。意外な事に気付いたのだが、優しくされるよりストレートに今更、とか言われる方がなんとなく楽だ。
責めてくれる方が、ありがたい。
僕の話を聞き大体の内容を掴んだ初老の男性は、ううむと髭を弄りつつ考えだし、ビールをぐいと飲む。音を立てず、静かに置かれるグラス。何か思いついたように、僕の顔をじっと見る眼鏡の奥の瞳が、優し気に僕を捉えた。
「君は、随分と真面目な青年なんだな」
「真面目、ですか?」
「ああ。そんな小さな頃の話を思い返して悩めるのは、真面目だからだと思うよ。何かきっかけがあったんだと思うけど、それでも皆小さい頃の事なんてだいたい有耶無耶に流してしまうよ。嫌な事は、忘れた方が楽なんだから」
忘れた方が楽だと言われれば確かにそうなのかもしれないが、忘れる事なんて出来ない。ケーシィと一緒に居れば居る程、それは忘れられない。
「ほとんどの人が流して忘れてしまうかもしれないのに、君はそれについて悩んでいる。僕はまずその君の真面目さが素晴らしいと思う。過ちに目を向けるのは難しい。それが大きければ大きい程だ。小さい頃の過ちとは言え、今の君にとってはとても重大な事なんだね」
そんな、褒められたもんじゃない。
「私はその内容を細かく聞いていないから詳しい事は言えない。だけど、過ちにきちんと目を向けている事に間違いなんてない。今の君は間違っていない。その様子だと、まだ間に合うんだろう? 後悔するのが遅い事なんてたくさんある。でも君はきっと間に合っている。間に合ったんだったら、それはとても幸運だったね。君は幸せ者だ。まだ取り戻せるよ」
ただの説教に興味はない。綺麗事で片づけるつもりもない。僕にそう切り捨てる程の余裕はなかった。頼る人がいないと思っていただけに、これだけ色々言ってもらえるのは、それこそ幸せだ。
「ありがとう、ございました」
「酒の席で礼なんて言いっこなしだよ。私から聞いたんだから」
無駄に話を引き延ばさず、いつの間にか話題も逸れていった。初老の男性に上手に会話をリードされていた。これが年の功かと、素直に感心する。
「実は私も同じなんだ。過去の過ちの中でもがいていて、そんなことの繰り返しさ」
意外と皆、そんなもんだよ。
随分と長く話し込んだ後、最後にそう言って、何も言わず僕とケーシィの分まで会計を済ませて、初老の男性は店を出ていった。彼がグレンタウンジムリーダーのカツラさんだと知ったのは、帰り際、慌てて名前だけ伺った時だった。
別に名乗る程のもんじゃないよ、と去って行ったが、お兄さんカツラさん知らないのお? と素っ頓狂な声を出すおばあさんが騒ぎ出したので、僕は朧気にそんなジムリーダーが確かいたなあ、というくらいの記憶を引っ張り出した。
聞けば研究者としての顔もあり、年に何度かタマムシにも顔を出すそうだ。そんな有名な人に名前なんて聞いちゃって、とても失礼な事をした気がする。教養で知っておくべき人なのかもしれないのに。僕がどれだけ無学でポケモン界の事を知らないのか自分で痛感した。これは恥ずかしい。
ケーシィは、僕が椅子から離れ帰ろうとしている事に気づいたのか、眠い目を擦ってむくりと起き上がる。
「遅くなっちゃってごめんな。帰ろうか」
ふわふわと浮かぶと、肩車の体勢をとって頭にしがみつく。寝る気満々だ。落ちたら危ないので帰りは背負うことにした。
「ごちそうさまでした」
またどうぞー、というおばあさんの人懐っこい声に送られながら、僕たちも店を後にした。