#3 青年の料理とジムへの突入
コンビナートの奥にあるベンチの近くで1晩を過ごした。夜風が冷たかった。
寝ようとしたらハクに、私の近くに来るんだと言われ翼で抱きしめられた。俺が驚いているとハクが、これで寒くないだろうと優しく微笑んだ。どうやら俺が寒がっていた事がバレたようだ。
おかげでぐっすりと眠ることが出来た。
「おはよう…、レシr…じゃなかった!ハク!」
(おはようハル。それと…私はもうレシラムでは無いと言っただろう…?寝起きだから大目に見るが次は許さないぞ?)
ハクは少し怒りを含んだ表情になった。これは完全に俺が悪い。自分で名付けた名前を忘れるなんて言語道断だ。怒るのは当たり前だ。
「ハク…。本当に悪かった。もう二度と間違えたりしない!本当にごめん!」
(…分かったならそれでいい。さて…今日はこの街のジムに挑むのだろう。それでは行こうか。)
ハクは困ったような笑顔を浮かべて言う。
挑む前にどうしてもやりたいことがある。
「ハク。ジムに行く前に俺の作った朝食、一緒に食べないか?」
(ふむ。レントラーに作っていたというものか…。分かった。今まで木の実などしか食べてこなかったからな…。どんな味がするのか楽しみだ。)
そうか。ハクは今まで人間の作ったものを食べたことがないのか。久々に頑張るか。
それに、このために昨日食料を買い込んだんだからな。
「ハク。ちょっとここに火を付けてくれないかな。本当に軽くでいいからね。」
(分かった。こんな感じか?)
コンロがあっても電池がなかったので少々無理やりだが、ハクの炎を借りた。
前から思っていたが、ハクは炎のコントロールがとても上手い。今も俺が頼んだ通りの火力で火を付けてくれた。
昨日の夜から漬け込んでおいたフレンチトーストを熱したフライパンに乗せる。ジュウジュウと焼ける音が無人のコンビナートに響き、ほんのり甘い香りが広がる。
(良い香りだな。今まで食べたどんなものより美味しそうだ…。それにこの甘い香りはモモンの実か?)
「凄いな…。良く分かるね。」
俺のフレンチトーストは砂糖の代わりにモモンの実の果汁を使っている。その方が優しい甘さになるんだ。
いい感じに焼けてきたので、フライパンから取り出し1口大に切る。
(出来たのか…!食べていいか!?)
食パン6枚分を焼き終わったのでハクを呼ぼうとしたら、彼はずっと観察していたようで興奮した様子で聞いてくる。
「いいよ。食べてくれ。」
(では頂こう…!)
ハクの食べっぷりは猛烈の一言だった。6枚分のフレンチトーストがあっという間にハクの胃に消えていった。
目を伏せ、1つ1つ爪で挟んで口へ入れていく。凄く上品だ。でも、そのスピードがとんでもない。パクパクッパクパクッというような音が出そうな勢いで食べていった。
(ふぅ…。予想通り、今まで食べたどんなものよりも美味しかった…!良ければ、また作ってくれないか…!?)
「勿論そのつもりだよ。」
あんな美味しそうに食べてくれるなら毎週作るしかないじゃないか。
それより…やっぱりハクはレントラーと似ている。
だから、また俺の前からいなくなってしまうかもしれない。
今度こそは…俺がこの幸せを守る…!
(あ……!す、済まないハル…。勢いで君の分まで食べてしまった…。)
皿に何も残っていないことに気付いたハクが気まずそうに言う。
「いや、平気だよ。それよりハク、満腹になったか?」
(ああ、満腹だ。だが…)
ハクはまだ気まずそうに言う。本当に平気なんだがなぁ…。
「大丈夫だって。残ったら食べようって思ってただけだから。さっきのは全部ハクの分だよ。んじゃ、ちょっくらパンでも買ってくるからジムの前で待っててくれよ?」
(そ、そうか?それなら良いのだが…。では、先に行ってていいのだな…?)
