デリバードからのプレゼント
イライラ。チクチク。ぬくぬく。
 引っこ抜かれてイライラ。引っ張られてチクチク。頭がちょっとだけ痛くて、少しだけ痒い。地面に埋まっていた僕、サツマイモが引っ張られるように抜かれる。スポンと出て、視界が開ける。地面だ。もう日が出ている。空から延々と僕を差す光が暑くて、僕ぐでぐで。寝起きもあって、目もシバシバ。誰だよ。「うわあ、君誰?」君こそ誰。「あ、ナゾノクサか」君は誰だよ。頭の草を傾げる。「僕ツカサ」何か用? 「遊ぼう」やだよ。首を横にふる。イヤダイヤダ。もう少し寝ていたい。「遊ぼう」しつこい。「遊ぼう」やだよ「遊ぼう」もう。「遊ぼう」わかった遊ぼう。「ナゾノクサって、本当に土の中にいるんだね」うん。「土の中、寒くない?」僕、暑い方が苦手。空を見上げて、顔をしかめる。「太陽きらい?」ううん。嫌いじゃないよ。「じゃあ好き?」好きじゃない。「よくわかんないね」わかんないよ。「ねえ、遊ぼうよ」わかってるって。「君、水が好きでしょ?」うん。「水かけてあげるね」ありがとう。ツカサはとことこと僕に背を向ける。公園の中。遊具。木。ベンチ。土。花壇。それと水道。ツカサは水道の方へ歩く。ぐるりとその栓を開けるのかと思いきや、ツカサ、素通り。そのまま奥の茂みに。ガサゴソ。姿が見えなくなる。ガサゴソ。何か漁っている? ツカサ、すぐにひょっこりと顔を出す。笑って、腕を出す。何かが握られている。……じょうろだ。茂みから飛び出し、水道に。ぐるり、きゅっきゅ。捻っただけで一筋の水が出てくる。一点に水を落とし続けるそれ、見ていると不思議な感覚になる。小さくなって、あの中を流れてみたい。ぼけっとてきとうなことを考えるうち、ツカサ、じょうろに水を入れて戻ってくる。ヨタヨタ。重そう。「あっ!」転んだ。水、地面にこぼれる。ああ、もったいない。メタモンが潰れたみたいに、水、広がる。ビジャビジャ。すぐに起きて、また水道へ戻る。トコトコと、急いでいるのに遅い。もう一度じょうろに水を入れる。キュッキュ。こっくり頷いて、ツカサ、戻ってくる。今度はゆっくりゆっくり。そっと、そっと。ヨタヨタしながら、ゆっくり、ゆっくり。「やあ、お待たせ」君、どんくさいや。「しっぱいしっぱい。でも、ちゃんと汲んで来たから」ニセモノの雨、僕に降りかかる。サラサラと染みこむ。気持ちいい。冷たい。太陽の光が、心地よい。今なら、いじわるデルビルににほんばれをされても大丈夫。「どう?」気持ちいい。僕、ツカサに笑いかける。ツカサ、僕に笑いかける。太陽は嫌いじゃない。あさのひざしは、太陽が笑っているみたい。上に上ってくると、少しだけ意地悪。沈むころは、寂しそう。「よし、終わり」ありがとう。でも、じょうろがあそこにあるなんて、知らなかった。「これ? うん。この前、あそこにじょうろを捨てた人を見たの」そっか。僕はそのとき寝ていたかも。「もらってもいいよね」いいよ。「これからは、僕が君に水をかけてあげる」え、明日も来るの? 「明日は、来られたら来るよ」明日も、引っこ抜かれてイライラ。引っ張られて、チクチク。でも少しだけ、ぬくぬく。ツカサの笑顔、ぬくぬく。僕も一緒に、ぬくぬく。
 翌日。またスポリと引っこ抜かれる。イライラ。「やあ」やあじゃないよ。「昨日は遊びで草を抜いていたら君が出てきたけど、よく見たらすぐにわかるね」そう? 「うん。凄く、生きてる」生きてるか。僕って、生きてる? 「君はどの草よりも生きてるよ」なにそれ。「なんだろう。うん。君が一番草だよ」だからなにそれ。僕は草だよ。ただの草。「歩いて、笑って、怒って、ぼけっとしてる草。それが君だよ」うん。「いいね。草は草らしく。僕は僕らしく」君らしくってなに? 「僕は僕らしくない。君にお水をかけてあげる僕は、僕らしい」難しいよ。「じゃあ、遊ぼうか」いいよ。何をしよう。「滑り台」うん。僕ら、土の上をとことこ歩く。公園の中。並ぶ遊具。ブランコ、滑り台。くるくる回る玉。前を歩くツカサ、意味もなくトンネルの遊具をくぐる。「わあい!」僕は後をつける。無邪気なツカサ。誰もいない公園に、僕とツカサ。トンネルは楽しい。「滑り台だよ!」ツカサは僕を抱えて階段を上る。カンカンって、小気味よく。「高いね」公園の外を眺めるツカサ、少しだけ嫌そう。そう見える。「滑り台って、すぐ終わっちゃうんだよね」そうだね。