きみに嘯く - 二章
[2-4]
 ふいうちを受けたカイリューは追撃に備えるためすぐに身を起こしたものの、サワムラーが動くことはもうなかった。
「終わりだぞ。カイリューだけダメージを受けて、フェアじゃない」
 ナオトはそう言うとすぐにカビゴンの元へ駆け寄ってしゃがみこむ。うつぶせのまま頭をぽんぽんと叩かれ、ナオトの方へ向けたその顔は、満面の笑みだった。
「なんだお前。俺を助けようとしてくれたのか?」
 カビゴンは身を起こして草むらの上に座ると、ナオトに向かってコクンコクンと首を縦に振った。邪魔されたことを怒るわけでもなく、ナオトはカビゴンと同じように嬉しそうな笑みを浮かべる。
「ありがとうだぞ」
 その言葉に、カビゴンは嬉しそうに体を揺らす。サワムラーも腕を組んでうんうんと頷いていた。
「やあ、君のサワムラーもそのカビゴンも凄いパワーだね。このカイリューが力負けするとは」
 カイリューへ寄った青年も、邪魔されたことを怒るようなことはなく、ただその巨体を撫で、「お疲れ様」と声をかけてからモンスターボールへ戻す。
「悪かったぞ。俺の友達が邪魔した」
「いいやいいんだ。体を動かせれば、それでよかったんだからね」
「ありがとうだぞ」
 二人は歩みより、そのまま握手をかわす。どうなることかと思ったけど、とりあえず何もなくてよかった。

 さっきのバトルを見ていて思った。ナオトとサワムラーはそこまで強くない。僕達でも勝てる、ということではなく、ナオトはきっとはるこに勝てないだろう。確かにナオトとサワムラーは強い。でも、昨日見たあのメタモンの変身能力や、サエさんの言葉。そして、僕自身がはるこから感じる異質感。どう見積もってもナオトは勝てない。
 また随分普通の追手を寄こしてきたものだ。
でも僕はそんなナオトのことが嫌いじゃない。あの自信に満ちた目が、昔の僕を思わせる。まだ、自分が強いと思っていたころの僕を。ナオトもはること戦って、それを味わうことになればいい。才能ある者に踏みつぶされ、ショックを受けろ。そうなったとき、ナオトがどんな反応をするのだろうか。僕みたいに、惰性ながらも一矢報いようとするだろうか。
 ナオトを見ていると、最早僕は追手として気にするというより、井の中の蛙の少年としか思えなくなった。はること戦わせてみたいという気さえする。それは駄目だと思いながら、この少年のプライドが崩れ去る瞬間を見てみたい。
「ねえアキ。かわいいね。ピッピだよ」
 はるこがピッピを両手に抱きながら僕を見上げていた。ふっくらしたピッピの顔が、はるこの小顔と縦に並んでいる。
「本当にかわいいね。僕ピッピってこんなに柔らかい生き物だとは思わなかったよ」
 あのバトルを終えた後、僕らはポケモン大好きクラブの建物へと戻り、そのままお邪魔していた。ナオトはここに来るまでですっかりカイリューを持つ青年とも意気投合してしまい、最早ただ遊んでいるだけだ。はるこも思い切り羽を伸ばせているようで、大好きクラブに集まるたくさんのポケモン達と戯れていた。
 大きな空間に、たくさんの人とポケモン達がいる。ボールやちょっとした遊具も置いてあり、完全にただの遊び場だ。中央に置かれたテーブルには果物やポケモンフーズが乗っており、マクノシタとマンキーが仲良くそれを満喫している。
 ナオトははること一緒に遊んでいた。ピッピやプリン。キレイハナやニョロモといったポケモン達がこの部屋でかかっている陽気な音楽に合わせて踊っている。はるこのメタモン達もボールから飛び出し、はること一緒に楽しそうに体をくねらせていた。
 流石にこのチビ軍団に参加する気は起きないのか、笑いながら踊っているナオトの後ろでサワムラーが目を閉じ、足を組んで座っている。それと、先ほどのカビゴンはめでたくナオトのポケモンとなった。僕が余っていたモンスターボールをナオトにあげたのだ。喜んでモンスターボールに入ったカビゴンは、今はナオトの隣に座っていて、小さなポケモン達のアスレチックと化していた。
カイリューの青年は、先ほどの老人と何やら話し混んでいる。
 こうやって見回すと、はるこの側でただこの光景を眺めている僕が一番馴染めていない。
 思えば僕はナオトとは違い昔からこんな風だった気がする。なじめなくて、バトルの事ばかり考えていて、強くなれば皆がちやほやしてくれるから、それが嬉しくて、その繰り返しだった。今は、どうなんだろう。誰もちやほやしてくれなくなって、僕は、何をしたいのだろう。
 こんな事を考え、浮かない顔をしていると決まってはるこが話しかけてくれる。大丈夫? 一緒に遊ぼうと言ってくる。目の前の少女が、僕は羨ましい。強く優しく楽しく。僕もこう、なりたかったな。
 
