デリバードからのプレゼント - デリバードからのプレゼント
帰る場所
 いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや、これはちょっと予想外だよまずいって死んじゃうってどうすんだよやばいやばいやばい、なんだよあいつら強すぎ、意味わかんないどうなってんだよ無理だよどうやったって勝てない。何がどうなったらあんなに強くなるんだよ、おかしいだろ野生であそこまで強いって駄目だろあいつらそこら辺のジムリーダーのポケモンより強いよ。「ちょっ! アリゲイツ! もういいから逃げよう! 集団相手は無理だ!」悪かった! 僕が悪かったからどうか許してください! って言ったってあいつらは止まらない。くそう、なんなんだよ一体。どうなってんだよ。ジムバッヂを六つもってたら強い部類に入るんじゃないのか。ジムリーダーなんて瞬殺できたはずなのに、なんだってここのポケモンは皆強いんだ。僕は、負けないはずだった。余裕で勝つつもりだったのに、噂以上の強さだ。ゴローンのくせしてイワークのくせして、僕のアリゲイツの水鉄砲がまったく効かない。まるでシャワーでも浴びているみたいに、気持ち良さそうに、何事もなかったかのように攻撃をしてくる。ジムリーダーを六人も破った僕のアリゲイツの攻撃が、ただのシャワーにされてしまっている。一体ずつならまだなんとかなるが、集団で来るともう無理だ。くそう。「ア、アリゲイツ! こっちだ!」後ろからくる、というより転がってくるゴローンの群れから、直角に曲がってそれを避ける。岩陰に隠れ、やりすごす。やっぱり、シロガネ山に来たのは、もとい、侵入したのは間違いだった。あそこはやばい、と言ったマスターの言葉は本当だった。バッヂ六つじゃ勝てない、僕じゃ勝てない。……僕は、弱い。ここは、この山は、僕を殺す。

