2人の旅の、終わりと始まり。
「さて、とりあえずはあの3人とバトルだな。」
『私は戦闘に専念する。お前は指揮を頼む。』
万が一の為に持っていくはずだったモンスターボールを忘れてルカリオに説教を食らった数分後、俺達はポケモンバトルの約束をした3人に会う為にポケモンセンターへと向かっていた。
何でもないように作戦を決めてはいるが、俺はまだ2回しかポケモンバトルをした事が無い。俺もルカリオもポケモンバトルに積極的では無いからだ。ただ、これだけは言える。
ルカリオの強さは次元が違う。
1回目のバトルでは技を使わずに身体能力によりゴリ押すような形で、2回目は全力の2割程度の波動弾で、それぞれ完封勝利を遂げている。一体ルカリオがどんな経験を積んで得た力なのか全く分からないが、恐ろしく強い事は確かだ。
「ルカリオですね。待っていました。」
「かっこいーなぁ。あ、私も待ってたよ!」
「イッシュ地方では見かけないルカリオ…、興味深いですね」
「お待たせ。さ、3対1でバトルしようか。」
三者三様の反応を見せる彼らに、さも当然のように3対1という異常な形式のバトルを仕掛ける。
3人は馬鹿にされたと思ったのか睨んできたりむくれたり眼鏡を取って微笑を浮かべたりと、誰もが闘志を剥き出しにした。
「僕達を甘く見た事、後悔させてあげます。」
「私も舐められるのは嫌いだから、本気で行くよ!」
「ルカリオがどの程度の強さなのか…全力で行きますよ。」
それぞれがバトルフィールドの所定の位置に付き、ルカリオはバトルフィールドの前へゆっくりと歩み出る。3人がそれぞれジャノビー、チャオブー、フタチマルの3匹を繰り出す一方で、ルカリオは静かに立ったまま瞑想をする。精神を研ぎ澄ますような深呼吸を数度繰り返すと彼の周囲にまるで蒼い炎のようなものが揺らめき始める。それはルカリオが深呼吸を重ねてゆく度に、より激しくより鮮明になってゆく。
蒼き炎の如く揺らめくもの、その正体は波動だ。波動は彼の闘志に呼応して目に見えるものとなるらしい。
相手の準備が整った事を気配で察したようで、深呼吸を止めて一際鋭く息を吐き出す。するとメラメラと燃えるようだった波動はどんどん鎮まっていき、遂には静かに掻き消えてしまう。
最初はルカリオのおぞましい程の気配にひどく驚いた様子を見せていた3人と3匹であったが、その気配が消えた途端に余裕が戻ってきたのかルカリオの力を侮るような発言を漏らしている。
だが、俺は知っている。これがルカリオの戦闘態勢なのだと。
ルカリオは決して手加減などしない。今の一連の動作は波動を極限まで高めた上で、それを自身の身体に巡らせるというもの。つまり、今のルカリオは普段とは比にならない程の波動をその体に内包しているという事だ。
審判はポケモンセンターの受付の方、ジョーイさんが引き受けてくれた。
「では、これより1対3のポケモンバトルを行います!使用ポケモンはそれぞれ1体!双方、準備は良いですね?」
その問い掛けに全員が無言で頷く。
「それでは…バトルスタート!」
「後悔させてあげましょうジャノビー、つるのムチです!」
「やっちゃえチャオブー!ニトロチャージ!」
「まずは様子見しましょう。フタチマル、水鉄砲です。」
トレーナーの声に応じてジャノビーは良くしなる蔓を勢い良くルカリオに伸ばし、チャオブーは炎を纏い気合いの入った体当たりを、フタチマルは遠距離からそこそこ勢いのある水鉄砲を繰り出す。三者三様の技がルカリオに迫る中、俺が出した指示はただ1つ。
「ルカリオ、インファイト。」
無言で頷いたルカリオが動く。
まずはニトロチャージで迫るチャオブーをギリギリまで引き付けてから華麗なステップで回避、襲い掛かるつるのムチを掴んで思い切り引っ張る。当然ジャノビーは踏ん張れずに虚しくルカリオの方へ、同時にルカリオも反作用を利用して交通事故のような勢いでジャノビーに肉薄し、迸る波動を纏った拳で乱打。
