その2人、凸凹な親友。
夢を見ていた。沢山のポケモン達に囲まれる夢だ。その中の一匹のポケモン、ルカリオが俺の肩へと手を伸ばし、俺はそれを微笑と共に受け入れ……むにゃむにゃ…。
ゆさゆさゆさゆさゆさゆさゆさゆさゆさゆさゆさ。
…………。
ゆっさゆっさゆっさゆっさ……ぐらぐらぐらぐらぐらぐらぐら!!!
「ぅゎぁ…。」
情けない俺の声とは別に溜息9割鳴き声1割と言うべき音を漏らすルカリオ。
彼の凄まじい揺すりで目を覚ました俺は未だに寝ぼけ眼だ。
『……良い加減に気付け。』
比喩でも何でもなく、頭の中に直接響く声。ルカリオのものだ。
波導ポケモン、ルカリオ。彼は特有の波導という能力により様々な事が出来る。そのひとつがテレパシーのようなこれだ。
分からない人の為にちょっと説明すると…自分の波導を対象の精神の波長と合わせる事で…何とやら、らしい。俺はルカリオでも波導を操る者でもないからルカリオの言葉を引用したまでだ。
彼はあまりこのテレパシーを使いたがらない。恐らく彼の性格故だろうと考えている。
俺の相棒であるルカリオはあまり積極的ではない。かと言って冷めている訳でもなく、寧ろその奥に秘めた情熱は凄まじいものだ。
『…聞いているのか?全く…毎回お前を起こす私の身にもなれ。』
と、ルカリオの叱責。どうやら画面の前の君達に説明している間の不自然な無言に若干機嫌を損ねたらしい。
「悪い。次は自分で起きるからさ。」
『365回目。ノイン、誰がそんな言葉を信じると思うか…言ってみろ。』
有無を言わせぬ口調で告げるルカリオ。ヤバい。キレている。
普段の彼の言葉の様子を表すとこうだ。
『水面に一滴の小さな雫が落ちる事で出来る波紋』
さて、本題だが今の言葉を表すと…『静かな水面に、綺麗なフォームで正拳突き!』となる。声色は全く変わらないのが無駄に怖さを強調している。これ以上刺激すると最悪の場合、彼の一番の得意技である波動弾でぶっ飛ばされる。つまり…
「ごめんなさい。」
謝るしか無いのである。
『…今日は用事があるんだろう?間に合わなくなるぞ。』
ガル…と口を動かさずに小さく鳴き声を上げて(注・これが溜息であると最近知った事は内緒だ)から俺に手を差し伸べる。思ったより怒ってはいなかったようだ。そこで魔が差してしまった俺はある悪戯を仕掛ける。
目を伏せる彼の手を思い切り引っ張る。予想外の行動でバランスを崩して俺の上に倒れる。俺の目的はその後だ。抗議の視線を向けてくる相手に、にやりと悪戯っ子のような笑顔を返して…彼の隠している気持ちに漬け込むように思い切り抱き締めてやる。
心底驚いた様子を見せる彼ではあったが、暫くすると諦めたように俺に抱き着く。
誰にも語らないがルカリオは俺の事を心底気に入ってくれているらしい。どうしてか?それは、ルカリオがモンスターボールで捕まえた訳では無いのにこうして俺に付いてきている上に何かとあれば俺の心配をするからだ。詳しい経緯はまた今度としておこう。今は、俺はルカリオをモンスターボールには入れないと決めている…とだけ言っておく。
さて、そんな彼の隠された想いを引き出して満足している俺と、自身の気持ちを僅かながら表したルカリオとのくだらない攻防はもう暫く続くのである。
抱き枕のような、けれど確かに「生」を感じる人間とはまた違った温かみに、彼が何の為に起こしてくれたのかも忘れてうつらうつらし始めた時だった。普段だったらこのタイミングで呆れたような溜息を残して離れていく彼が、今日は何故か離れない。それどころか俺に抱き着く腕に更に力を込めて互いの息遣いが鮮明に分かるような距離まで密着する。(注・念の為言っておくが俺はルカリオが大好きだがそっちの気は一切無い。期待していた人には済まないが今後そのような展開は無いと宣言する。)
