二章
[2-10]
 さあこれからどうしよう。まずははるこをもう一度船に乗せる説得からか? いや、やっぱりはるこの言う通り船は危険か? ならばどうする? このままカントーを逃げ回っているだけではやっぱりキリがない。
 そもそも、この逃避行の意味はなんだろう。はるこはなんと言っていた?
 村を襲っていたバンギラスは今はおらず、現状では村で自作自演をしている。そのことを知ったはるこはもうメタモン達に無理をさせる必要もない。今までは納得していないながらも村のために、と理不尽なことにも耐えてきたが、いずれ分裂するであろうメタモンの殺し合いをさせられるのはもう嫌だから逃げてきた。確か、こんなことを言っていたはずだ。しかし村の者達は上層部、きっとナオトの言っているじいちゃん、とやらが絶対らしく、はるこがそれを伝えても誰も信じてはくれない。
 ……どうすれば解決する? はるこがいないなら、確かに自作自演は起こらない。村の人達の嘘に気づくきっかけにもなるかもしれない。でも、やりようはいくらでもあるはずだ。もし自作自演が行われたら、そんな緊急事態にはるこがいないとなったらどうなる? はるこの立場がますます悪くなるだけじゃないか? そうなったら本当にはるこが戻る場所がなくならないか? 
 考えれば考えるほど、ごちゃごちゃしてくる。そもそも解決出来たとして、はるこは村に戻る気があるのか。このまま外で暮らす気なのか。
 いや、そんなことを考えるのは後だ。一番考えなければならないのはなんだ? はることメタモンの安全か、村のことか。
「アキ。寝ないの?」
「ん? ああ。ちょっと考え事をしていてね」
「そっか」
「はるこは、どうしたんだ?」
「アキが、寝ないのかなって」
 
 今日一日三人でクチバシティで遊んだ後、遊び疲れて部屋へ戻ってくると、ナオトはすぐに眠ってしまった。あれだけベッドの上にいながら、よくもまあ寝られる。僕の方は明日から動き出すということで、これからどういう風にしていけばいいか考え始めたら止まらず、ポケモンセンターのロビーのソファーを陣取っていた。そんなところにはるこがやってきて、僕と同じ方向を向きながら隣にちょこんと座ったのだ。
「なあ、はるこ、ちょっと聞いていいか?」
「うん? いいよ」
「はるこは、全部解決したら村に戻るのか?」
「……わかんない」
「わかんない、か」
「全部解決、なんて想像がつかないの。メタモン達はもう戦わなくてよくて、村の嘘もなくなって平和に、なんていうのはね。これから先、本物のバンギラスも村に降りてくることになったらどうせ戦わなくちゃいけないし」
「じゃあ、はるこはどうしたい?」
 わたし? と目をキョトんとさせたはるこは僕のその平凡な問いに驚いたような顔を浮かべる。
「わたしかあ。私は、メタモン達と仲良く暮らしたいだけ、かなあ。そうだね、だとすると、別に村にいたいわけじゃないかな。どこでもいいから、楽しくメタモン達と暮らしたい」
「じゃあ、そうしよう。はるこはいずれ下りてくるかもしれない本物のバンギラスのことを考えるのはやめて、外で暮らそう」
「ほえ?」
 僕の言っていることが理解できないのか、また呆けた顔で僕の方を見ている。かと思いきや、一人で勝手にパタパタと慌て始める。
「え、えっと、そ、そのときは……」
「なんだ?」
「そのときは、アキも、一緒にいてくれるの?」
 顔を赤らめてそう言ったはるこが、この上なく可愛く見えた。一緒にいるよ、と咄嗟に言えない自分が一瞬情けなく思える。でも、立場上すぐにそれを言うことは出来なかった。僕は、あちこちにふらふらしすぎる。
「そうだったら、いいね」
 うん、と頷いて、僕達はそれっきり黙りこんだ。同じ方向を向いて、ただただ無音の中同じ空間で過ごす。落ち着く。そう感じてしまうのは何故か。はるこ相手に、僕は何を考えているんだ。ヤマブキ東ゲート前で出会ってから、僕らは随分濃い時間を過ごしてきたはずだ。その時間が、はるこに対する情を深くしていっている気がする。はるこは一体、どう思っているだろう。
「でも」
 ぽつりと呟き、はるこは沈黙を破る。
「でもね。やっぱり、村のこと、考えないわけにはいかない。私が勢いで逃げ出してきちゃったおかげで、ナオトみたいな人が出てくるってわかったし、また本物のバンギラスが降りてくるかもしれないことを考えると」
「……逃げるの、やめるってことか?」
「それも、わかんない。私、どうしたらいいかちょっとわからなくなっちゃってる。このままでいいのかな」
 それは、どうなのだろう。はるこが逃げたいなら逃げればいい。僕はそう思ってしまう。でも、はるこは周りにことを考えずにはいられない。自分ではなく、周り。はるこらしいと言えば、はるこらしい。僕の方こそ、一体どうすればいいのか……。
「僕はさ、はるこが楽しくて、嬉しいなら、それでいいよ。周りがどうとかじゃなくてね。だから、はるこがそういう道に進める方へ行くし、そうしたい」
 ああ、言えた。今度はすんなり出た。あっちへこっちへふらふらしている僕だけど、きっと今そう思っていることに間違いはないはずだ。そう確信したからこそ、すらりと言えたのだ。これでいい。きっとこれでいい。
「ありがとう、アキ」
 結局はるこは周りのことを考えずにはいられない。そんなことはわかってるんだ。僕が何を言おうとそこは揺るがない。だからこそ、僕が言えるのはこんなことくらい。そうさ、最初からそうだった。僕は基本的にはるこの側にいてやることしかできない。それは変わっていないんだ。
「じゃあ、わたし寝るね」
「おう、おやすみ」
 小さな体をパタパタさせて、はるこは部屋へと戻っていく。その後ろ姿からは、さっきバトル場で感じられたものは一切感じられなかった。
「結局、どうすんのかねえ」
 途端にロビーが広く感じられる。ポカンと隣が空いた気がして、寂しい。
 サエさんとのことを思いかえしてみても、はるこには人を惹きつける力がある気がする。僕もそれに、嵌った気がする。それが今は、心地よいのかもしれない。

早蕨 ( 2012/11/14(水) 23:24 )