デリバードからのプレゼント
進化
【一】
  リザードンさん、僕達は本当に逃げられるのでしょうか。あんな大勢のポケモンや人間から、どうやって逃げるつもりなんでしょうか。僕には、逃げることはとても難しいことのように思えるんですよ。確かにリザードンさんの飛ぶスピードは速いですし、地上に下りたって強いのはわかりますけど、それだけで振り切れるのでしょうか。まして、僕のような足でまといがいては、それは難しいような気がしてなりません。リザードンさんがどうしても逃げるというのなら僕の事はいいですから、御自分だけ逃げてはどうでしょうか。その方がいいです。その方がうまくいきます。……あの、聞いてます? リザードンさん。どうしてこの話をする時だけ、無視するんですか。だって、これ本当の話ですよ。僕がいない方がいいんです。僕を連れていくなら、進化の実験っていうのをやってからの方がいいです。それなら、僕の重みでスピードが少し落ちてしまうとはいえ、戦力が上がりますから。それじゃ駄目? なんでですか? 強くなるんですよ。それならもしかしたら逃げられるかもしれないんですよ。だから、リザードンさんはどうしてこの話をするとそんなに怒るんですか? リザードンさんだって、あれを受けたから今はこうして飛べますし、強いんですよ。僕も同じようにすれば、少しは強くなりますって。……そういう問題じゃない? じゃあ、どういう問題なんですか。強くなるなら、それでいいじゃないですか。進化するのって、大変なんでしょう? それを向こうが勝手にやってくれるというのなら、それでいいじゃないですか。僕は、それでいいと思います。僕は、強くなりたい。正直、足を引っ張りたくないんです。……僕はですね、あなたが好きなんです。お兄ちゃんができたような気さえするんです。連れ去られた僕を逃がしてくださるのは嬉しいのですが、リザードンさんが怪我を負ったりやられたりしてしまっては嫌なんです。ですから、少しでも一緒に逃げ切れるように、僕が進化した方がいいんです。って、リザードンさん聞いてます? ああ、また無視ですか。まったくリザードンさんはすぐ黙りこんじゃうんですから。それじゃあ困りますよ。ねえ、聞いてます? 聞いてる? なら答えてくださいよう。ずっと、会ったときから、それじゃ駄目だ、それじゃ駄目だ、ってそればかりじゃないですか。それじゃあ僕にはどうして駄目なんだかわかりません。強くなることは、いいことに間違いないんですから。ね? リザードンさん。