 容姿が悪く、性格も最悪。何が出来るわけでもない。そんな僕が一つだけまともに出来たのが、ポケモンバトルだった。僕の唯一の誇りだった。僕には親がいなかった。施設に入っていた。その中では、僕が一番強かった。僕がバトルで勝つと、いい試合をすると、皆が褒めてくれた。僕を見てくれた。ポケモンバトルは、僕の心のライフラインだった。それが、全てだった。負ければ僕はただのクズで、誰も僕を見てくれない。僕からポケモンバトルをとれば、もう、何も残らない。水気のなくなった雑巾のように、僕はカラカラになる。そんな風に過ごしていたある日、施設に強い子が入ってきた。かろうじてバトルには勝ったが、僕はこの世界にはもっともっと強い人がいるんだとわかり、恐くなった。自分を脅かす者がいるんだと知って、震えた。だから、僕は施設を飛び出した。この世界で一番強くならなくちゃ気がすまなかった。誰であっても僕のライフラインを潰すことだけは許さない。絶対に許さない。そんな風に恐い顔で旅をしていると、僕は凄く強くなった。アリゲイツと一緒に、ジムリーダーと闘った。最初はハヤトというジムリーダーだった。とっても弱かった。瞬殺だった。その次闘ったツクシも、弱かった。連続切りが必殺技みたいだったけど、そんなものは僕のアリゲイツには効かなかった。その次のアカネも、マツバも、シジマも、みんなみんな弱かった。ジムリーダーなんて偉そうな肩書きの割りに、どいつもこいつも弱かった。でも、ミカンというジムリーダーは強かった。見たこともないポケモン、ハガネールというポケモンを出してきて、こいつがとんでもなく強かった。負けそうだった。僕のアリゲイツが、初めて負けそうだった。でも、僕は勝った。負けたら僕は終わる。カラッカラの雑巾になる。僕はその時点で駄目になる。だから僕はいつだって全力で、寸分も手を抜かなかった、僕は勝った。いつもいつでも崖っぷちに立って闘っている僕は、どうやら強いらしい。負けたら終わりという恐怖に怯えながらも、僕は、この試合でさらに自信をつけた。この地方に、このミカンというジムリーダー以上に強いトレーナーはいないのだろうと思った。勝手に判断した。僕にとって、それは確信であった。わりと長い間旅をしてきたつもりだし、道行くトレーナーにだって負けたことがないし、ジムリーダーだって今までは瞬殺で、だから、強くなった僕が互角に戦い合えるトレーナーに出会えたことは、とても大きなことだった。実際ミカンはこの地方でも上位に入る実力を持つトレーナーだと聞いて、さらに確信を強めた。この地方でなら、もう負けない、この地方は、僕のテリトリーとなった。この地方でなら、僕はもう、カラッカラの雑巾にならずに済む。僕は安心した。唯一のものが奪われなくて、僕の心はもの凄くやすらいだ。僕はまだ、僕でいられる。僕が僕であるための誇りは、保たれる。それは、どうしようもなく嬉しいことだった。そんなある日、僕はシロガネ山という場所があるのを聞いた。この地方のジムバッヂを全部持ち、四天王に勝たなければ入る権利さえないほどの場所だと聞いた。僕の心は、また騒いだ。まだ僕を終わらそうとする場所があるのかと、憎悪さえ覚えた。とんでもなく強いポケモンがいるとは言え、野生のポケモンだ。僕の敵ではないと思った。でも、そこに住み着いている、そんなとんでもないところに住み着いているトレーナーがいるということは、気に食わなかった。僕を終わらそうとする奴がいることが、もう、許せなかった。僕はすぐにシロガネ山に乗り込もうとした。アサギシティの喫茶店のマスターは、やめろと言った。あそこはやばいと、強すぎると、顔を青くしていた。でも僕は、それはあなたが弱いからだと言った。マスターは怒らなかった。ただただやめろといい続けた。僕は言うことを聞かなかった。僕は負けるはずがないと思っていた。少なくとも、山に入るだけならなんの問題もないと思っていた。四天皇なんて倒さなくても、そいつを倒せば僕が一番であることは固いと思ったから、すぐに山へ侵入したのだけれど、僕は、マスターが言っていた「やばい」ということの意味をすぐ知ることになった。この山は、いや、もう山の麓から、その辺をほっつき歩いているポケモンでさえ、ジムリーダーのポケモンよりも強い。山の中に入れば、その強さはさらに飛躍した。僕のアリゲイツでさえ、一匹一匹相手をするのでやっとだった。群れてこられると、どうしようもなかった。初めて味わう敗北に、僕は何がなんだかわからなくなった。体が震えた。恐くなった。泣きたくなった。これで誰も僕を見ないと思うと、それだけで僕は竦みあがった。一対一で勝てるはずのポケモンでさえ、もう勝てないような気がした。アリゲイツと、フラッシュをお願いしているレアコイルと一緒に小さくなって、僕は、ひたすら岩陰で震え続けた。

