二章
[2-7]
「うん。話すよ」
 はるこはゆっくりと口を開いた。僕は目を開く。ナオトもゆっくりと首を上げていた。
「アキにもわかるように話すね。まず、私の村はシロガネ山の麓にあるの。今はもう名前も知られていない村。小さいわけじゃないし、人もいっぱいいる。でも誰も外からはやって来ない。アキも知っていると思うけど、あの辺は野生のポケモン達がもの凄く凶暴なの。地面も荒れてるし、それに、あそこに入れるのはリーグバッヂを集めきった人限定でしょ?」
「ああ」
「しかも目的地は皆シロガネ山の頂上。ちょっと気づきにくい場所にある私達の村になんて、絶対入ってこないの。私達も外へは出られないしね。……私は、そんな村で育ったの。普通の村の子ども。他の子ども達と同じように育った。でもね、途中から私は、ポケモンを扱うのがうまいって言われて、村長の元に預けられた。その村ではそれが名誉なことだったの。村長の一団に入れば、村の外へ出る許可も下りることもあるかもしれないし、村を守る集団として、その家族も周りから良い目で見られてた。その中で私はバトルの練習とか、体力をつける特訓とか、そんなことばっかりしてた。ナオトも、同じだよね」
「……そうだぞ。俺は入ってそんなに長くないから、お前のことなんて見たことなかったけどな」
「うん。そうだよね。……私は、その中でも一番強かった。誰にも負けなかったし、誰よりもポケモン達と仲が良かった。そんな私の元に、この子達がやってきたの」
 そう言ってはるこは、腰のポーチをポンポンと叩く。
「村の秘密。代々受け継がれてきたメタモン。……アキ、メタモンってどうやって繁殖するか知ってる?」
「そういえば、知らないな」
「誰も見たことないって言われているこの子の繁殖方法はね、分裂なの。どんな条件でどんなタイミングなのかはわからない。ただ、人が居る前では絶対に分裂しないみたい」
「それじゃあ、メタモンはいっぱいいるのか?」
「そうだよね。増えちゃうよね。二匹が四匹。四匹が八匹って。しかも六対いるわけだから、すぐ増えちゃう。でもね、私の村では、分裂した二匹をひたすら闘わせてきたの。どちらかが死ぬまで」
 なんだか遠い世界の話のようだ。そんな世界が、この地方にあるのか。
「残った強い方が受け継がれて、分裂したら闘わせて、その繰り返し。私はずっと、一人別の訓練を受けてた。自分の分身をひたすら殺し続けている、この子達と」
 僕もナオトも、はるこの話に聞き入り始めていた。次にどんな話が出てくるのか、想像もつかない。
「訓練を受けたメタモンが分身する。分身したメタモンにも訓練を受けさせ、戦わせる。片方は死に、片方は受け継がれる。訓練を多く積んでいる方が勝つことが多いけど、訓練の少ない方が勝つこともある。それぞれ皆、違うメタモンだから。そうやって異常なことをやりながら強さを高め、保ち続けていって、今に至るの」
「な、なんで、そんなことを?」
「私達の村が、シロガネ山のバンギラスに襲われるから。一年に一回、麓に下りてくるそいつを追い返すために、私達がいるの」
「そうだぞ。お前、それを知っていてなんで逃げたんだ」
 ナオトは責めるようにそう言った。なるほど、それなら、連れ戻そうとするのもわからなくはない。
「でもね」
 そこではるこは一呼吸置いた。ナオトの顔をじっと見て、唇を噛む。そして、今までにない悲しそうな顔をして、声を震わせ、言葉を吐いた。

「全部、やらせなの」

 僕でさえ、何がこみ上げてくるものがあった。心臓がはね、一瞬怒りを覚えた。村を守るため、分裂した同族を殺し続けてその強さを高めてきたメタモンの行いが、意味のないものだったとしたら、その事実は、少し、重すぎる。
「はるこ……なんでそれを」
「言っても意味がないの。村長が嘘といえば、それは嘘。それまではバンギラスがいるから村に居なくちゃいけないって思ってた。そのためには私の力が必要だって思うこともあった。絶対に納得いかなかったけどね。でも、仕組まれていたことだから。意味のないことだから。もうこれ以上、メタモン達に何もしてほしくなかったから。そして私も、一度は外に、出てみたかったから」
