きみに嘯く - 一章
[1-3]
 はるこがきっと僕に感じているであろう「良い人」という意味で、僕は仮にも良い人と呼べるような人ではなくて、良い意味でも悪い意味でも僕は普通のポケモントレーナーだ。やたらと面倒事に巻き込まれることもなければ、面倒事に首を突っ込むこともない。特別何かに秀でている訳でもないし、大体は人並みにやれる。
 そんな僕だから、自分が育てているポケモン達の力を全て引き出しうまく育てられているのかと言えば、きっとそうではないのだと思う。
一目でわかった非凡なはることは違うのだ。そんなはるこに惹かれる自分がなんとなく嫌だけど、それが当然だとも思った。
 弱いものが強いものに惹かれるのは、下が上を見上げるのは、当たり前だ。
 僕達は多分、はるこに勝てない。きっと僕が予想した以上にはるこは強くて、才能溢れる、俗に言う「天才」の糧となる。わかっている。そんなことはわかっているけど、それでも僕は、そこに一矢報いたい。僕だって、頑張っている。
 今まで見てきた「才能」ある特別な人達は、いつだって僕を打ちのめしてきたから、そう思う。
 逆に言えば、それ以外のやつらに負けるつもりはない。そこで負けていたらとてもではないけど、自分の上にいるやつらに一矢報いるなんてことはできない。
「ねえ、なんでそんなに怖い顔してるの?」
 下方にシオンタウンが入り、そろそろ降りようというところだった。じっと黙っていた僕の方を振り返り、はるこはそう言って不安そうにこちらをのぞきこんでいた。
 その顔を見ていると、今さっき考えたいたことが半分間違っているようで、まだまだ決めつけるには早い気がした。才能とか非凡とか、はるこは、それ以前にただの不器用な女の子だった。
「じゃあ、そろそろ降りるよ」
 ポケモンに乗って空を飛んで移動する手法は、昔から多くの人が取った手段で、今でもトレーナー達はそれを用いる。ポケモンの体への影響を考慮してそれを使わない人や、長距離移動に関しては空での移動をやめる人、急ぎのときのみだけにする人など様々だ。そんな多くの人が使う移動手段には、一つだけ簡単なルールがあった。着地場所は、ポケモンセンター周辺に。安全のための、そのたった一つのそのルールをきちんと守って、僕はピジョットに降りるよう頼んだ。
 沈んだとも、不思議なとも、不気味なともさえ言える町。他の町とは明らかに違う何かを画していて、来る人によって感じ方はきっと違う。そんな不思議な町に、僕達は降り立つ。先に僕がピジョットから下りて、次にはるこを降ろす。満足気なその顔を尻目に、僕はピジョットを撫でながらお礼を言った。よろしくな、とも言える視線をピジョットから受ける。いつも通りの視線。今日はいつもよりメシを多くしよう。
「ありがとうねー」
 はるこからの礼を受けると、ピジョットは素直に撫でられる。ポケモンの扱いには慣れているようだ。ピジョットが僕に向けるような視線はなかった。まったくこいつは……。
「さ、いこ」
「ああ」
 モンスターボールへとピジョットを戻し、僕は歩き出したはるこの後をついていく。ポケモンセンターを背に、一直線に歩道を歩いていく。メタモンを貼り付けたまま歩く姿が笑えた。……心なしか、歩くスピードがさっきより遅い。慣れた場所だからだろうか。元々僕とはるこでは歩幅が違うため、少しスピードを緩めないと追いついてしまう。だからさっきはそうやって少しゆっくり歩いていたのだが、今はさらに緩めないとすぐに追い抜いてしまいそうだった。落ち着いている、と言えばいいのか。なんの意図もないのか。僕にはわからない。
「なあ、はるこ」
「うん?」
 斜め後ろにポジションを取って歩く僕に向かって、はるこは歩きながら振り向く。
 あぶないやつだ。
「ていっ」
 ペシ、と軽くおでこをはたいてみた。
「うー、いたい」
 額をおさえていた。言葉だけで、痛がっているわけではなさそうだ。
「いたい」
「うん」
「なに?」
「なんでもない」
 あれ、痛かったかな。はるこは涙目で僕を見ていた。
 ……やっぱりどう見ても普通の女の子だ。それも、ちょっと鈍い女の子。さっきのあの動きはどうした。何故避けない。警戒を解かれて、安心されているということだろうか。僕は合格、さっきの男達は不合格。そういうことだろうか。
「もっかいいくよ」
「やー」
 おでこを両手で隠して、はるこは足を速め僕から距離を取った。
「うそだよ、待て待て」
 スピードを戻したはるこに追いつく。今度は横に並んだ。
「アキがぼうりょくをふるった」
「ごめん」
「ゆるす」
「ありがとう」
 許してもらった。はるこは笑っていた。やっぱり、普通の女の子だった。どんなに強くても、やっぱりそこは変わりなさそうだ。


  ■      ■


 はるこが身を隠している家は、シオンタウンの南側の外れにあった。質素なアパートで、とてもじゃないが人を匿えるという風には見えない。破壊光線など打ち込まれたら一発で消し飛んでしまいそうだ。部屋は二階にあるようで、はるこの後をついて登っていく。カン、カン、と響くそのかたい音は、なんとなくこの町の不思議な雰囲気には不似合いな気がした。
 二階へ上がり、左へ折れる。そのまま一番奥の右側の部屋へ。そこらしい。はるこは扉の前で止まると、そのままノブを捻って扉を引く。そういえば、ずっとメタモン三匹を体にへばりつかせたままだ。やっぱり、急襲を警戒しているのだろうか。
「上がって」
「本当にいいの?」
「だいじょうぶ」
何が大丈夫かはわからなかったが、はるこに言われ、僕は肩を竦めながら玄関へ足を踏み入れる。小さな小さな玄関。僕のくつを入れて四足、もうきつい。
 くつを脱ぎ、足を踏み入れる。キッチンを横切って、部屋へ。ワンルームだった。
 その部屋の中央、タンクトップにミニ、という大変さっぱりした格好で、肩膝をつきながらたばこをふかしている女性がおられた。目があった。顔が引きつっていた。いや、予想はしていた。誰かいるだろうって。匿われてるんだから、当たり前。
 肩までかかった黒髪が印象的なその人は、僕の前に立つはるこへ視線をスイッチさせることで怒りの表情へ変わる。続く舌打ち。でも、にへら、と笑い「えへへ」と声に出し微笑んだはるこの表情を見て、その女性は一気に力が抜けたかのように溜息をついた。
 ちょっと気持ちがわかって、僕は苦笑い。
 そりゃあ溜息もつきたくなる。
「ただいま、サエ。見て。おともだちなの。アキっていうの」
 少しの曇りもなかった。溌剌としていて、元気がよろしい。
「おかえり、よかったわね。でもね、はるこ。あんたのアホはそれ以上レベルを上げても上がらないのよ……」
 こちらのお方は曇りばかりで呆れ顔。
 さすがに居づらい。
 帰ろうか。
 再び女性の溜息が聞こえる。
 はるこは首を傾げる。
 僕は「ははは」ともらし、頭をかくしかなかった。





早蕨 ( 2012/04/15(日) 22:19 )