【1】
 強くなることは間違いなくいいことだと思っていたのは、つい最近までの話だ。巨大な火を吹き、大きな翼で空を飛び、鋭い爪で敵を切り裂く。そんな風になることに憧れていた。かっこいいと思っていた。なんとなくそうなるべきなんだと思っていた。どうしてだかなんてわからない。それがゴールだと思っていた。きっと、強くなれば他のやつらより偉いとか、凄いとか、強いとか、そんな簡単なことを考えていたんだと思う。それだけで他の奴らより上に立てるって、そんな風に考えていたのだと思う。だから、山をほっつきまわっていたところを突然捕獲され、よくわからない真っ暗な檻に放りこまれ、無理矢理進化させられたとき、嬉しかった。あ、俺強くなった、って喜んだ。とっ捕まえられたときは怖かったし、俺を捕まえた奴らは怖かったし、悪い奴らなのだろうとは思ったけど、その瞬間、進化した! っていうその瞬間は喜んだ。馬鹿だなあと思う。体が大きくなろうとするのに俺の中の何かがそれを許さずおさえつけようとしていた、あの進化の過程の痛み。あれはやっぱり許してはならないものだった。俺が俺じゃなくなる瞬間だった。進化して、喜んで、落ち着いて、最初に頭に浮かんだのは親の顔。不気味な力で変化させられた俺の体を、泣きたいのを堪えてにこやかに笑った顔だった。すると突然体がふるえ、突然太くなった手や足を憎み、それを檻の中で壁に叩きつけ、殴りつけた。俺の声がひたすら鉄の壁に吸収され続け、もう、溢れるんじゃないかと思うくらい叫んで、太くなった声を枯らした。自分を自分で嫌悪し、そんな俺を見ながら細長いへんなものでカツカツカツカツと音を立てているやつらを憎悪した。おかしくなりそうで、頭が吹っ飛びそうで、元の体を想像するだけで、今の体を内からぶちまけたくなって、体中の力をこめればそれができそうな気がして、また壁に尻尾を叩きつけ、壁を殴りつけ、仕舞いには狭い檻の中で火を吹き散らかす。
そんな、狂ったように暴れていた俺を我に返らせたのは、檻に入れられているにもかかわらず、落ち着いて、時には嬉しそうにほほ笑む、たった一匹のポケモンだった。
 そのポケモンは、バルキーと言った。「お前、なんで楽しそうなの?」バルキーが入れられている向かい側の檻に向かって、俺は話しかける。「進化できるんですよー、嬉しいじゃないですか」「恐くないの?」「恐いですよー、でも嬉しいです」「進化しても出られないかもよ?」「それは困りますね」「……それだけ?」「ハイー。どうせ、帰るところなんてありませんからねー」バルキーは、少し寂しそうに言った。それと同時に、俺は少し前の自分を見ているような気になる。俺と同じ、嬉しいってこいつは言っている。「帰るところがないって、親は?」「いないですー」「食べ物はどうやってとっていた?」「人間から盗んだり、森や山でこそこそ木の実とかを食べてました」「ハラ、減ってない?」「ウガー」とバルキーはうなり「ハラ、減りましたー」「だろ、じゃあ、ここから逃げよう」「いやですー、進化したいです」「なんで」「ぼくよわっちだから、進化して、皆と仲良くしたり、おなかいっぱいになったりしたいです」「いいよ、俺がしてやる、だから逃げよう」「いやですー進化したいです」鉄格子越しのこの会話、きっと、半分以上が俺の自己満足で占められていたこの会話、これが、俺とバルキーの出会いだった。

【二】
 あ! ほら、やっぱり無理ですよ、やめましょう! 今の水鉄砲はまずいですって! リザードンさん、僕を捨ててさっさと自分だけで行ってください! ああもう、僕は嫌ですからね。絶対嫌ですよ。リザードンさんが死ぬところなんて、絶対に見たくありませんからね。まったく、僕が進化するのをやめてどうしてリザードンさんと一緒にいるか、まだわかんないんですか? 僕の初めての友達で、お兄ちゃんみたいで、そんなあなたが死んじゃうのって、そんなの我慢できません。早く僕を捨ててください。お願いしますよ。ぶっちゃけ進化なんて、もうどうでもいいんです。僕はあなたが生きてくれているだけでいいんです。だから、だから早く! ……ああ、どうしてあなたはそう頑固なのかな。僕なんか、どうでもいいじゃないですか。進化させられたって、それでいいじゃないですか。あなたは駄目だ駄目だって言うけど、僕にはなんで駄目なんだかいまいちわかりません。あなたが進化で苦しんでいる理由が、いまいちわかりません。何度も言います、いや、何度でも言いますけど、僕はあなたの事が好きなんです。リザードンさんの言うことがいまいちわからないのにこうして一緒にいるのも、僕があなたのことが好きだからです。あなたの言うことだから、そうなんだろうと思うことにしてるんです。あなたがそんなに苦しむなら、進化させられるって嫌なことなんだろうって、そう思うんです。リザードンさん、聞いてます? 僕の話、聞いてます? このままだと、やばいです。僕もあなたも死ぬかもしれません。ねえ、わかってるんですよね? リザードンさんも。隠しても無駄ですよ、さっきから凄くつらそうに飛んでいるじゃないですか。本当、そろそろ答えてくださいよ、リザードンさん。

