二章
[2-8]
 ポケモンセンターの構造は、シオンタウンと変わらない。地下がバトル場になっており、例によって夜は地下三階しか使えない。この地下三階が丁度いい。誰にも知られない、地の底で狂った村の住人同士が戦うには、おあつらえ向きだ。
僕は一足先にバトル場へ入っていった二人の後を追い、ゆっくりゆっくり薄暗い階段を下りていた。カツンカツンと、靴の音がフロアに響く。この前は、はること一緒にここを下りていた。役に立とうと、僕自身の強さを確認しようと必死だった。けれど今はそうじゃない。ただにやにやしている。はることはるこを捕まえに来たやつが戦おうとしているのに、それを楽しみにしている。この掌の返しっぷりに自分で笑えてくる。はるこ、ごめんな。僕もナオトやサエさんと変わらないや。

 カツン、と最後の一段を下りた僕はその扉の前に立ち、その扉を開いた。
隙間から中のライトが漏れてくる。まぶしいくらいの光だ。扉を開く毎に、その光の量は多くなっていく。完全にそれが僕を照らしたとき、僕はバトル場の光景を目の当たりにする。
もう、バトルは始まっていた。
11番道路で見た、向かい合う二人なんてもんじゃない。これはポケモンバトルじゃない。スポーツじゃない。ルールがない。ただの、殺し合いだ。
 中に入って、すぐにドアを閉めた。一瞬たりともこの光景を見逃したくはなかった。
「サワムラー! とにかく、とにかく今は、かわすぞ!」
 ナオトがサワムラーと共にバトル場で踊っている。逃げ回り、逃げ回り、ひたすら体を動かしている。鋭い刃を両手に持ったストライク六匹に囲まれ、迫りくる斬撃をひたすらかわしている。代わる代わる来る、リズムの良い斬撃ではない。変身ストライク達六匹は不規則に、うねるように動きながら攻撃を繰り返していた。……あれが変身したメタモンの動きか? 本物のストライク顔負けというか、本物のストライクとは何か違った、変身ストライク特有の、とでも言うべき動きがナオトを責める。はるこなど、外で涼しい顔をしながらそれを見ているだけだ。かわせなかったら、下手したらばっさりいくというのに。
「いち! スピードスター!」
 はるこの叫びとともに、一匹のストライクが振ったその刃物のような片腕から、星形のエネルギーが放たれる。不規則な攻撃をかわすのでやっとだったナオト達は、そのスピードスターを側面からくらってしまう。足止めにしかならないが、そのスピードスターは確実にナオトの体を切り裂き、サワムラーをひるませた。
「に! さん! し! 合わせてエビワラー! ご! ろく! 合わせて私とスターミー!」
 はるこはまるで練習だった。その掛け声に合わせ、メタモン三匹は寄り集まってエビワラーに変化。残りも集まってスターミーへと変化する。速すぎる。それにどちらも尋常じゃない大きさだ。スターミーは見たことがないサイズだし、エビワラーなんて、サワムラーの三倍以上ある。
 スピードスターのおかげでひるんだせいで、ナオトとサワムラーはゆうゆうとその変身を許してしまった。耐えきったと思ったら、目の前には巨大なエビワラーだ。休む暇もない。
 そして、そのパンチはとてもかわせるような大きさとスピードではなかった。すぐに巨大エビワラーから打たれた連続パンチが、ナオトに直撃する。車が前から一瞬で何度もぶつかってきたような衝撃だろう。全身でそれを受けたナオトはボールのように吹っ飛び床を滑って行く。摩擦に従ってやがて止まると、体をピクピク揺らしながら動かなくなった。苦痛の声も出さない。
 サワムラーはそんなナオトの方へ寄ろうとしたが、それをやめてすぐにはるこに向かってその伸縮自在の足を一直線に放つ。はるこを止めれば終わると思ったのだろう。
「あーあー。それじゃ駄目だよ」
 相手になってない。バトルにもなっていない。
 はるこも変身スターミーも、身のこなしがナオトの数段上だった。いとも簡単に、それも前へ走りながらすれすれでかわした一人と一匹は、まるでテッカニンの如く、スっとサワムラーへと距離をつめる。流れるような動作だ。左腕がないバランスの悪い状態で、あんなに速く人は動けるのか? なんでスターミーと同じスピードで迫れる? 
最初会ったときもそうだった。一足飛びで距離をつめ、クチートの口を使っていた。
「水鉄砲!」
 片足を上げたままのサワムラーは、懐に入ったスターミーの水鉄砲をまともに浴び、体が宙に浮く。鋭い勢いのそれが、サワムラーを宙へ押し進める。
「ストップ! いくよ!」
 スターミーは水鉄砲を中止する。サワムラーは宙。はるこは水平になったスターミーを右手一本で持つ。近くに寄ってきたエビワラーが、はるこを片手で持つ。ここまで予定調和とでも言うのだろうか。あまりに流れるように、なめらかな連携が繰り広げられる。
エビワラーが木の棒でも降るように、片手で持ったはるこを振った。その勢いで、はるこはスターミーをフリスビーの要領で投げる。勢いよく宙にいるサワムラーへ向かっていくスターミーは、途中で一気に回転速度を上げる。鋭い勢いをつけられた、超高速スピン。
「ああ、これは終わった」
 回転したスターミーが、宙で無防備なサワムラーへ直撃する。体を抉られ、体から何か吐き出すかのような醜い声がサワムラーから漏れた。落下するサワムラー。ゆうゆうと回転をゆっくり止めて浮遊するスターミー。はるこを大事に地面へ置くエビワラー。
 そして。
「メガトンパンチ」
 最後に、無慈悲な言葉が耳に届いた。スターミーの高速スピンをくらい、やっと地に落ちたサワムラーに向かって、エビワラーが走る。一歩がでかい。更に速い。サワムラーの手前で、あの巨体が軽く飛んだ。もう動けないサワムラーの上空の入り、その拳を、落とした。
 ボン、とサンドバッグを強烈に叩いたような、乾いた音が響く。
 その音が、最後だった。
「……すげえ。これが、はるこか」
 その鮮やかな猛攻に、僕はひたすら震えていた。恐ろしいのか、わくわくしているのか、自分ではよくわからなくなっていた。僕はこんなのとシオンタウンで戦おうとしていたのか? その村のやつらは、こんなのを連れ戻そうとしたのか?
 無理だろう。人数を揃えればとか、強いトレーナーを用意すればとか、将来を期待されるような少年を送ってくるとか、犯罪者をけしかけるとか、そんなのはるこからすれば無でしかない。眼中にないのだ。力の差が、ありすぎる。僕がナオトとバトルをすれば、まあまあいい勝負になると思う。勝てる自信はある。だが、それだけだ。
 はるこの力は圧倒的すぎた。これでまだ、あの腕のない方を使っていない。本気なんかきっとまるで出しちゃいない。メタモンだって、六匹同時の変身を見せていない。村に下りてくるバンギラスを止める者として、これだけ相応しい人間とポケモンもいないだろう。
 僕をこれまで何度も打ちのめしてきた俗に言う天才達。はるこは確実にそれに並ぶ。もしかしたら、今までで一番強いのかもしれない。
 僕はその光景を見つめながら、動くことなく、立ち尽くしていた。


早蕨 ( 2012/10/07(日) 20:15 )