 はることナオトがそのまま遊び続けているようなので、僕は一人大好きクラブの建物を出て風にでも当たりにいくことにした。さっきの老人はここの会長らしく、一緒にどうだということでお昼までいただいてしまってから、ますます二人はここが気に入ったようだ。
「二人でも別に大丈夫だろ」
 僕はポケモン達と遊んでいる二人を確認してから、陽気な音楽が流れるそこを後にした。
外に出ると、港町特有の風がひゅるりと頬を打つ。聴こえていた音楽と騒ぎ声がかすかに聴こえるだけとなり、僕の耳は風の音を感じ取る。少し強くなってきたかな。
「良い町だね。特別飾ってないし、寂れてもいない」
せっかく一人になった良い機会なので、僕はクチバの町を眺めながら、今までのこと、今後の事を考えることにした。
 追われているはることは、ヤマブキの東ゲートで出会った。絡まれているところを発見し、成り行きで一緒に行動を共にした。サエさんと出会って、微笑ましい光景を見た。今でも僕は鮮明に覚えている。それから、イワヤマでの爆発事件。僕が詳しくサエさんに問い詰めなかったから細かくはわからないが、結局サエさんの仕業だったはずだ。あれははるこを引き込むもののはずだったけど、はるこはその先へ進まなかった。僕がいたからだ。……そういえば、あのときはることジュンサーさんは妙な空気になっていた。確かジュンサーさんは元に戻りつつある、とかなんとか言っていた気がする。あれは、何なんだろう。はるこも怖い顔をしていたし、この逃亡に関わってくるのだろうか。これに関してははるこに聞いてみる必要があるかもしれない。
その後、ポケモンセンターの地下で追ってきたやつらをサエさんが倒し、地下に誘い込もうとした僕らの前に姿を現した。今思えば、あれはただはること僕を信用させようとしただけなのかもしれない。
 なんだかわざとらしいし、結局最初から疑ってかかっていたから意味はなかったけれど。
「あれから、まだ二日しか経ってないんだよな」
 そう考えると、展開が早い。サエさんの失敗がはるこを追う主犯格に伝わった後、ナオトが送られてきたとしたら、あまりに早すぎる。しかし、あまり派手に捕まえようとはしてこない。焦ってはいないということだろうか。送られてきたのも、到底はるこを捕まえられるとは思えないナオトだし、捕まえる気があるのだろうか。
 そう思うと、この逃亡もなんだかそれほど大変じゃないように思える。あんまり切羽詰まったものでないに越したことはないから、それでいいのだけれど。
「とりあえず、ナオトをどうにかするのが先かな」
 自分でそうは言うものの、既にナオトはどうにかなっている気でいた。あれなら僕がやりあっても十分抑え込める。
随分と気が楽になった。
僕はクチバの風でふわりと浮かべるような面持ちで、それからしばらく町を歩き続けた。昔のことも先のことも考えず、ただ流れに身を任せた。こんな風に歩くのは随分久しぶりな気がした。そんな風に感じるほど、僕ははるこのことを重く考えていたのだ。もうしばらく、この感じを味わってから戻ろう。僕はあえて大好きクラブの建物の周りを避け、クチバシティを歩き続けた。

 クチバの雰囲気を心行くまで楽しんでから大好きクラブの建物へ戻ると、僕はすぐ異変に気付いた。中が静かだ。かすかに漏れていたあの陽気な音楽が聴こえない。中から楽しそうに騒ぐ声もだ。なんだ。何が起こった? ナオトの顔が一瞬頭に浮かんだ。もしかしてはることやり合ってるのか? 約束を破られたのか? そんなはずはない。ナオトは今日何もしないはずだ。根拠はないけれど、僕はそう信じている。でも、この状況、ナオトが何かやっている以外に見当もつかない。
 僕は落ち着いていた。ナオトでははるこに勝てないと確信しているからだ。それどころか、ナオトのプライドが打ち砕かれるところを見たいとさえ思っている僕は、中の様子を早く見たい衝動にかられ、ドアノブに手をかけ一気に引いた。
 大部屋。ポケモン達。集まる視線。僕は、緊迫した雰囲気を一瞬で理解した。

早蕨 ( 2012/09/18(火) 10:01 )