【2】
 俺のときがそうだったように、実験には時間が必要だった。何もない部屋にただ放りこまれ、ただそこにいるだけで、いつの間にか体がおかしなことになってきて変化を始める。思い出してみるととてつもなく怖いことなのに、それを少しでも喜んでいた自分は本当に自分ではないような気がする。誰かが俺を操っていたのかとさえ思う。だからだろう。バルキーを見るととてつもない違和感を覚え、それとともにどうにかしなくちゃいけないという衝動に駆られる。このままバルキーを進化させたら、あの恐怖がまた襲ってくる気がして、それは止めなきゃいけないという気が俺の中で馬鹿でかくなっていく。自分勝手だと思う。だって、バルキーのことを考えているわけじゃない。俺は俺の気が済まないからバルキーに口うるさく言うだけ。バルキー自身は進化を嫌がっていないし、進化した後も俺と同じようになるかなんてことはわからない。でも、俺にはバルキーを止めなきゃいけないということを確信している節がある。ポケモン達を捻じ曲げて、無理矢理姿を変え、自由を奪い、抵抗すれば殺す。それを許していいなんてこと、あるはずがない。少なくとも、それが良いなんてことはないはずだ。だから、俺はひたすらバルキーを説得した。ことある毎に、向かいのバルキーに逃げよう逃げようと話しかけながら仲良くなろうと試みた。話しかけるといつも冷たく感じる笑みではなく、本当に心の底から笑ってくれているような気がした。「なあ、逃げようよ」「いいですよー、リザードンさんが行くところなら、僕どこにでも行きますよ」「じゃあ、今すぐ逃げよう。こんな鉄格子ぶっ壊して、すぐ逃げよう」「でも、進化くらいしたいですよ」「だから、駄目だって」「なんでですか?」「駄目なものは駄目。あんなのおかしい」「僕がいいんだからいいんですよ、それに、逃げるなら僕が進化したほうがいいです」「あほ、それじゃ意味ないの」「どうしてですか?」「無理矢理進化すると、お前じゃなくなる」「意味がわかりません」「わからなくていいの」鉄格子を隔て、ひたすら会話。来る日も来る日もひたすら会話。バルキーの笑った氷が少しずつ解けていき、少しずつだけど温かく、柔らかく、水のように透明に。……俺の妄想かもしれない。これもまた、自分勝手なのかもしれない。けれど、間違いなくバルキーのことを心配する俺がいて、心配する俺に安心する俺もいる。実験の日々、辛そうな顔で檻にもどされるバルキーを見ると、あまりに辛い。「な? 嫌だろ?」なんて言えない。本当に辛いから。でも、それでも、バルキーは、進化をやめようとしなかった。少し前の馬鹿だった俺と変わらない。いや、もっとひどいのかもしれない。バルキーは、自分のことをどうでもいいと思っているようなところがある。そんなの悲しい。自分を捨てたら、生きていないし、ちゃんと死ねない。それは悲しい。悲しい。今ならそれがわかる。「逃げよう。もう、駄目だ」「……そこまで言うなら、わかりました。逃げましょう。でも、どうやって?」「こいつをぶっ壊す」「できるんですか?」「できる。今の俺はちょっと強い。あぶないからどいてろ」自嘲気味にそう言って、俺は口を大きくあける。無駄に強すぎる力を手にした俺が、どうしてこんな大したこともない鉄格子を破らずにいたのか。もちろん、バルキーのためだが、それ以前に俺にはこんな姿で脱走して外を歩きたくなかった。自分が恥ずかしくて、大嫌いで、死んでもいいとさえ思っていた。でもバルキーが現れて、こいつを助ければ俺も報われる気がして、こんな姿の俺でも、生きていけるような気がして、だから、俺はこいつに救われた。俺達は、一緒に逃げる。
 青いエネルギーを口に集め、そのまま渾身の力をこめて前方に発射。そのまま鉄格子二つ分と、この胸糞悪い建物の壁に穴をぶち開ける。竜の怒り。それが、俺が得た力だった。「いくぞ、バルキー」「は、はい!」バルキーを背中に乗せ大きく翼を開き、俺達は空を飛ぶ。助けたい。どうしても、バルキーを助けたい。俺の中には、もうそれしか残っていなかった。