まだ少し申し訳なさそうなハクの足に額をくっつけて、大丈夫だと呟く。ハクはようやく俺の気持ちに気付いてくれたらしく微笑んで飛んで行った。
さ、菓子パンでも買おうかな。
「ごめん。結構待たせたな。」
(いや、大丈夫だ。それにしてもこの街のジムの入り口はとても狭いな…。)
待たせてしまったハクに謝りジムの入り口を見る。確かに狭い。今回もジムリーダーに出てこさせる必要があるな…。
「じゃあ、また呼んでくるから少し待っててな。」
(分かった。)
「厄介な場所に建てたな…。それに煩い。」
どうやらここはジム兼ライブ会場らしい。ちなみにジムリーダーはホミカというらしい。
「ジムリーダー、ホミカ!上で待ってるぞ!」
音響設備の近くにあったマイクを拾って叫ぶ。そして、伝えたいことは伝えたのでハクの元へと急ぐ。面倒な事になってなきゃいいのだが…。
「やっぱりか…。」
現実はそう甘くなかった…。やはりハクの近くには人だかりが出来ていて写真を撮っている奴もいる。
「お前ら!火だるまになりたくないなら今すぐ消えろ!」
俺の発言の意図を察してくれたハクが炎を纏い始める。すると、野次馬達は蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
(はぁ…。やはりというか何というか、すぐ人間達が集まってくるな…。とにかく、追い払ってくれてありがとうハル。)
ハクが疲れた表情で言う。
「いいよ礼なんて。それより、ほら。来たよ。」
「ジムリーダーを名指しで呼び出すって…あんた理性ぶっ飛んでんじゃない?」
いかにもバンドやってますというような見た目の銀髪少女が出てきた。
「理性は飛んでないけど頭のネジは飛んでるだろうな。それよりバトルだ。俺が勝ったらバッジを渡してボールを壊せ。お前が勝ったら煮るなり焼くなり好きにしろ。」
こないだと同じ条件を突き付ける。
「ああ、あんたがチェレンさんの言ってた道場破りか。だったら手加減はいらないね!爆裂していくよ!マタドガス!」
どうやらチェレンから連絡が入っているようだ。まあ、あいつはもうボールは壊したから関係ないけど。
「ハクごめん。頼むよ。」
(分かった…!)
「マタドガス、ヘドロ爆弾!」
「かわしてクロスフレイムで頼む。」
マタドガスは悪臭を放つ球体を発射するが、かわされて火球を叩き付けられ戦闘不能になる。
「なるほどね…。あんたのポケモン、相当爆裂してるね…。じゃあ次の爆裂はクロバット!」
次はクロバットか。だったら…。
「竜の波動で頼むよ。」
「クロスポイズン!」
クロバットは毒を纏った十字切りを放ってくるが竜の波動に押し返され背後の壁に激突、そのまま戦闘不能になった。
「くっ…まずい。だったら、最後の爆裂!ペンドラー!」
ペンドラーか…。しかもスカーフを付けてる…。厄介だな。
「ハク、相手はこだわりスカーフっていう素早くなる道具を身に着けてる。相当素早いよ…。」
(大丈夫だ。1回位攻撃を受けたところで私は倒れたりしない。心配するな…。)
「分かった。じゃあクロスフレイムで頼むよ。」
ハクはそんな弱くない。それは俺が一番良く知っているはずだ。
「こっちは岩雪崩!」
ハクは勢いよく飛び立つ。俺はバトルの様子を見ながらその場を離れる。ハクは自分の頭上に特大サイズの火球を作り出して、ペンドラーはとてつもないスピードで岩を発射する。それは数発彼に直撃したのだが、彼は痛がったりふらついたりもしない。大丈夫だったようだ。だがこれから起こることは全然大丈夫ではないので、さらに距離を置く。
ハクは俺が十分に離れたことを確認してから、巨大な火球をペンドラーへと叩き付ける。その瞬間、爆風と凄まじい熱が吹き荒れる。勿論ペンドラーは戦闘不能になっている。
「うそ…!あたしのポケモン達が…みんな一撃で?」
「驚いているとこ悪いが、約束だ。俺にバッジをよこせ。そして、ボールを壊せ。」
俺はちゃっちゃと次の街に行きたいんだ。
「分かった。ほら、トキシックバッジ。あんた…理性ぶっ飛んでる…。」
「理性は飛んでないさ。じゃあな。」
マップを確認したいし、とりあえずはコンビナートに戻ろう。
マップを見たところ今日中には着きそうもない。ハクが本気を出したら普通に着くだろうが、さっきのバトルで傷付いたハクにそんな事をさせるなんて出来ない。
「少ししみるかもだけど我慢してくれ。」
(あ、あまり痛いのは止めてくれよ…?)
傷薬を使おうとするとハクが怯えた様子で言う。大丈夫だって、と笑いかけながら丁寧に傷薬をスプレーする。
どうやら、しみなかったようで不思議そうな顔で固まっている。
(もう終わりか…?)
不安そうに聞いてくるハク。思わず吹き出してしまう。
(何故笑うのだ?)
「ははっ…。いや…。子供みたいだなぁって。」
笑いが止まらなくなった。ツボにはまったらしい。
(初めてだったのだ。仕方ないだろう…?)
ハクがむくれながら言う。
ああ、平和だ。楽しい。本当に楽しい。
俺はハクのおかげで少し変われた。
笑顔にも抵抗は無くなった。
ポケモン達と、ハクを通じて話すこともできるようになった。嬉しかった…。
ポケモン達が思っている事が分かるって本当に嬉しい。
だから…。
だからもっと。
もっともっと。
ハクと一緒にいたい。
一緒に旅をしたい。一緒に朝食を食べたい。一緒に奇麗な景色を見たい。
だから…。
俺はハクを守り続けるだが、そんな希望も空しく魔の手はすぐそこに迫ってきている。
彼らの『いつも』の
崩れてゆく音が
すぐそこに