「嫌だね。楽しいのって、すぐ終わる」ツカサが泣きそうな顔をする。「楽しいことが、いっぱいいっぱいあればいいのに」あるよ。今、楽しい。「今が続けばいいのに」もっと遊ぼう。僕とあそんでも、あんまり楽しくないかもしれないけど。草だし。「君、進化したい?」気にしてない。「成長して、何かしたいとか、こうしたいとか」ない。そのうち進化する。別にしなくてもいい。「僕、進化したくない。成長したくない。こうなりたいとか、ああしたいとか、ない。ただ、今が嫌なだけ。それだけ。それしかない。つまんない。僕も、生きたい」君は生きてる。僕と遊んでる。「……滑ろうか」ツカサ、僕を抱えたまま滑り下りる。スーッと、少しだけ風が当たる。頭の草が揺れる。気持ちいい。ストンとおりて、すぐ終わる。「終っちゃったね」またやればいい。「楽しいことは、すぐ終わっちゃう。つまんないことは、ずっと続くんだ」ツカサはつまんない顔をする。「そうだ、今日はまだ水をかけてあげていないね」ぱあっとツカサ、笑顔になって、とことこと水道へ走る。茂みへガサゴソ。じょうろをとって、水道へ。水を汲み、ヨタヨタと寄ってくる。滑り台の前で、僕、またサラサラと水をかけてもらう。気持ちいい。僕が笑うと、ツカサが笑った。ツカサが笑うと、僕は楽しい。つまらない顔のツカサは悲しい。「ありがとう。また来るね」水がなくなると。ツカサ、じょうろを茂みに隠してから、公園から出ていく。もうおしまい? 楽しいことは、すぐ終わっちゃう。ツカサが言っていたこと、僕、思い出す。少しだけわかった。悲しかった。水がなくなれば汲めばいい。滑り台から降りたら、上がればいい。遊びがおしまいなら、また、遊べばいい。楽しいこと。悲しいこと。つまらないこと。僕、昨日と今日だけで三つも感じた。ツカサ、明日も来るかな。昨日から僕を引っこ抜く、ツカサ。水をかけてくれるツカサ。遊ぶツカサ。また来たら、楽しいかな。引っこ抜かれて、イライラ。引っこ抜かれて、ぬくぬく。初めて、遊ぶ友達が出来た。
 待ちに待った次の日、僕、引っこ抜かれるのを期待して、目が覚めても外にでない。夜、月の下でしていた散歩、そこそこで終いにし、眠りについたおかげで、早目に目が覚める。ツカサがくる時間はまだかもしれない。僕、ツカサを待ちきれなくてウズウズ。土の中で身体を動かす。気づいてくれるかな。ツカサの「やあ」が楽しみで、頭の葉っぱを揺らす。土がいつもより冷たい。早くこいこい。
 ツカサが来たのは、夕方だった。引っこ抜かれて、「やあ」やあ。今日は随分遅いじゃないか。「ごめんよ。ちょっと遅くなっちゃった」挨拶もそこそこに、遊ぶ。ツカサ、昨日のようなつまらない顔は一切見せず、僕を抱き上げ、走り、笑い、飛んで、跳ねた。はしゃいで、そんなツカサを見ているだけでも僕、なんだか楽しい。こんな風に楽しいの、初めて。デルビルはいじわる。ヤミカラスはいたずらっ子。僕の周り、あんまり良い奴がいなくて、こんなこと、初めて。ツカサが引っこ抜いてくれてよかった。「ようし、今日も水をかけてあげるよ」ツカサ、抱いていた僕を置いて、いつもの茂みへ駆け寄る。じょうろをとって、水を汲み、僕のところへ。「どう? 気持ちいい?」気持ちいいよ。ありがとう。にへらと笑う。ツカサも笑う。「もっと早く、君に会えていたらよかったのにね」ツカサ、悔しげに言うから、僕もなんだかもったいないような気になって、頭の草、垂れる。「でも、僕は今楽しいよ」ツカサの言葉と同時に、水、なくなる。ポタリと最後の一滴、僕の頭にかかって終わる。ツカサ、じょうろを茂みへ戻すと、そのまま帰ってしまう。ツカサが帰るのは早い。「もう行かなきゃ」すぐに走り去ってしまう。僕、また一人ぼっち。一緒にいて、楽しい。一緒にいて、嬉しい。ツカサがいないの、なんとなくつまらない。また来るのを、待つ。
 しかしその日からツカサ、現れず。待っても待っても引っこ抜かれず、僕、イライラ。引っこ抜かれなくて、イライラ。スポンと飛び出し、キョロキョロ。誰もいない。小さなこども達、公園で遊んでいるだけ。その光景、羨ましくて僕ウズウズ。ツカサ。早く早く。
 ツカサが何日も現れない。こんなに寂しい……。寂しい? 寂しいが、わかった。ツカサがいないと寂しい。他のところで、誰かと遊んでいるのを考える。寂しい。僕のところに来てほしい。お願いツカサ。僕と遊んで。