 なんだそれ。なんだその世界は。無茶苦茶だ。閉鎖された村での昔からのしきたり。その村長も、もはや悪気があるとかないとかいうレベルではない。ただ続いてきたからそうしているのだろう。はるこがどうなって、ナオトがどうなってとか、そんなこと、絶対に考えていない。村長も含め、村中が洗脳されている。はるこだって、どういう経緯で騙されていることに気付いたかは知らないが、村から出てきたら村が滅びかもしれないと思ったことがあるはずだ。小さいころから、一年に一度の恐怖に晒されてきたはずなのだから。
「おい、だったらどういうことだ。俺は、ずっと騙され続けてたってことか? じいちゃんは嘘をついていたってことか?」
「そう……」
「おいお前、俺を騙そうとしてめちゃくちゃなこと言うな。そんなのには騙されないぞ。なんだそれ、意味不明だぞ。お前がそのメタモンを受け継いだのは知ってた。そういうのがあることも、少しだけじいちゃんに聞いたことがある。村の秘密を教えてもらって、俺は、そこに近づいていたんじゃないのか? なんだよそれ。どうなってるんだよ」
「全部、本当のことなの」
「じゃあそれを証明してみろよ」
「待てばいい。村は、襲われないから」
「そんな……じゃあ、じゃああいつは! あのカイリューのやつは一体何なんだ!」
 ナオトの方がめちゃくちゃだ。きっと、ただ信じたくないだけだ。ナオトにとって、それだけそのじいちゃんというのが大きい存在なのだろう。
「あれは、別の組織の人。うちの人じゃない」
「……は?」
 次から次へと出てくるはるこの話に、もはやナオトはついていけなかった。
「ここ十年かそこら、山のバンギラスは下りてきてないらしいの。あの山に住み着いたらしい誰かが、ずっとボスの座にいたバンギラスからその座を奪ったらしくて、それ以来来てない。だから、村に来てるのは、意図的に差し向けられたバンギラス」
「差し向けられたって、誰に?」
「ロケット団」
「なんだよそれ。空に行きたいやつらの集まりか?」
 ロケット団は、十年以上前に潰れた。復活するかもしれないなんて話は何度も出ていたはずだが、それはどれもこれも噂話レベルだったはずだ。
「悪いことをしている集まり、らしい。私もよく知らない」
 僕がいくつのときだったかは覚えていないが、小さいころ、ロケット団が潰れたという話はカントー地方で有名だったと思う。僕も詳しいことは知らない。非人道的な集団だったということくらいだ。ナオトがロケット団のことをまったく知らないのは無理もない。
「そいつらが、何なんだ?」
「バンギラスが来なくなった村に、取引を求めてきたの。村側が用意できない、凶暴なバンギラスをわざと村に寄こすから、代わりに子どもを寄こすのと、メタモンや私達にしている訓練法を教えろって。他にも何か取引しているかもしれない。私がわかるのは、そこだけ」
 なるほど。非人道的な集団だから、子どもを使って何かする気だろう。訓練法も、復活のためだ。まったく滅茶苦茶な話だ。
「カイリューの人は、多分、ロケット団から送られてきた人」
「サエさんもか?」
 咄嗟に僕はそう口にしていた。
「多分、そう」
 それなら、青年とナオトが別々に来るのもなんとなく納得いく。村とロケット団が繋がっているなら一緒に来てもおかしくはないかもしれないが、別に協力関係にあるわけではないのだろう。メタモンを横から掠め取ろうとしているだけなのかもしれない。
 はるこの話は筋が通っている。青年のことも、ナオトと青年のことも、逃げ出してきた理由もだ。
「信じられないぞ。そんな話……」
「信じられないのは、私も同じ。でも、本当なの」
「嘘だ! そんなの嘘だ! じいちゃんは嘘をつかない!」
 ナオトは不安そうな顔をしながら怯えている。言いながら、少し信じてしまっている自分に。
「無理だぞ。初めて俺のことを認めてくれたのがじいちゃんだったんだ。そんな話、信じられない。納得できないぞ……」
「どうすれば、納得する?」
 何故だ? 何故はるこは自分を捕まえに来た奴にここまでする? 確かに、村の人は全員被害者なのかもしれない。助けたいという気持ちを持つのもわかる気がする。でも、話を聞いている限り、はるこもメタモン達も村に戻されでもしたら何をされるかわからない。どんな仕打ちを受けるかわからない。そんな状態でどうしてナオトに優しくできる?
