【十一】
ぐだぐだと答えの出ない悩みで頭を回していたら、気付けば大分酒が回ってきた。ふと横を見ればケーシィはデザートまで綺麗に平らげて、クッションの上で丸まって寝ている。そろそろ、僕も帰らなければ。
今あるお酒を飲んだら出ようかな、と片肘をついてぼうっと考えていると、僕の隣に人が座った。気づけば店のテーブル席も一つ埋まっているし、カウンターにも僕と今座った人以外に一人客がいる。
黒のハットに丸眼鏡。それにグレースーツを着た初老の男性は、茶色のボストンバッグと脱いだハットを横に置いた。
「ビールを」
注文が入るのとほぼ同時に、わかってますよとばかりにすぐに到着したグラスを手に取り、それをぐいと傾けた。
みるみる減っていく様に何気なく釘付けになってしまい、中身がなくなろうかというところでグラスは机に置かれる。
温和そうな雰囲気とは裏腹に、いい飲みっぷりだ。機嫌よさそうにお通しを食べつつ、ビールを飲み干しすぐに次を頼むと、手持無沙汰になったのか、辺りを見回した初老の男性と目が合ってしまう。
「若いのに、ポケモンを連れて一人酒とは、何か嫌なことでもあるのかい?」
あ、まずい、と思った時には遅かった。
「どうだい、そのかわいいケーシィ君にゆっくり眠ってもらっている間に、何か悩みがあれば話してごらんなさい」
いや、いいです。と言える雰囲気ではなかった。
しまったなあ、といった素振りも出来ず、しかし何と言っていいかもわからない。
武勇伝の一つや二つでも引き出して語らせれば満足するだろう。店長が大体そうだ。
「大したことじゃないんですよ。小さなことです。それより、あなたこそ随分いい飲みっぷりですが、何かいいことでも?」
「私はいつもこんなものだよ。良いことがなくとも、悪いことがなくとも、来たら寄ってみたくなってしまうのがこの店の良いところだ」
あらあら嬉しいわねえ、と喋り出すのを皮切りに、おばあさんがわーわーと捲し立てる。仲良さそうな自然な会話が初老の男性と交わされている。
その醸し出す気品たっぷりな物腰と物言いに、僕の周りにはいなかった人種だと素直に感じた。平たく言えば偉い人。威厳のありそうな人だ。
「そうしたら、小さな話なんですけどちょっとだけ聞いてもらえますか?」
初対面の人に何を話そうとしてるんだ僕は、と躊躇するところもあるが、初対面の人でもないとこんな話は出来ない。
「聞こう。君の気が済むまで」
半身をこちらに向け、初老の男性は手に持ったグラスを突き出した。