二章
[2-11]
 気づいたら日を跨いでいた。僕もナオトに負けず劣らず考え込むのが好きらしい。ピクリとも動くことなくカウンターに座っているジョーイさんがいつもは怖いが、今日ばかりはただの置物のように見えた。ただ時間だけが過ぎていく。考えても考えても何も思い浮かばない。何も先に進まない。同じことを考えているだけ。ナオトもこの二週間ずっとそうだったのかと考えると、あんまり責められたものでもない。
 僕もナオトも、きっと決心が遅いのだ。全てにおいて遅い。それだけの話。
「ちょっといいか」
 今日は揃って夜更かし?  
「起きたのかナオト。どうした、トイレか?」
「わざとらしいぞ。わかってるだろ。俺もお前に話があるんだ」
 入れ替わりで、はるこには隠して、二人で話さなきゃいけないことか。今更何を話す?
「いいよ。座れよ」
 さっきまではるこが座っていた場所に、ナオトは腰を掛ける。
「はるこは寝てるのか?」
「寝てるぞ」
「そうか」
 そのまま、さっきはること感じていたものではない沈黙がのさばる。速く終わってほしい、嫌な沈黙だ。
「ナオトは、本当に納得したんだな」
「そうだぞ。あいつの言うことを、信じることにした。だけど、別にじいちゃんのことを裏切るわけじゃない」
 そんな、僕に弁解するようなことを言ったって仕方ないだろ。
「いいのか? それでも、ひどい目に合うんだろ?」
「いいぞ。それは覚悟してる。だからそうなる前に、お前に言っておきたかったんだ」
 ナオトは立ち上がり、ソファーに腰掛ける僕の前に立つ。
「俺はお前が何者なのかわからない。どういうつもりなのかもわからない。お前だけだぞ。自分を明かしていないのは」
「だから、僕はただのトレーナーだって」
「そういうのはもういいぞ。最初から怪しいとは思ってたけど、俺は思い出した。お前があのカイリューを持っていたやつに向かっていくとき、あの瞬間、お前ははること目を合わせた。あの状況で、あの瞬間に、一瞬ではるこの意思を読み、行動した。あの動き、俺は知っているぞ。そういう訓練を受けたからな」
 ナオトはそこでずいと僕との距離を詰める。
「俺が言いたいこと、わかるよな?」
「……さあ」
「お前は知ってるはずだぞ。村に降りてくるのはバンギラスだけじゃないってこと。あそこは周り一面バカみたいに強いポケモンがうじゃうじゃいる。そういうやつらが間違っても入ってきてもいいように、訓練を受けてきた。お前も、俺も」
 うるさい。
「もしかして、お前なんじゃないか? 俺の前に、あいつに送り込まれたっていうのは」
 うるさい。
「お前もはるこの話を聞いていた。俺は、納得したぞ。理解したぞ。俺の判断で、それは悪いことだと思った」
 やめろ。もう喋るな。
「じいちゃんは絶対。それはわかってる。でも、やらなきゃいけないことが出来た。お前は、何を考えている?」
「……ナオト、それ以上喋るな。何も口に出すな」
「いいや。俺は帰る前にはっきりさせていきたいぞ。はるこの隣にいるお前が、ちゃんとはるこを助けてやれるのかどうか」
「調子に乗るな」
 ああ、だめだ。やめろ。
「お前ごときが、はるこなんて軽々しく口にするんじゃないよ。あいつは特別だ。お前にも僕にも、辿りつけない境地にいる。上司みたいなもんだろ。もっと敬えよ」
「お前……」
 ナオトの話を聞きたくないあまり、だんだん気が立ってくる。だめだ、抑えろ抑えろ。
「安心しろよ。はるこの側を僕は絶対離れないし、助けてあげられることがあれば助ける。僕ははること出会ったトレーナー。それ以上でもそれ以下でもない」
「信用して、いいのか?」
「お前に信用されようがされまいがどっちでもいい。ただ、別にはるこに危害を加えるつもりはない。それだけは絶対だ」
「……わかった。これで、安心して帰れるぞ。あいつのこと、頼んだ」
 ぐっと両手をつかみ、何かに耐えるようにするナオト。この二週間、ひたすらナオトの元を訪れたはるこ。いつも周りを気にしていて、自分のことは疎かなはるこ。こんな態度をとる、ナオト。……。
「ああ、お前はるこの事好きなのか?」
「好きだぞ」
「何も言わなくて、いいのか?」
「いいんだ。俺は、何も言えた身分じゃないぞ」
 一度ははるこをぼこぼこにしてでも連れ戻そうとしていた身分、ということか。
「ただ言えるとしたら、俺が全部終わらすことが出来た、そのときだ」
 そう言うナオトの顔は、決意に満ち溢れている。覚悟を決めた顔をしている。純粋で、真っ直ぐ。ナオトは、ナオトらしい。
「まあ、頑張れよ」
 だから、やっぱり僕には、お前じゃ無理だと口を挟むことは出来なかった。こんな姿を見ていると、立っていた気も落ち着いて行く。
「俺が頑張る間、お前、はるこの事を頼むぞ」
「だから、調子に乗るな」
「わかってるぞ。ただ、言いたかっただけだ」
 そうにっこり笑うと、ナオトは「じゃあもう寝る」と言葉を吐き捨てて部屋へ戻っていった。
「……僕も寝よう」
 嫌な気分だ。胸糞悪い話と、無駄に覚悟を決めた姿。どちらも僕には毒だった。


早蕨 ( 2012/11/14(水) 23:34 )