「いいじゃないかはるこ。無理なら帰ってもらえ。こいつ自身がそのじいちゃんとやらに聞いてみればいいんだ」
「でもそれじゃ、ナオトが何をされるかわからないよ」
「それでいいんだよ。お前は少し自分の心配をしろ。僕ははるこを手伝うために一緒にいるんだ。それ以外はどうでもいい」
 ナオトのために、時間をいっぱい割くわけにはいかない。明日にはここを出発するんだ。
はるこを船に乗せる説得もしなくちゃいけないし、それが無理ならどうするか考えなくてはいけない。
「お前はもう帰れ。どうせやり合う気もないんだろ」
 項垂れたナオトは、僕の言葉にピクりとも反応しない。完全にはるこの話に揺さぶられている。状況的に信じてしまいそうな自分と、絶対に信じることが出来ない自分とせめぎ合っている。これはもう、僕らは関係ない。こいつ自身で答えを出すしかない。
「はるこ。明日にはここを出る。僕達は早目に」
 寝よう。そう言いたかったが、突然、ナオトは勢いよく顔を上げ、僕の言葉を遮る。
「俺とバトルをしてくれ」
 僕は驚きの顔を向け、はるこは納得したような顔をした。「いいよ」と即答したはるこは、すぐに立ち上がる。
「悪いぞ。俺、お前に負ければ、納得出来るかもしれない」
「うん。それで納得できるんだったら、その方がいい」
 ナオトも立ち上がり、はるこはスタスタと部屋を出ようとする。
「お、おい!」
「アキ、ごめん。私、どうしてもナオトに今納得してもらいたいの。このまま帰したら、きっと危ない目に合う」
 ガラりと戸を開け、はるこは行ってしまう。きっと、地下のバトル場だろう。ナオトもその後をついていく。突然一人にされた。どうしてはるこはああなんだ。
「……まあ、いいか」
 はることナオトの行動にもやもやしながらも、そのバトルに少しだけ期待している自分がいた。力の差を見みてみたい。ナオトがどんな風にやられるか見てみたい。はるこ相手に善戦するのか、一瞬でかたをつけられてしまうのか。それとも、何かの間違いで勝ってしまうのか。
 僕も二人の後を追う。部屋を出て、右へ。二人は並んで歩いていた。特別に訓練を受けた二人。洗脳された村の一員。どんなバトルになるのか。「ころしちゃだめだよう」といつも言っているはるこのバトルが、やっとちゃんと見られる。
 そういえば、あの左腕の話には触れなかった。逃げる途中に捕まってとかなんとか言っていたけど、あれもきっと村の中でのことに違いない。
 なんだか僕はわくわくし始めていた。言っていることと思っていることが違いすぎる。人なんてそんなものだなんて、都合の良いことまで考え始める。いやらしい。僕が一番、人に嘯いている。何がはるこの心配だ。心の底じゃ、自分でも何を思っているのかわかりゃしない。階段を下りる二人が、僕には下へ下がっていくだけに見えなかった。何か危ない、どうしようもない地の底へ行っているように見える。真っ暗闇の中で、二人を取り巻くのは大人の醜い欲望と、過去からの呪い。ナオトに納得させようとしているはるこも、そこでもがいている。今までは頭をだし、手をだし、光の当たる地上へ体を出そうとしていただけだ。
「面白いなあ。本当に、面白いなあ」
 僕がバトルをするわけじゃないのに武者震いしてしまうほどにわくわくし始めて、いよいよ自分がおかしくなったかと思った。僕だっていかれているのかもしれない。洗脳されているのかもしれない。きっと僕だけじゃないんだ。皆何かに洗脳されている。洗脳の連鎖が、今もなお続いている。ふふふ。ひひ。なあはるこ。お前は一体何になりたいんだ? 何をしたいんだ? 村を洗脳から解いて、その後に何を求める? お前は人に、何を嘯く?



早蕨 ( 2012/09/26(水) 21:49 )