 ある曇り空の日、久しぶりに「やあ」の言葉を聞いた気がして、僕、スポンと土から飛び出す。キョロキョロ。見回す。誰もいない。確かに声、聞いた気がするのに、誰もいない。飛び出すと、尚更会いたくなる。不思議に思って、そわそわする。待ちきれなくて僕、そぞろに歩き始める。公園の入り口。柵の下くぐり抜け、外へ。途端に前、通り過ぎる大きな箱。速くてビックリ。思わず腰が抜け、ペタンを尻をつく。外に行くことは出来ず。しかし、ツカサには会いたくて、僕、震えながら立ちあがる。何故だか、ツカサがもう来ない気がして、このまま公園へ戻ったら会えない気がする。遅る遅る、足、踏み出す。通り過ぎる大きな箱にビクビク。道の端、ソロソロと歩く。初めての外。知らない世界。少しだけ慣れて、視界が広がる。怯えて見えなかった世界、開ける。大きな道。たくさんの動く箱。歩き続ける人間。木よりも大きく高い何か。箱みたいな形のそれは、ピクリとも動かない。思わず漏れる声。ツカサを探しに来たこと、一瞬忘却。少し足を伸ばせば、こんな場所があることに、僕、楽しくなる。人間が歩く道、僕も歩く。避けながら歩かないと、蹴飛ばされ、踏まれる。ヒョイヒョイと、左へ右へ。公園の遊具よりも難しい。ツカサと一緒に歩くところ、想像。この騒がしい場所を、二人、笑いながら歩く。楽しい気持ち、僕の中から溢れ出す。ツカサがいないかよく探す。人がたくさん。ここならツカサ、見つけられそう。
 知らない世界、ただひたすら広がり、ようようと空の模様、変わりゆく。その下で、木よりも高い大きな箱。それに挟まれた道がひたすら続く。ツカサは一体どこに? 君は生きてる。ツカサの言葉を思い出す。僕、心の底から生きていること、感じる。道を行き交う大きな箱。食べ物のにおい。喋りながら歩くたくさんの人間。ここが、ツカサの生きる世界。僕、それを考えると嬉しくなって、ウキウキ。一緒に歩きたい。「ねえ、遊ぼうよ」ふわっと突然、そんな声。僕、声がする方向へ歩く。狭い道へそれる。人が少なくなる。高い高い箱が、だんだんと低くなる。家がちらほら。僕の公園の周りと、似た風景。ひょっこり現れる分かれ道。十の形の分かれ道。僕、どっちへ進めばいいかわからず足止め。キョロキョロ見回し、気づく。不自然に、そこに置いてある花。ビュウ、と通りすぎる動く箱に隠れては、、その花がちらつく。僕、気になって、そこに近づく。動く箱に気を付けながら、トコトコ。「じょうろはどこかな」ツカサの声。さっきよりも強く、僕、またキョロキョロ。誰もいない。花の目の前。そこだけがたくさんの色に包まれ、柔らかい。「本当、この交差点は危ないわねえ」ツカサの声じゃない。「一月前でしょう? うちの子にも気を付けるよう言わないと」近くに立っていた人間の話だ。何の話? 僕、聞いていてもいまいちわからず、スタスタ。その場を離れる。ああ、ツカサはどこに。日が傾いてくる。戻らないと。大丈夫。またツカサ、僕と遊んでくれる。大丈夫。大丈夫。来た道を戻り、大きな道へ。人をかき分け、元の公園へつながるところで曲がる。ああ、僕の公園。戻ればツカサが待っている。そんな想像をして、僕、駆け足。公園の入り口。柵をくぐり、中へ。ブランコ。滑り台、トンネル。茂み、水道。どこを探してもツカサはいない。ツカサはいない。ツカサはいない。なんだか疲れた。不安と寂しさ、悲しさ、いろんなものに憑りつかれ、僕、夜の散歩もせず、地面へ埋まる。暗い暗い地面。ツカサの顔が浮かぶ。引っこ抜かれてイライラ。引っ張られてチクチク。あの感覚、忘れられない。「やあ」の声が聴きたくて、僕、地面の中で眠りへ。

 ふわふわ。ぬくぬく。公園を俯瞰。ツカサと遊ぶ僕。ツカサに抱かれ、滑り台から降りる僕。一緒にトンネルの遊具をくぐり、走り回る僕。水をかけてもらい、微笑む僕。ふわふわ。ぬくぬく。チクチク。そわそわ。現実か、夢か。夢か、現実か。視界がふわふわ。靄がかかり、見づらくなる。終わる。ゆっくり暗転。ああ夢か。僕、はっと気づいてがっくり。引っこ抜かれてイライラ。引っ張られてチクチク。それはもうない。誰もこない。ああ、誰も来ない。また夢が見たくて、僕、そのままムニャムニャぐっすり。おやすみなさい。


■筆者メッセージ
リハビリもかねて。あとトビさんとのお約束。
早蕨 ( 2012/10/21(日) 23:41 )