次いで機敏に動くルカリオへと水鉄砲を当てようとするフタチマルへ標的を変更、中々の水圧であるにも関わらず腕をクロスして水鉄砲の中を突っ切り、そのままフタチマルへと直進して強烈なアッパーカット。
最後に渾身のニトロチャージをかわされてしまい勢い余って転倒したチャオブーへと迫り、ジャノビーへ繰り出したものより更に速い猛烈な拳の連打。
1匹当たり3秒未満、一瞬の出来事だった。
俺の前へと舞い戻ってきたルカリオはフッと小さく息を吐き出し、水鉄砲によって濡れた腕を軽く振ってある程度水気を切る。
「こんな事が…。」
「チャオブー!?」
「こ、これほどなんて…。」
目の前で起きた異常事態に3人揃って唖然としている。それもそうだろう。
最初に攻撃を受けたジャノビーはその曲線的な体である程度受け流せたようでまだ戦闘は出来る。
だがチャオブーとフタチマルは違う。
まずチャオブーは拳の雨を受け流せずに全てその身に受けてしまったようで、今にも倒れてしまいそうなフラフラとした足取りで何とか立っている様子だ。次にフタチマルなのだが、どうやらアッパーが顎に決まってしまったようで昏倒している。これではもう戦えない。戦闘不能だ。
対してルカリオは全くの無傷だ。変化と言えば僅かに両腕が湿っている程度だろうか。
「…あ…。フ…フタチマル、戦闘不能!」
どうやらジョーイさんも度肝を抜かれていたようだ。数瞬遅れて惚けたような表情から現実に戻ってきたようで審判を下す。
「ルカリオ、チャオブーに電光石火。」
「えーっと…!チャオ……え…?」
情けは無用。そんなルカリオの気持ちに応えるべく俺は次なる指示を出す。ルカリオは俺の言葉に意識を集中させていたようで即座に行動を起こす。チャオブーも戦闘の意思は残っていたようで自身のトレーナーへと真剣な眼差しを向ける。それに気付いた少女は慌てて指示を出そうとするが…手遅れだ。
少女が迷っている間に弾丸のような速度でチャオブーに迫り、直前で軽く地面を蹴ってチャオブーの腹に両足で全体重を掛けたドロップキック。
チャオブーは有り得ない速度でバトルフィールドを覆うフェンスに叩き付けられ戦闘不能に、ルカリオは先程の蹴りで勢いを殺したようで、空中で後転して静かに着地する。
「チャオブー、戦闘不能!」
「あなたは強い。強すぎる。だから、ここからはただの悪足掻きです!ジャノビー!はっぱカッター!」
「ルカリオ、波動弾。」
ルカリオの強さを認めた少年は意地を捨てたようだ。だが、こういう状況の人ほど思わぬ力を発揮する。油断など出来るはずが無い。
ルカリオも同じ考えのようで俺の指示に応えて体内に張り巡らせた波動を一点に集め、巨大な波動弾を作り出す。気合と共に放たれた波動弾はジャノビーが繰り出す全身全霊のはっぱカッターを軽々と貫いて、着弾。込められた凄まじい波動が溢れ出し爆発が起きる。爆発地点にいたジャノビーは当然戦闘不能になってしまう。
勝負ありだ。
「ジャノビー戦闘不能!よって勝者、ノイン君!」
「ありがとうございました。さて、君達の名前を聞いても良いかな。」
ジョーイさんの宣言後ルカリオと共に一礼してから3人に歩み寄り、落ち込んだ様子の彼らに優しく問い掛ける。彼らは悩みが解決したような、清々しい笑顔で名乗ってくれた。
ジャノビーをパートナーとした、クール少年のカイト
チャオブーをパートナーとした、お転婆少女のマコ
フタチマルをパートナーとした、研究熱心な少年のケント
3人は幼馴染で今まで一緒に切磋琢磨してきたようだ。
話を聞くとカイトは両親の仕事の関係で明日にはイッシュ地方を発ち、遥か遠く離れたアローラ地方に向かうという。更にケントはポケモン博士になる為にアララギ博士に弟子入りし、研究所で助手見習いとして頑張っているらしい。
残るマコはというと…彼女はポケモントレーナーとしてジムに挑戦する為旅に出るという。