唐突に素直になった彼の規則正しい息遣いと日向のような暖かい匂いが合わさり、抗う事の出来ない睡魔に飲み込まれそうになったその時…。
「うおあぁぁぁ!?」
視界が上下に一回転した。自分に起きた事が理解は出来るものの突然過ぎて心底驚く俺と、呆れと怒りが半々といった様子で俺を半目で見つめるルカリオ。
俺はルカリオに固く抱き締められたまま、バク転の要領で一回転させられた。こんなプロレスの技があった気がする。今回のくだらない謎の勝負の軍配がルカリオに上がった瞬間であった。
『よ・う・じ・が…!…あるんだろう?』
心底お怒りのようである。
まだ視界がグラグラしている俺に向けて再度手を差し伸べるルカリオ。俺も再びその手をしっかりと握る。勿論さっきのような悪戯はしない。そんな事をした瞬間、かなり本気の正拳突きでもしてくるだろう。そんな俺の考えを見抜いたのか呆れながらも早くしろと言わんばかりにもう片方の手でパジャマを引っ張ってくる。
視界がグラついたままの俺の為に片手で支えてくれるルカリオにお礼の代わりに笑みを返しつつ素早く着替える。ようやくグラつきが治まって一息ついている時に差し出されたバッグを受け取り、2人で家を出る。
道中、ポケモントレーナーに勝負を挑まれたが今は時間が無いという事で、俺とルカリオとの握手で後での勝負を約束してから目的地、ポケモン研究所へと歩を進める。ちなみに俺はモンスターボールでポケモンを捕まえた事も、研究所でポケモンを貰った事も無いのでポケモントレーナーでは無い。だから目と目が合ったら勝負!などという戦闘狂のような台詞を言うつもりは無い。
そんな俺が研究所に向かう目的は何か、それは俺の夢である全てのポケモンをこの目で見るというものの達成に大きく前進する、ある道具を受け取る為だ。
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
「トレーナー多いなぁ。」
『数分で3人か。多いな。』
家から徒歩数分の研究所に辿り着くまでに3人に勝負を挑まれた。なんでこんなにトレーナーが多いの?なんていう疑問をルカリオも抱いたようで、俺とルカリオは困惑顔で見詰め合っていた。
「ハァーイ!そこの仲の良い君達は私に用があるんでしょ?…って、ルカリオじゃない!?」
研究所から飛び出して来たアララギ博士、まずは俺達を微笑ましく思ったのか茶化すように笑顔で小さく拍手、次いでこの地方では珍しいルカリオの存在を再認識したようで飛び付くような勢いで彼の手を握り締めて目を輝かせている。すごいわねー、かっこいいわねー、などなど…何処からツッコめば良いか困惑している俺達を置き去りにしてルカリオの顔からつま先まで、更には手の甲に生えているトゲに至る隅々まで心底楽しそうに観察している。
一方のルカリオはというと…
『……………。』
最初は困惑した様子で博士の行動を眺めていたのだが、今では呆れてものも言えないというような様子で無言を貫いている。
途中ルカリオから助けを求めるような視線を向けられたのだが、助けに入ると確実に博士に絡まれそうなので謝罪の意を込めて小さく頭を下げてからゆっくりゆっくり目を逸らす。
恐らく後で愚痴をぶつけられるだろうがその時はその時、未来の俺に託すだけである。ガルルル…と恨めしそうな唸り声が聞こえる。
…うん。未来の俺に託すのは無責任だな。助けよう、今すぐ助けよう。
「博士、ルカリオが困ってますから。それとアレをくれるんでしょう?」