【三】
 リザードンさんは、本当に馬鹿ですよ。どうして僕を、助けるんですか? どうして僕がいいんですか? 僕、あなたに何もしてあげられませんよ。足を引っ張りたくないなんていいながら、足を引っ張ることしか出来ませんよ。それなのに、どうしてあなたは僕を助けるんですか? 何度も何度も、何度でも言います。初めて言えたので、何度もでも言いたいから言いますけど、僕はあなたが大好きです。だから、一緒にいられるだけで僕は幸せでした。幸せ、なんて初めて思ったかもしれません。僕がですよ、この僕が、ですよ。凄いですよあなたは。僕なんかを幸せにできるんですから。あなたは凄いんです。だから、死んじゃ駄目ですよ。こんなところで、死んではいけません。生き残るのは、そんな凄いあなたなんです。僕じゃないです。……やめてください、泣かないでくださいよリザードンさん。ああもう、どうしてそんな風に僕のことを見てくれるんですかねあなたは。俺も助かった? 幸せだ? 嬉しい? なに言ってるんですか、僕は何もしてませんよ。僕は馬鹿でちびで弱くて、ただそれだけ。何も出来ないバルキーです。そんなことない? ああもう、あなたにそんなことを言われてしまうと、そう思ってもいいのかなって思うじゃないですか。だから、泣かないで下さいよ。僕まで……僕まで、泣いてしまいます。ああ、駄目だ、もう止まりません。涙が止まりませんよ。どうしてこんなに辛いんでしょう。悲しいんでしょう。こんなの、初めてです。一番辛いです。あなたが死ぬことが、僕は、一番辛いです。僕も、もう死んでしまいたいです。満足です。駄目? 絶対に駄目? でも、僕は今が一番幸せなんです。あなたと一緒にいられる今が、一番幸せなんです。だからいいんです。二人で死にましょう。諦めて死ぬんじゃありません。僕らは最後まで頑張って、笑って、幸せなまま死ぬんです。それならいいでしょう? ねえ、リザードンさん。……あ、ほら、あいつらもう追って来ましたよ。僕らをこんな森の中に打ち落としておいて、まだ足りないんですね。本当嫌な奴らです。ぼあいつら僕らを連れ戻すのではなく、本気で殺すつもりですかね。でも、たとえ僕があなたと共に今ここで死んでしまおうとも、なにも悔いはありません。
だって今言った通り、僕は幸せですからね、リザードンさんっ。