「なあ君、なんでそんなところに蹲っているんだ?」声をかけてきた人がいた。ゆっくりと顔をあげると、全身真っ赤なトレーナーが立っていた。「あんた、誰?」「俺? レッド」「なんでここにいるの?」「外じゃもの足りないから」「もしかして、あんたここに住み着いてる人?」「まあ、そんな感じ」僕の中身が騒ぎ出した。わあっと体中から何かが噴出したような気がして、僕は、レッドという男をにらみつけていた。僕は、まだ、終わらないかもしれない。こいつを殺せば、倒せば、僕は、僕を取り戻せるかもしれない。こいつさえ、こいつさえどうにか倒せれば!「アリゲイツ! ハイドロポンプ!」即座に反応したアリゲイツが、目の前に立つレッドの正面に向かって、水を放つ。勝った。ふいうちだったら、僕にだって勝てる。たとえこいつが、この山のポケモン皆に勝てるのだとしても、ふいうちならば、僕の勝ちだ。僕の誇りは戻ってくる。僕はまた僕になる。皆が僕を見てくれる。僕を僕と見てくれる。「おいおい、いきなりはひどいじゃないか。やるならちゃんとやろうぜ」「あ……あぁ」レッドは、何事もなかったかのように、ちょっとだけ右にずれて、ハイドロポンプを避けていた。「な、なんで……」「トレーナー自身も強くなきゃいけないって、なんとか団のボスが言ってたぜ」……僕は、こいつに勝てない? 僕は、こいつに勝てない。僕は、こいつに勝てないよ。僕は、終わる。僕はなくなって、僕はどうなる? 死ぬ? やっぱり死ぬしかない? ……。バトルが弱い僕は、独りだ。また、独りになってしまう。こんな顔も悪くて何も出来なくて、頼りのバトルも駄目なんじゃ、僕は誰にも見てもらえない。僕が僕足りえる部分がなくなる。「だ、だめだだめだ……」「なに? ぶつぶつ言ってんなよ。やるならやろうぜ」「お前、死ねよ。お前はやく死んじゃえよ!」僕は、レッドに飛び掛った。こいつを倒さなきゃ僕は駄目だから、もう、とりあえず突っ込むしかなかった。レッドはひらりと身をかわし、僕はすぐに起き上がって再び突っ込む。ひらり、ドスン。ひらり、ドスン。ひらり、ドスン。僕は進むしかなかった。レッドは笑っていた。楽しそうにしていた。こんなバトルでも、楽しそうにしていた。「く、くそう……」「せめてポケモンに手伝ってもらったら? お前のポケモン、辛そうにしてるぜ」「くそ、くそ、僕は、お前に勝たなきゃ」「まあいいや」ひらり、ドスン。ひらり、ドスン。ひらり、ドスン。「ほら、もう諦めろよ。お前の身一つじゃ俺には勝てないって」「うるさい!」「馬鹿だなあ」「黙れ!」「でも、その勢いは嫌いじゃない」ヒラリ、どすん。ヒラリ、どすん。ヒラリ、ドスン「お前、強いんだか弱いんだかわかんねえ奴だな」「うううううううう」「ちゃんとしろよ、そうしたら、お前もっと強いぜ」「う、うう、うるさい!」ヒラリ、ではなく、初めてレッドは、僕を殴り飛ばした。突っ込もうとしたところを殴られたので、僕は横にそのまま倒れた。そんな僕を見てか、アリゲイツが大きく声をあげた。レアコイルも声をあげた。二匹が同時に攻撃するのが見えた。レッドが笑みを浮かべ、腰のモンスターボールに手をかけた。僕も立ち上がった。ただ、突っ込んでいった。

 ボコボコにされた。僕も、僕のポケモンも、皆ボコボコにされた。完膚なきまでに叩き潰され、もう起き上がれないんじゃないかというほど痛めつけれた。レッドは鬼だった。「お前、気失わないのな」「黙れ」「お前、もっと頑張れよ」「黙れって言ってるだろ。僕、あんたが嫌いだ。あんたは僕を殺す。あんたのせいで、誰も僕を見ない。僕はまた独りだ。せっかく積み上げたものが、あんたに全部壊された。だから嫌いだ。僕はあんたを許さない。いつか絶対やっつける」「どうでもいいけど、頑張れって」「あんたとは嫌いだから喋らない」「へへ、俺はお前大好き」レッドは、そう言ってニカっと笑った。「何度も言うけど、頑張れよ。世界中の誰もがお前を見ていなくても、俺はお前を見てるぜ。だから、頑張れ。俺を倒せるように頑張れ。頑張ったらもう一度ここに来い。また俺がぶっ飛ばしてやる。そうしたらまたもう一度頑張れ」「な、なにを……」「だから、俺がお前を見ててやるって言ってんだよ。寂しいんなら、俺んとここいよ。いつでもぶっとばしてやる。でも、俺に勝ちたかったら、お前のポケモンの中でもとびっきり強いアリゲイツだけじゃ駄目だ。全員と仲良くなって、全員で強くなってこい」「余計なお世話だ!」僕は、ほとんど動かない体にむちうって、無理矢理起き上がる。アリゲイツとレアコイルをモンスタボールに入れ、ゆっくりと歩きだす。「どこへ行くんだよ」「ポケモンセンター」「連れてってやろうか」「やだ」「そんな事言うなよ。俺とお前の仲だろ」「知らないよそんなの」「だって無理だろ。洞窟暗いし、レアコイル動けないし」「お前がやったんだ」「いいから手伝わせろ」「来るなうざい」「照れるな馬鹿」レッドはそう言って、僕の背中を叩いた。「痛いよ」「悪いなわざとだ」「知ってる」「そうか」僕は不思議と心地よい気がした。もう僕は僕でいいんだと、そんな不思議な安心感につつまれた。ポケモンセンターへ行ったら再び旅立とうと、僕は決心した。

[了]


■筆者メッセージ
楽しかった
早蕨 ( 2012/02/25(土) 16:21 )