二章
[2-6]
 その後、突然青年がおじいさんを人質にとり、ポケモンを奪い取ろうとしたということ。それを止めるべく僕とはることナオトが応戦したこと。その際ナオトが青年をサワムラーで吹き飛ばしたこと。カイリューははることメタモンが倒したことなど、その時の状況を交番でジュンサーさんに詳しく説明させられた。隠したいところは適当に言い、多少事実を曲げて話した。
 周りの証言もあり、とりあえず、この件はポケモンを盗み取ろうとした青年が犯人ということで幕を下ろした。実際にはそれほど長くなかったかもしれないが、変に疲れていた僕はやたら長いこと細かく聞き出されていた気がした。
 ナオトは途中で目を覚まし、ずっと僕らの隣にぼうっと座っていた。まだ休んでいた方が良いんじゃないかと言っても、聞こえていないのか、そこを動かなかった。

「なあはるこ」
 帰されたのは、日が沈んでからだった。クチバシティの重苦しい雰囲気の中を僕達は歩く。誰も何も喋らない。
そういえば、今日はナオトがはるこを一日見ている日だなんてことは、すっかり忘れていた。まったくあの青年は一体なんなんだ? ナオトも知らないようだったし、どこの回しものだ? そちらの方も気になるが、僕にはそれよりも気になることが一つあった。
「なあはるこ」
「なに?」
「気づいたか?」
「何に?」
「ナオトのこと」
「うーん」
「どうなんだ?」
「いきなり、それかあ」
 寂しそうにするはるこの顔には、さっきの怒りはもう見えなかった。ただの、さびしそうにしている少女だ。
 僕たちはクチバシティのど真ん中で立ち止まる。後ろからトコトコとついてきていたナオトも、俯いたまま止まった
「ナオト。今日一日見てどうだった?」
 二人で後ろを振り返り、もはや戦意喪失しているとしか思えないナオトを見つめる。
「俺にはもう、わけがわからないぞ。もう何がなんだか。……悪かったぞ。暴れて」
「質問の答えになっていない」
「とりあえず、何もする気なんて起きない。俺一人がじいちゃんにここへ送られてきたはずなんだ。なのに、あの変なやつがきた。俺は信用されていないってことなのか?」
 信用とかなんとか、その辺のことはよくわからないが、とりあえず何もする気はない、ということだろう。
「じゃあもうお前は帰れ。もどってそのじいちゃんとやらに聞いてみろ」
 僕はもうナオトとはここで別れるつもりでいた。余計な情なんて少しも持ち合わせていない。何もしないなら帰ってもらう。それだけだ。
「帰っても、俺は何も成果を上げていない。怒られるだけだぞ」
「そんなの知らん。何もする気がないんだろう? じゃあ帰れ」
 ナオトはそのまま返答せず押し黙ってしまう。困ったら黙り込む。本当にただの子どもだ。ナオトを見ていると本当にそう思う。見ていて苛立ってくることさえもうない。
「ちょっと待って。ナオトに少しだけ話をさせて」
 それでもはるこは、こうやって救いの手を差し伸べる。誰であってもこうなのだろう。羨ましくも思うし、僕には到底できないことだ。
「話して、どうする気だ?」
「多分ナオトは知らないの。あの村の、本当のことを」
 はるこの言葉に、ずっと項垂れていたナオトが初めてピクりと反応を見せて顔を上げる。
「……本当のこと?」
「そう。アキにも、話しておきたい。何で私が逃げ出したのか」
 夜はもうとっぷりと更けていた。まるで僕たち三人だけがこの闇の中に身をおいているように、周りには誰もいない。
「場所を変えよう。ポケモンセンターに戻って、ゆっくり話そう」
 今にも話しだしそうだったはるこを制止し、僕達は夜のクチバシティを歩いた。本当にもう誰も喋らない。各々いろいろなことを考えている。ナオトはあの青年が一体なにものなのか、僕ははるこが逃げ出してきた理由について。そしてはるこは……。こいつは一体、何を考えているのだろう。


 ポケモンセンターで、昨日と同じ宿が取れた。まったく同じ顔つきのジョーイさんに、まったく同じ手続きをする。にこりと笑った顔で、「ではごゆっくり下さい」僕は苦笑しか浮かべられなかった。相変わらず機械みたいだ。
ナオトも昨日みたいに何も言うことはなかった。はるこも、すました顔でいる。二人も、機械みたい。
「いくよ」
 僕の言葉に、二人はついてくる。
はるこが逃げてきた理由がこれから話される。僕は別にそんなもの知らなくてもいい。でも、ナオトが知らないのは何故だろう。一体この子は何に使われているんだ? ただやられに来て、何がしたいんだ? ポケモンセンターの階段を一つ上がり、二階の通路へ。左へ進み、そのまま歩く。昨日は道のりなど何も気にしなかったが、今日はあの部屋へどう行くのか頭で考えてしまう。なんだか僕はそわそわしている。
靴がすれる音。点滅したライト。前を歩く旅のトレーナーとすれ違う。顔をちらと見ただけ。周りのことが何もかも気になってしまう。
 扉の前につく。僕はそれを無言で横に引く。両側に二段ベッドが二つ。僕はそのまま部屋の中へ進み、奥の窓際に寄りかかった。
「ここなら大丈夫」
 二人はベッドの柵へ向かい合うように腰をかける。しばらく無言が続いた。ナオトは首を垂らしている。はるこはなかなか喋り始めない。どう喋るのかまとめているのか。僕は目を閉じて、話が始まるのをまった。

早蕨 ( 2012/09/22(土) 01:10 )