【3】
 バルキーを乗せ、一心不乱に、必死に、この体で生きることを無理矢理肯定しながら飛び続ける。頭の中にはバルキーを逃がすことだけ。そのほかの事は考えない。風を感じ、目の前に広がるは大きな森、その先には大きな山々が壁のように聳え立つ。今度は竜の怒りで破壊なんてできない。あれを飛び越え、その先へ行かなければならない。「リザードンさん!」できるか、やれるか。「リザードンさん!」今の俺に、そんなことが出来るのか。「リザードンさん!」「……騒ぐなよ、バルキー」「騒ぐなじゃありませんよ! 後ろ、後ろを見てください!」「知ってるよ」ギシリ「知ってるって、どうにかしないと、これまずいですよ!」「わかってる」ギシリ、ギシリ。体がきしむ。いたむ。実験の後遺症。あんな無理な進化をしたのだから、代償がないはずがない。体がきりきりと悲鳴を上げる。顔が歪みそうになるが、バルキーにそんな顔を見せてはいけないと必死にそれを堪える。「来ますよ! リザードンさん!」「わかってる! いいから捕まってろ!」一瞬だけ後ろを確認。組織の飛行部隊。大勢のポケモン達が俺達を追っている。……くそ、体がきしむ。速く飛べない。くそ、くそっ! ぎりぎりで火球を横にかわし、鋭い衝撃波を戻って避ける。「よ、よくかわしましたねリザードンさん」……違う。あいつらは、交わせる程度で攻撃をしているだけだ。「わっ、わっ、来ましたよ!」「くっ!」交わしきれず、鋭い衝撃波、エアスラッシュが体をかすめる。「ま、まずいですね、これは」ああ、まずいよ。これはまずい。これは、きっとわざとだ。これも実験のうちなのだろう。進化した俺が、どの程度の力を持っているのか試しているのだろう。あいつらが、俺の体の異常を知らないはずがない。俺が失敗作だって、知らないはずがない。そうじゃなければ、もうとっくに追いつかれているはずだ。「リザードンさん……」バルキーは、何かを悟ったように語り始める。「御自分だけ逃げてはどうでしょうか」何言ってんだ、それじゃ意味ない。こんな進化なんて、絶対に意味ない。ああくそ、やばい、体が言うことを利かなくなってきた。「っつ!」「今の水鉄砲はまずいですって!」だまってろバルキー。まずくたって、逃げなきゃ駄目だ! 「あ、リザードンさん! よけてよけてよけて! 僕は嫌ですよ! 嫌ですからね! あなたが死ぬのなんて、絶対に嫌ですからね!」ああ、わかってる。わかってるよ! 「大丈夫、必ずなんと」……かしてやる、と言おうとした俺の口を塞ぐように、まるで、もう実験終了とでもいうように、突然高速で迫ってきたテッカニンの一撃を受ける。……くそ、結局俺は、何も、何も――。

【4】

 体がおかしいことはわかっていた。檻の中で暴れたからじゃない。進化したその日から、体に異常があった。無理矢理進化した代償なのか、ぎりぎりと体が痛むことが多かった。でも、バルキーを連れて逃げることに勝算がなかったわけじゃない。あいつらが、俺が進化して得た大きな力に気づいていないことを期待して、こちらが身を隠すくらいの時間があると思っていた。結果としては駄目だったが、それでも、バルキーが心から笑ってくれているのだけが救いか。初めてこうしてお互いが触れ合えたし、悪いことばかりじゃない。ただ、やっぱりバルキーをあいつらに取られるわけにはいかない。俺にだけあたるように攻撃をしていたあたり、きっと失敗作の俺は殺して、バルキーを連れ戻そうということなのだろうから、どうにかそれを阻止したい。「……バルキー、逃げろよ」「嫌ですよ、僕はここにいます」「いいから逃げろよ、頼むよ」「嫌です。僕はあなたと一緒にいます」なんとかバルキーをかばいながら森の中に落下し、もう飛ぶどころか体もまともに動かせない俺の横から、バルキーは動こうとしなかった。がしと俺の腕をつかみ、顔をぐずぐずにさせていた。「おい泣くなよ。お前いつも笑ってただろ。泣くなよ」「無理ですよ、勝手に出るんです。リザードンさんこそ、泣かないで下さいよ」「うるせえよ、勝手に出るんだよ」「どうしてなんですかね、何で泣けるんですかね。初めてですよこんなの。僕、どうしちゃったんでしょう」「それはおかしなことじゃないけど、でも泣くなよ、まだ終わりじゃないだろ、泣くなよ」周りから足音が聞こえる。一歩一歩歩いたところが黒く染まっていくように、俺達の逃げ場がもうないことを示すような足音。バルキーのぐずる声と混ざる。今ここだけが、俺の逃げ場。ああ、どうしてこうなる。ああ、やっぱり進化を許したあのとき、あの瞬間から、俺がどうしようもないことは決まっていたのだろうか。……。足音が、大きい。土を踏む音が俺達を追い詰める。だめか。ここまでか。「ごめんなあバルキー、俺、何もできなかった」無力。俺は何もできない。進化しても何も変わってない。結局何もできない。こんな力いらない。やっぱり進化なんていらない。こんなの……意味ない。
 足音が止まる。無音で張り詰めた緊張感に、俺達は囲まれる。周りに立つ人間の一人が手をあげ、それを振り下ろす。途端に騒がしくなる森の中、力の全てが俺達へと放たれた。