単刀直入に本題を投げ掛けながらルカリオとアララギ博士の間に割って入る。ルカリオはそれが分かっていたような動きで俺の後ろに回り込む。具体的に言うと、SでAなオンラインゲームのスイッチのような動きだ。その際ルカリオから『覚えていろ』と告げられた。最後の晩餐は何にしようかなぁ。
「そうだったわね。はい、これがポケモン図鑑よ。あなたの要望に応えてポケモン達の姿は最初から、詳細は発見してから、それぞれ見られるようにしておいたわ。」
「ありがとうございます。大切に使います。」
俺は恐らく唯一無二であろうチューニングが施されたポケモン図鑑を受け取る。ポケモントレーナーでは無い者に図鑑を渡す事は前例が無いらしく様々な方面から反感を買ったらしいが、責任は全て私が負うと宣言してアララギ博士が押し切ってくれたらしい。その事に関しては感謝しかない。
大事に使わせてもらおうと改めて決意をした俺の肩をトントンと軽く叩いてきたのはルカリオだ。先程まで怒っていたはずの彼の表情は今では穏やかな微笑となっている。当たり前のようになっていたがルカリオにも感謝をしなくてはいけない。
彼は誰にも捕まえられていない野生のポケモンにも関わらず、この俺を選んで、信頼して付いてきてくれている。かけがえのない存在である。
そんなルカリオの肩に身長差を埋める為に少ししゃがんでから手を回して少々強引に肩を組み、ルカリオは若干嫌そうな表情を浮かべるものの仕方無く俺の肩に手を回す。そこまでなら仲睦まじい親友の図なのだが、波動の力で俺だけに聞こえるように『覚えていろ。』と一言。ただ、彼の口調と表情は怒りよりも、これから始まるを叶える為の旅路に期待するような、かつてないほどに穏やかなものだ。
どうやら死刑判決から一転、逆転無罪を勝ち取ったようである。
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
あの後、アララギ博士に茶化されるなど色々ありながらも一先ず家に戻った俺達はそそくさと旅の準備を始めた。生活必需品、傷薬、絆創膏、ポケモン図鑑…と順を追いながら必要なものをバッグとキャリーバッグに詰め込んでいく。
その中で2人ほぼ同時に目を留めたのはペアルックのようなネックレス2つだ。綺麗な細工をされたチェーンの先に付いているのはビー玉大の玉。遺伝子のような模様の入ったものと、言葉では言い表せない不思議な模様の入ったものだ。
これはアララギ博士から受け取ったもので説明もよく分からなかったが、いざという時に何か力を発揮するものだと言っていた。
正体の分からない謎の物体に困惑しつつも博士に言われた通り身に付けておこうと、まずは自分の首に遺伝子模様のものを、次にルカリオの首にもう片方をそれぞれ着ける。
アクセサリーとしては一切問題無さそうで、中々に似合っているルカリオを軽く茶化しながら全ての荷物を詰め込んだキャリーバッグを少々強引に閉めてから部屋を軽く見回す。暫くは帰ってこないと考えると中々に感慨深くなる。意を決して扉を閉め、深呼吸一つで気持ちを切り替えてルカリオへと向き直る。
「さて、行くか。」
ほぼ独り言のように告げた言葉にルカリオはただゆっくりと頷くのみ。
些細な縁で親友となった俺達は、これから始まる途方の無い旅の些細な1歩を踏み出した。
季節は冬。
惰眠を貪るムーランドをベッドに、チョロネコが日向ぼっこに興じる。そんなありふれた日常から、俺とルカリオの2人旅が始まるのであった。
「うわ!モンスターボール忘れたぁ!」
…ゴホン。
そんな情けない叫び声を上げる1人の青年と、呆れて溜息を吐きながら後を追う1匹のポケモン。
凸凹な彼らもまた、日常の雰囲気に溶け込んでいくのであった。
続く。