つまり今日から3人は別々の道に進むという事だった。
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
「カイト、マコ、ケント。それじゃ、またいつか。」
「…あ、あのっ!ちょっと待って!」
日が暮れ始めた事に気付いた俺は話を切り上げて町を出ようとするが何者かに袖を掴まれた。
確信を抱いて振り向くと…そこには想像通りの人物、マコがいた。
彼女はまだ幼さの残る顔を薄紅色に染めている。更には妙に落ち着きの無い様子でそわそわそわそわ、たまに潤んだ瞳で、上目遣いで俺を見つめる。
まさか。
まさかね…。
いやいやいや、有り得ない。
こんなラブコメ展開有り得ないぞ。
第一、俺は20歳でマコは10歳だぞ。年の差カップルとかいうような生易しいものじゃない。ただの犯罪だ。それに俺はロリコンじゃない付き合うなら同年代が良い。まあ俺は彼女いない歴と年齢が等式になる奴だけどさ…。…泣きたくなってきた…。
ともかく!こんなテンプレ展開あるはずが無い!絶対に!絶っっっっ対n「付き合って!…下さい!」
あぁ、良い天気だなぁ。澄み渡る青空は何処までも続いている、雲ひとつ無い快晴だ。あぁ、良い天気だなぁ。澄み渡る青空は何処までも続いている。あぁ、良い天気だなぁ。澄み渡る青空は………
「え…?あっ…!?違う違います私も旅に付き合わせてくださいっ!」
「…ゑ?」
俺の様子で自分の言い間違えに気付いたようで爆発しそうな程に顔を真っ赤に染めて矢継ぎ早に本来言いたかったのであろう言葉を告げる。
カイトとケントはまたかと言わんばかりに苦笑を浮かべて頭を抱えている。どうやらいつもの事らしい。それにしたって心臓に悪い。止めてほしいものだ。
「それで?畏まらなくても良いから、理由を聞かせてくれ。」
「ノインさんとルカリオ、信じられないくらい強かったから…。私も強くなりたいからノインさん達と一緒に旅をしたら…ちょっとでも近付けるかなって思ったんだ。ダメ…かな?」
強くなりたい理由など他にも色々と聞きたいところだが、俺に断る理由は無いしルカリオも特に反対するつもりは無いようで『好きにしろ』と一言。
「…分かった。俺もルカリオも断る理由も無いから……、は…?」
「ありがとっ!よろしくね、ルカリオ!それにノインさん!」
マコは言葉を最後まで聞かずに満開の笑顔を咲かせ、ルカリオに飛び付いて頬擦りし始める。すりすりすりすりと放っておけばいつまでも頬擦りを続けそうなマコの様子はまるで主の帰りを迎えるハーデリアか何かにしか見えない。尻尾があったら千切れんばかりに振りまくっているだろう。
抱き着かれたルカリオはというと、マコの予想外な行動に困惑を露わにして全身で抱き着く彼女が落ちないように背中を軽く支える事しか出来ないようだ。ただ、嫌がる様子は見えないのでそのままにしておく。
こうして俺とルカリオの短い短い2人旅は終わり、俺とマコにルカリオとチャオブーの4人旅が始まった。俺はまだ見ぬポケモンをこの目で見る為、マコはジムに挑戦して強くなる為。別々の目標を持った2組はふとした出来事により交わった。その逆の別れもまた、突然にやって来るかもしれない。それはすぐかもしれないし、ずっと未来の話かもしれない。
それでも、別れの時にも笑顔でいられるように、楽しく別れられるように。有意義な旅にしたいと思う。
ふとルカリオと目が合った。ルカリオはマコに抱き着かれたまま小さく頷く。分かっていた事だがどうやらルカリオには何もかもお見通しのようだ。敵わないなと苦笑しつつ頭を掻き、同じように頷き返しておく。
もう何も言う事は無い。後悔しないように、良い旅にするだけだ。
決意を新たに、新たな旅が始まる。
マコがルカリオに抱き着いた事を知ったチャオブーが拗ねてしまったのはまた別の話である。
続く。