【LAST・前】
「なあカポエラー、お前が来たいって言うからきたけど、ここにはもう何もないぞ。見ろよ、草ばっかり生えてるだけだし周りは森だしその先は山だぞ。ここらへんにのさばっていた組織は随分前に俺が潰したし、何の用があるんだよ。って嘘だよ嘘嘘、そんな怖い顔すんなよ。ちゃんと付き合うから安心しろ。俺の目的地はその後でいいって。……そういえば確か、お前と会ったのもここだったな。檻の中で必死に何かに耐えててさ、もの凄い顔で俺をにらみつけてやんの。そんなのお前だけだったから面白くてずっと一緒にいるけど、あれってあいつらに変なことされてたんだろ? あんまり覚えてないけど、ポケモンセンターのおねえさんがよくわかんねえこと言ってたもんなあ。でも結局お前の体に異常はないし、普通にカポエラーに進化したし、結局なんだったんだろうなあれ。って、おいカポエラー、そんなに急ぐなよ。どうせもうここにはなんもねえよ。森が広がってるだけだって。まあお前の用事が早く終わるならいいんだけど。とりあえずそれ終わったらさ、次カントーだからな。今あの辺めちゃくちゃ騒がしいらしくてさ、たった一人でロケット団のとこ乗り込んで潰した奴がいるって話だ。この辺の組織を根こそぎ潰しまくった俺と、どっちが強いか試しに行こう。きっと面白くなるぞ。お前のその三本脚で蹴散らしに行こうぜ。なあ、カポエラー」

【LAST・後】
 こんにちは、リザードンさん。お久しぶりですね。来るのが遅くなってしまって怒っているかもしれませんが、怒らないでくださいね。僕も、大変だったんです。……ちょうどここですね。僕とあなたが一緒にいた最後の場所は。あれから僕は連れ戻され、リザードンさんと同じ実験を受けました。あなたの言葉通り頑張って耐えていたら、変な人間が一人入ってきて、あっという間にあそこはなくなってしまいました。本当なんなんですかね。頑張って脱走した僕らはなんだったんでしょう。あなたの行為が無駄だったなんて言いませんけど、あのときもうちょっとあの中で耐えていたとしたらあなたも助かったわけですから、あの後この人間が来ていたんだと思うと、後悔してもしょうがないとは言え、後悔してしまいます。でも、あなたのおかげで僕はあの実験にわずかながらにも耐えることができて、結果として助かったわけですから、やっぱりあなたとのあの脱走は無駄なんかじゃなかったんだと思います。やっぱり、あなたが僕を救ってくれたんです。そこは揺らぎません。あなたが最後に僕に言った「逃げろ」の命令、結局はちゃんと守れましたよ。僕は今、幸せです。あなたのおかげで、幸せです。あ、それと、あの実験はあなたの言う通りやっぱり無駄でした。あのまま進化しているのと、こうやって今のように自然と進化したのじゃ違います。何がって言われると困りますが、やっぱりあれはおかしいです。無理矢理っていうのはおかしいです。あなたの言うこと、今ならなんとなくわかります。……では、僕はこれからカントー地方へ行くので、またしばらくここにはこれないかもしれませんが、絶対にまた来るので待っていてくださいね。
 それではさようなら、リザードンさん。


【了】

■筆者メッセージ
何故書いたのか
早蕨 ( 2012/02/25(土) 16:22 )