二章
【2-16】
 四日後の朝まではるこは塞ぎこんだ。一人にして、とベッドの中に潜り込み、何も口を利かなかった。あまり食事もとらず、だんまりだ。ショックは大きそうだった。おかげで僕の方もまた考える猶予が出来て、いろいろ整理できた。僕がやらなきゃいけないことは確認できた。
 はるこも、心は決まったはず。逃げ出した村に、戻ることを。

 出発当日の朝、いつものように僕は起きた。身支度をして、出発する準備をした。ドアの前で早く早くと急かすはるこはもう居なかった。たんたんと支度を済ませている。二人の間にあった会話は挨拶だけ。無言で僕達は部屋を出て、ポケモンセンターを後にする。
 クチバシティもまた忘れられない町となってしまった。迷惑をかけた人がいっぱいいる。ちゃんと説明もできず、僕らはまた町を出る。嘘をつき、町を出る。そんなことばかりだ。クチバの風だけは僕達の嘘を見抜き、咎めるように吹き付ける。少しだけ肌寒い。
「ねえアキ。私、何やってるんだろうね」
 口火を切ったのはるこだった。
「お前なりに考えてやってきたんだろ。今更後悔してもしょうがない」
 はるこに言っているつもりが、自分自身に言っているような気がする。
「今更か。そうだよね。私、全部やりきれる気でいた。メタモン達も逃がして、私も逃げて、追ってくる人も殺さず、諦めさせて、って」
「無茶だ」
「今は、わかってる。それに、どうやったって本物のバンギラスが降りて来たときのことを考えると、どうせ私はあそこから離れられないの。それを、考えないようにしてた。メタモン達を逃がしたいなんて言って、本当は私も同じくらい逃がして欲しかったんだろうね」
「なんだ。よく喋るじゃないか」
 はるこは何か覚悟が決まったような顔を見せていた。クチバの風に吹かれたその顔は、清々しいとまでは言わないが、どこか吹っ切れたようだ。切り替えが早いな。
「喋るよ。何も隠すことないもん。アキには」
「そうだな」
「そうだよ」
 右隣に立つはるこがそう言って笑った先に、ジュンサーさんのいる交番が見える。四日前随分と長い時間ジュンサーさんにあれこれと聞かれ、やっとのことでナオトは最近出会った少年だという事をわかってもらうまで、随分時間がかかってしまった。身元不明のナオトを知るのは僕らだけだったから、ジュンサーさんも必死だったのだろう。残ってしまったカビゴンのことは、ジュンサーさんに任せた。しかるべき施設に送ると言っていたから、大丈夫だと思いたい。立ち直って欲しい。
 この事件のことを調べるから、とナオトやサワムラーの遺体は持っていかれたから、カビゴンがナオトの顔をわずかでも見られる機会はもうないだろう。叫んでいたときのあの悲しく寂しい顔を、僕は忘れない。
「私、もっと強くなるからね」
「ああ、頼むよ」
 はるこが今の僕にはとても眩しかった。いつだって眩しかったはるこが、今一番眩しい。僕はお前になりたかった。僕は認めて欲しかったんだ。それだけだったんだ。強くなるって、そういうことだと思っていたから。
「なあはるこ。僕も隠していることがあるんだ」
「……なに?」
 僕の小さな声が聞き取れなかったのか、はるこは不思議そうな顔をこちらへ向けた。いいや。この話は、また今度にしよう。僕の方は、いつだって言う覚悟が出来ているんだ。
「なんでもない」
「なになに?」
「また今度話すよ」
「ん……わかった」
 僕達は歩きだす。
 終わらせるために、クチバシティを出る。
 無意味な逃亡は、もうやめだ。


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早蕨 ( 2013/01/21(月) 01:15 )